第2話 失われた視力

----------


 日も沈み、みんなが帰路についている中、俺は帳簿を読みながら都市の役所に向かっていた。これは重大な証拠になるはずだ、だから先延ばしになんてしてられない。マルゲリタはつい最近捕まった、そのマルゲリタは帳簿に記されている。ということは、恐らく都市もマルゲリタ近辺の情報を探している頃だろう。だったら、俺が持つ帳簿は有力な証拠となる。


 役所に説明するためにも、一通り目を通しておこう。マルゲリタやカルメンの他にも、ハルメールという都市とも取引している。ハルメールは、都市・レナーズの南に位置していて、それなりに栄えている。それにしても、何で彼らはハルメールなんかと取引してたんだ。


 他にも"ダスト"とも、物品の取引をしている。物品としか書かれていないから、何をどう取引していたかは分からない。


 というか、何でクロガはわざわざ帳簿にして残していたんだろうか。別に残す必要なんてない、取引して終わっても良かった。なのに彼は書き残した、何か別の意図があったのか、それは分からないけど、俺は追放された身だ、戻る必要なんてない。


 そうやって歩きながら帳簿を読んでいると、俺は誰かにぶつかってしまった。あまりの衝撃に俺は吹き飛ばされ、相手もまた尻もちをついたようで、大きな音が夜中に響き渡った。急いで帳簿を拾い上げ、謝罪の言葉をかけようとしたが……遅かった。


 グキュッ


 目の前に立っていた巨大な男は、俺の両手首を掴み、派手な音を鳴らして折った。俺は声も出せずにその場に倒れ込んでしまった。帳簿は踏まれてズタズタに、更に周りには他の男も集まっていた。夜道を1人で歩く男の金を盗みに来たのか、俺は何も持っていないというのに。


 グギッ!


「グヘェッ」


 奴らは俺の顔面を蹴りまくる。手首を折られた俺は何も抵抗できないというのに、奴らはお構い無しに蹴り続ける。声を出そうにも出ない、腹も押さえつけられているから。助けを呼びたくても、この周辺に人はいない。くっそ、もう少し早く拠点を出るべきだった。


 奴らは文字すら読めないのか、帳簿をビリビリに破き、それを森の方へ投げた。大事な証拠品だったのに、俺がむやみに持ち出したせいでこんなことに……クソ野郎め。そうやって血だらけの俺が奴を睨むと、奴はナイフを手に取り、何かを呟いていた。


「悪いな……金に困っているんだ……」


 グジュ……


 グチャ……


「二度と盾突くなよ……?」


 ブシャッ!!


 ベシャッ!!


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


---


「……ここは?」


 俺は、とある場所で目覚めた。


 俺の名前はブレイク・カーディフ。マーベラス出身で討伐者をやっている。よし、そこまでは覚えている。それで……何があったんだ。顔に包帯を巻かれているせいで、目も開けられない。だから、ここがどこなのかも分からない。耳も塞がれているからか、こもった音しか聞こえない。


 強いて言うなら、老人の怒鳴り声が聞こえる。それも1人や2人じゃない、10人くらいの老人の声が聞こえる場所なんて……思いつかない。そもそも、俺は何で怪我しているんだ。何かがあって人に殴られたというのは分かる。何があったのか覚えていない、分かるのは顔に傷を負っているということくらい。


 しかし手首を折られて固定されているから、傷だらけの顔を触ることすらできない。ここまでの傷、モンスターにやられたんじゃないだろうな。もしそうなら、ウォーリアーズの4人もここにいるのか。でも、この部屋には俺しかいないようだ。そもそも、モンスターが相手だったのなら俺はもう既に食われているか。


「起きた?」


 と、ここでとある男の人が部屋に入ってきた。あまりにも急だったものだから、俺はつい声を上げてしまった。


「驚かないで。まぁ、傷だらけだし無理ないか」


 姿は見えないが、多分俺のことを助けてくれたんだろう。何かを書いている音も聞こえるし、もしかしたらここは病院なのかも。さっきから叫んでいるのは他の患者だとすれば、辻褄が合う。そうだとしても、こんなに発狂が聞こえる病院なんて異常だが。


「言っておくと、ここは浮浪者の集まる診療所。君は怪我をしていたから運び込まれてきた。路上で倒れているところを彼女が見つけてね。腕の手当をしたのも彼女だ、後でお礼を言いなさい」


 多分、彼は彼女を指さしているんだろうけど、俺には何も見えない。そもそも彼女がこの部屋にいること自体知らなかった。ダメだな、包帯のせいで何も見えない。早めに顔の傷を治さないと、俺は途方に暮れることになる。家に帰って、ウォーリアーズの4人に伝えて、それから治そう。




「あ、そうだ。君、目、失ってるよ」




 目を失っている……とは、どういうことなんだ。確かに目はついている。もしかして、視力を失ったということか。いいや、それはありえない。今見えないのも顔に傷を負っているだけで、包帯を剥がせば見えるようになるはず。現に……ダメだ、手首が痛くて包帯を剥がせない。


「顔の包帯を剥がしてくれませんか、包帯が邪魔で見えないんです」


「……だから。君、目、見えないよ」


「……包帯が邪魔で見えないだけです」


「……目の包帯はもう剥がしたよ、無意味だったから」


 医者の言うことは間違っている。だって、現にまだ目の近くに包帯が巻かれているという感覚が残っている。手首を動かすと痛いから動かさないようにして、目を触ってみると……確かに目はある。眼球を触った時の痛みは痺れているのか感じないが、やっぱり目はあるじゃないか……何で、俺は目を触れているんだ。包帯が邪魔で見えないはずなのに。


 もう1回触ってみると、やっぱり感触はある。目は残っている、なのに目は見えない。まだ包帯が邪魔しているのか。視界は真っ暗だけど、少しだけ光が見える。白い糸のようなものも混じっている。これは包帯じゃないのか、包帯じゃないなら何なんだ。手が見えない、触っているはずの手も見えない。


「不潔なので、手を固定してください」

「はい」


 何がどうなっているのか、理解できないまま俺は彼らに手を押さえつけられた。反抗したかったが、反抗する気力も残っていない。そもそもここが診療所なのかも分からない。男の声と女の声が聞こえるだけで、彼らが強盗であったとしても分からない。


「それで、傷、見たいですか?」

「先生、彼、見えませんよ」

「……あっはは、そうでしたね」


 彼らは冗談のつもりで言っているのか、それすらよく分からない。とにかく、俺はムカついている。悲しんでもいる。嘆いてもいる。怒りに満ちてもいる。目から入ってくる情報がどれだけ重要で、耳から入ってくる情報がどれだけ頼りないか、俺は人生で初めて実感した。


 彼女の歩く音も、彼のペンを動かす音も、そんな何気ない音までもが、俺にはウザったく、ありがたく思えた。


----------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る