41、新しい魔法と、突然の告白

「私にドキドキしなくなっちゃったの?」


玲萌レモ、違うんだ!」


 俺は慌てて否定した。涙をためた目で俺を見上げる彼女の細い肩を抱き寄せる。


「実は俺――」


 すべてを打ち明けようと俺は心に決めた。埼玉県を犠牲にして自分の恋心を優先する身勝手な男だと幻滅されるかも知れない。だけどこれが俺だ。隠していても苦しいだけだから。


「俺、もう魔法少女は――」


 意を決して言葉を紡いだ瞬間、テントの中に目にも留まらぬ速さで小動物がすべり込んできた。


玲萌レモちゃん、実は魔法のステッキをアップグレードするんでワイが預かってたニャ!」


 白猫がピンクの肉球で示した耳にはイヤーカフが嵌まっている。


「ミルちゃん!」


 玲萌レモの表情が明るくなった。


「最近見かけないから心配してたけど、そういうことだったのね!」


 白猫は肯定するようにうなずき、ひらりと折り畳みテーブルの上に飛び乗った。


「さ、ジュキちゃん」


 にょーんと体を伸ばし、頬をすり寄せるようにイヤーカフを嵌めた方の耳を俺に近づける。


 俺は指を伸ばしかけて、はたと動きを止めた。変身しない間にサイズが戻ってきたとはいえ、ここでイヤーカフを手に取ったら今までの決意が台無しだ。白猫に魔法少女をやめると宣言したときだって、胃が痛くなるほどの勇気を出したんだ。


「どうしたの、樹葵ジュキ?」


 玲萌レモが心配そうに俺の顔をのぞきこんだ。


「俺、言ってなかったよな。魔法少女に変身すると副作用があるんだ」


「副作用!?」


 玲萌レモが不安そうに目を見開いた。テントの外から聞こえるざわめきが遠のいていく。


「俺のカラダに悪影響を及ぼすんだ」


「そんな――」


 片手で口元を押さえた玲萌レモは、また泣き出しそうな顔になってしまった。


「一体どんな悪影響があるの!?」


「具体的に言うと、男らしさが損なわれる」


 俺は恥ずかしくて目を伏せた。


「男らしさ――」


 玲萌レモの瞳が輝いて見えるのは涙のせいばかりではないかも知れない。


樹葵ジュキはみんなを守るために、したくもないのに愛らしい幼女姿になっていただけじゃなく、筋肉や髭や体毛を犠牲にしていたのね!」


 賢い玲萌レモの理解は八割方あっているのに核心に触れていないせいで、事態の本質を捉えていない。だが恥じらいに阻まれて真実を告げられない俺には訂正なんてできない!


「自らを犠牲にして人々を救う――樹葵ジュキはなんて優しくて強い人なの!」


 玲萌レモが俺に抱きついた。


「ああもう好きなんて言葉じゃ表しきれない! 姿だけでなく心まで美しい樹葵ジュキを尊敬しているわ! 私にはとてもできない生き方だから!」


 好きを越えて尊敬しているとまで言われて、俺はすっかり魔法少女をやめると言い出せなくなってしまった。俺を信じてくれる親友を裏切りたくない。


「仕方ねえ」


 俺は白猫の耳に口を近づけるとささやいた。


「今回で最後だからな」


 イヤーカフを手に取り自分の耳に嵌めると、白猫も俺だけに聞こえるように小声で話した。


「魔法のステッキをバージョンアップしたのは本当ニャ」


「まじ?」


「うにゃ」


 白猫はいつもの甲高い声に戻って説明を始めた。


「女魔人エスタはプリマヴェーラと違って手ごわいニャ。ジュキちゃんがかわいいからといって見逃してくれるような甘い敵じゃにゃい」


 白猫の言葉に玲萌レモは険しい表情になって、俺の片腕にしがみついた。


「今度の敵は変態じゃなくてシリアス路線なのね」


「エスタは妹プリマヴェーラのみを溺愛する変態ニャ」


 方向が違うだけかよ。四天王は変態揃いなのか?


 沈黙した俺たちに、白猫が説明を再開した。


「魔法少女の必殺技『エンジェリック・アロー』はエスタの振るう二本の鞭にはたき落とされてしまう可能性があるニャ。そこでステッキに新たな魔法を付与したニャ。呪文は『フワフワキャンディ・メタモルフォーゼ』!」


「かわいい!」


 ソフトケースにしまったカホンの上で居眠りをしていた由梨亜ユリアが飛び起きた。


「敵がお菓子になっちゃうの?」


「敵自体ではにゃく、敵が持つ武器をすべてピンクの綿菓子に変えてしまうニャ!」


 鞭を綿菓子に変えて攻撃力を奪うのか。


「そのあといつも通りエンジェリック・アローで倒せばいいんだな」


 納得する俺の横で、玲萌レモは不安そうに眉根を寄せた。


「今度の魔人はプリマヴェーラより厄介みたいだけど、大丈夫なのよね? 樹葵ジュキの身に危険が及んだりはしないのよね?」


「百パーセントとは言えにゃいけれど、ジュキちゃんがミスをしない限りほぼほぼ大丈夫ニャ」


「ほぼほぼだなんて!」


 ますます強く俺の腕を抱きしめる玲萌レモを見下ろして、俺は安心させようとほほ笑んだ。


「安心してくれ、玲萌レモ。俺は必ず生きて帰ってくる」


「生きて!? え、そこまで危険ってこと!? 私は樹葵ジュキがかすり傷を負うのも嫌なのに!?」


 取り乱す玲萌レモの不安が俺にも伝染して、なんだか急に心配になってきた。もし俺がここで死んだら女装趣味のヒーローとして後世に語り継がれるのか!?


 ああ、容易に想像がつく。だって獄中にいるプリマヴェーラは、男子寮の風呂場に全裸で侵入した変態お姉さんということで有名になっているんだから!


 俺もプリマヴェーラの二の舞になるのか。いやむしろ魔人と魔法少女の衝突は、変態VS変態の決闘として人々に記憶されるのでは!?


「嫌すぎる……」


「そうよね。かすり傷だって負いたくないわよね。美しい樹葵ジュキちゃんだもん」


 玲萌レモが俺にひっついたまま何か言っているが、彼女もマスコミのインタビューに、「彼――いいえ、彼女は私の親友でした」なんて答えるようになるのか!?


 戦地へ赴く前に、なんとしても誤解を解かなければ! 俺の本当の気持ちを打ち明けなければ死にきれねえ!! 


玲萌レモ、俺が男でいられるあいだに伝えたいことがある」


 俺はまっすぐ玲萌レモを見つめた。


樹葵ジュキ?」


 涙に濡れた瞳で見上げる彼女を、俺は裏切ることになるのだろうか? 親友に異性として劣情を抱くのも、アーティストがファンに恋心を持つのも、相手を傷付けることになるかも知れない。


 だが俺は今、伝えずにはいられないんだ!


「俺、あんたのこと本当は親友だなんて思ってねえ。俺はあんたに恋をしちまったんだ!」




─ * ─




ついに言った! 玲萌レモの反応は?

次回は新たな女魔人エスタとの邂逅もあります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る