42、第二の女魔人エスタ現る

「俺はあんたに恋をしちまったんだ!」


 言ったー! ついに言った! でもこれからどうしよう?


樹葵ジュキ!」


 玲萌レモがはじけるような笑顔を浮かべて、俺の首元に抱きついてきた。


「私もよ! 本当は最初から親友じゃなくて恋人になりたかったの!」


 えぇーっ!? そうだったの!?


「あのさ、玲萌レモ。恋人って―― 本当にこんな俺でいいのか?」


 告白が成功した幸せが信じられなくて、急に疑い深くなってしまう。


玲萌レモは今まで男らしい男が好きな普通の女子だったんだろ?」


「今まで?」


 玲萌レモは笑顔のまま、少し困ったように首をかしげた。


「私、白状すると樹葵ジュキに逢うまで恋愛する奴ってバカだと思ってたの」


 おお、なかなか衝撃的な発言だが玲萌レモらしいな。


「バカだから恋愛するのか、恋愛するとバカになるのかどっちだろう、なんて思ってた。でも樹葵ジュキに出会って全てが変わったわ」


 玲萌レモは両手を俺の首元に置いて、きらめく瞳で俺の目をまっすぐ見つめた。


「私、男が好きとか女が好きとか、そういうの無いの。私は樹葵ジュキだけが好きだから。あなたの魂を愛しているから」


 言うなり俺の唇を奪った。イヤーカフから放たれるピンク色の光に包まれながら俺は、カホンの上で由梨亜ユリアがつぶやく声を聞いていた。


「性別、樹葵ジュキちゃんってことか」


「性的指向、樹葵ジュキちゃんのみってことニャ」


 白猫が冷静な口調で付け加えたが、そんなのどうでも良くなるくらい俺は幸せに包まれていた。今までこれほど喜びを抱きながら魔法少女に変身したことなどなかった。


 フリフリミニスカート姿になった俺を、玲萌レモは嬉しそうに見つめた。


「綺麗ね」


 ピンクのリボンで結ばれた俺の銀髪を手のひらに乗せ、


「かわいくて繊細な樹葵ジュキも、世界のために戦う強くてかっこいい樹葵ジュキも、私は大好き」


 うっとりとしたまなざしで言葉を続けた。


「いろんな表情を見せてくれる君だから魅力的なの」


 少し背伸びすると、魔法少女姿になった俺の頬にちょんっと唇を押し当てた。


 そっか、確かに繊細な感性で一人音楽と向き合い、真夜中までギターを弾いているのも俺だし、ロックファッションで男らしくキメて、玲萌レモをかっこよくエスコートしたいのも俺だ。本当は俺、綺麗なものや美しいものも大好きだよな? そうじゃなきゃアーティストなんて目指さねえし。


 ああそうだ、魔法少女マジカル・ジュキちゃんは確かに俺の一部だった。


「うん、どっちも俺なんだ」


 俺は玲萌レモのつややかなミディアムヘアに、白い手袋を嵌めた手のひらをそっとすべらせた。


「気付かせてくれてありがとな」


 だが甘い時間は長く続かなかった。 


「この公園から魔法少女の匂いがするぞ!」


 ニュース番組でしか聞いたことのない女魔人エスタの声がテントの外から聞こえてきたからだ。


 魔人攻めてきてんの、ちょっと忘れてたぜ。


「我が愛しの妹を監禁しているニンゲンどもめ、お前らにも私と同じ苦しみを味わってもらおう!」


 怒りに満ちた声が終わらぬうちに鞭が風を切る音が響き、テントが大きく傾いた。


「俺のエンジェリック・バリアの中に――」


 玲萌レモを抱き寄せ、カホンの上に座ったままの由梨亜ユリアを呼び寄せようとしたとき、


「絶望するがよい! お前らの希望である魔法少女を魔界に拉致して監禁するのだ!」


 再び鞭が振るわれ、テントが俺たちの上に倒れてきた。


「うわっ」

「キャッ」


 俺と玲萌レモの悲鳴が重なり、


「にゃんっ」


 白猫まで俺の足元に入りこむ。由梨亜ユリアは――


 顔を上げるも視界は倒れたテントの布に包まれ、様子が分からない。


「くそっ」


 玲萌レモを抱えていないほうの手で、頭にのしかかるテントの生地を必死で取り除こうともがく。


「見つけたぞ、魔法少女!」


 しまった! と思ったとき、


「地元のお祭りを守る愛と正義の使者、マジカル・ユリア参上!」


 由梨亜ユリアの高い声が響いた。


「邪悪な怪人め、わたしが来たからにはもう好き勝手はさせないわ!」


「百点満点の名乗りだにゃ。ジュキちゃんと違って」


 足元で丸まっている白猫がぼそりとつぶやく。


「違うんだ、そいつは――」


 テントの中で叫ぶが、果たして魔人に聞こえたのかどうか? 縫い目の間から状況を見ることだけはできるようになった。


「愚かな魔法少女め、『双刃そうじんの鞭使い』として魔王軍の中でも恐れられる私に目をつけられたこと、悔いるがよい!」


 肌に吸い付くような深紅の革製スーツに身を包んだ巨乳の女性が、両手に鞭をうならせて由梨亜ユリアに迫る。


「『掃除の無駄遣い』ってあまり怖そうじゃないね?」


 いつもと変わらぬとぼけた様子で首をかしげる由梨亜ユリアに、


「逃げろ!」


 俺は必死で叫ぶが、魔人の両手から放たれた鞭は目で追うこともできない速さで由梨亜ユリアに迫り――


「しゅぱぱぱっ」


「う、受け止めただと!?」


 魔人エスタが驚愕の声を上げた。


 変な効果音をしゃべりながら由梨亜ユリアは動きを見切り、両手で鞭を握っていた。変身しなくても俺より強いとかどういうことだよっ!?


「あ、あり得にゃい」


 俺の足元からのぞく白猫も息を呑む。


「あの子は動体視力も運動神経も動物並みなのよ」


 玲萌レモが解説しているうちに、


「危ないから結んでおくね。きゅきゅっと」


 由梨亜ユリアは二本の鞭の先を器用に蝶々結びしてしまった。


「き、きさまー!」


 激昂した魔人エスタはめちゃくちゃに鞭を振り回す。


「一本の鞭として振るうだけよ!」


 魔人が負け惜しみを言っている間に俺はテントの中から這い出した。玲萌レモはまだテントの中に隠してある。


「フワフワキャンディ・メタモルフォーゼ!」 


 イヤーカフから棒状に戻した魔法のステッキからピンクの光が放たれ、魔人の手にした鞭へと収束してゆく。


「なっ、二人目の魔法少女だと!?」


 本物は俺一人なのにーっ


 俺がぷくーっと頬をふくらませたときには、由梨亜ユリアが綿菓子となった鞭をつかんでいた。


「わー、ふわふわ! いっただっきまーす!」


「食べるな! 私の武器を食べるな!!」


 魔人エスタが由梨亜ユリアの口から鞭を取り返そうと必死になっている横で、


「マジカル・ステッキ・メタモルフォーゼ!」


 俺はステッキを弓へと変える。


「しまった!」


 逃げ出すエスタに狙いを定め、


「エンジェリック・アロー!」


 呪文を唱えて矢を放つ。どこまでも狙った敵を追いかける光の矢が、女魔人のぷりんとした尻に突き刺さった。


「キィィッ! 痛いっ!」


 瞬時にケツから矢を引きぬいた魔人エスタはすっかり逃げ腰になり、


「魔法少女が二人もいるなど聞いておらん! 我が愛しの妹を取り返すのが先決!」


 祭り会場の常盤ときわ公園から逃げて行った。


「追うか。マジカル・エンジェル・メタモルフォーゼ!」


 俺はコスチュームの背中に天使の羽を顕現させた。今後も魔法少女を拉致するとか言って、ライブ中に異世界から出てこられては困るから、ここで倒す!


 だが公園を出たところでエスタは足を止めた。


「ニンゲンがたくさん集まっている匂いがするぞ! 作戦変更だ! 民間人を人質にとって妹と交換を要求する!」




─ * ─




魔人エスタの卑劣な作戦を、魔法少女ジュキちゃんはどうやって止めるのか!?

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