40、ライブ中に事件発生

 着替えやメイク用に使って下さいと指示されたテントの中では大きな扇風機が回っていた。


「あちーな。ここでメイクするのきつくないか?」


 ギターケースのポケットからメイク用のペンを出したら、玲萌レモに止められた。


樹葵ジュキ、地域のお祭りにメタルメイクは合わないわ」


 今もステージからはさわやかなウクレレの演奏が聞こえてくる。俺らのあとは子供たちの和太鼓だっけ。確かにメタルファッションは場違いかもしれねえが―― 


 由梨亜ユリアがスマホ画面を見ながら、


「パパが常盤ときわ公園に着いたって。かわいい由梨亜ユリアとかわいい樹葵ジュキくんと、コンクール入賞ピアニストのステージ、楽しみにしてるって書いてある」


 と報告した。ちょっと待て。学園長が見に来るのか!? アイライナー片手に固まっている俺を見て、由梨亜ユリアがクスっと邪気のない笑い声を上げる。


「わたしと玲萌レモせんぱいが素顔なのに、なんで男の子のふりしてる樹葵ジュキくんがお化粧するの?」


「ふりじゃねえ! メイクはロックスターのたしなみなんだ!」


 俺の主張を無視して由梨亜ユリアはグレーのレギンスの上にピンクのミニスカートを履く。


「あんたそれ、まさか魔法少女のコスプレ?」


「そうなんだけど、じいじがカホン叩くときは絶対おズボン履きなさいって言うから、レギンス脱げないの」


 せっかくミニスカートなのにレギンスを履いているという、男をがっかりさせるファッションだ。白い袖なしブラウスの胸元に大きなピンクのリボンを付けると、魔法少女のコスプレが完成した。このために最初から頭にリボンをつけていたのか。


 一方玲萌レモはフレンチ袖のカットソーを脱いでキャミソール一枚になると、ショートパンツを履いたまま上からワンピースをかぶった。俺には地域のお祭り云々うんぬんと言っていたくせに、総レースでえんじ色をしたドレスはジャズバーみたいな雰囲気で欠片も親しみやすくない上、夏らしくもない。靴を履き替えると、


「素敵でしょ」


 と自慢げに振り返った。子供の頃からクラシックの世界でコンサートやコンクールを経験してきた玲萌レモにとって、本番とはドレスで臨むものなのかも知れない。


「とても素敵だよ、玲萌レモ。似合ってる」


 好きな女の子を褒めない男はいない。だが俺は小声で苦言を呈した。


「つーか俺ら三人バラバラだな、方向性が」


 俺の服装はというと―― ボタンの代わりにずらりとベルトが並んだいかついタンクトップに、ダメージ加工のボトムスにはいくつも安全ピンがぶら下がり、腰に締めたスタッズベルトからは二重チェーンが垂れている。


 玲萌レモは頭を抱えた。


「私としたことがうっかりしていたわ。コンサートっていうのは衣装についても話し合うものなのに!」


 俺たちは練習に集中するあまり、すっかり失念していたのだ。結果、それぞれが自分の理想を叶える衣装を選んだ。


「文化祭の前には話し合おうぜ」


 もう今日は仕方がない。そして俺がメタルメイクなんてしようものなら、さらにカオスと化すので断念した。


 ギターのチューニングをもう一度確認しているとウクレレグループの演奏が終わり、まばらな拍手が聞こえてくる。俺は絶対、割れるような拍手をもらうんだと胸に誓っていると、おじさんも若者もごちゃまぜの一団がステージからテントに戻ってきた。拍手はぱらぱらとしか聞こえなかったのに、彼らの顔にはやり切った笑顔が浮かんでいる。みんなでひとつの音楽を作り上げること自体に、彼らが価値を感じているんだと俺は思い知らされた。


「次はプログラムナンバー七番、アルモニア・メランジュの皆さんです」


 会場放送から司会の声が流れてきて、俺たちはうなずきあった。


「大神学園の中等部と高等部に通う三人で結成されたアルモニア・メランジュは、歌とアコースティックギター、ピアノ、カホンから成るグループです」


 玲萌レモの提出した紹介文が読み上げられるのを聞きながら、俺たちはステージに上がった。


「今日はリーダーのJUKIさんが作詞作曲したオリジナル曲を演奏します。聴いてください」


 リハーサルで確認した位置にスタンバイして顔を上げると、ステージ前に並べられたパイプ椅子からウクレレグループの家族が去って行くところだった。代わりに真正面に座っているのは学園長とふくよかなご隠居――この金持ちそうな爺さんが由梨亜ユリアのじいじか。二人の左右にはスーツを着た男女が座り、男性のほうがデジタルビデオカメラを構えている。


 たった四人しか座っていない客席に向かって俺たちは演奏を始めた。歌っているうちに客が増えることを願って。だって公園内の屋台には人が集まっているんだから。


 しかし一曲目が終わっても聴衆は四人から増えなかった。


「次の曲は――」


 マイクスタンドに向かってMCを始めようとしたとき、突然けたたましいサイレン音が響いた。


「市民の皆さんにお伝えします。埼玉ダンジョンから出現した魔人が市街地へ向かっていますので至急、仲町公民館へ避難してください。なお仲町商店街まつりは現在をもって中止となります」


「なんだってー!?」


 俺はマイクに向かって絶叫していた。ライブの途中で演奏中止なんて不運にも程がある! こんなことになるなら新たな女魔人エスタとやらを祭りの前に倒しておくべきだったか!?


 ステージ下にも運営スタッフが走ってきて俺たちを見上げ、


「商店街まつりは中止でーす! 楽器を置いて避難してくださーい!」


 と声を張り上げる。


「仕方ないわ、樹葵ジュキ。魔人が出たらみんな音楽を聴くどころじゃないもの」


 玲萌レモがシンセのスイッチを切った。


「くそっ」


 悪態をついても何も変わらない。俺は玲萌レモに促され、由梨亜ユリアとともにテントへ撤収した。


「荷物は持たずに逃げてくださいよ!」


 外からスタッフの声が聞こえる中、俺が手早くギターをケースにしまうと、待っていたかのように玲萌レモが俺の真正面に立った。


「かわいい樹葵ジュキ、失礼します」


 玲萌レモは背伸びすると、両の手のひらで優しく俺の頬を包み込んだ。


「あ」


 彼女が何を考えているのか察した俺は、彼女の行動を止めようとした。だが好きな女の子の口づけを求める欲望が勝って、俺の口から言葉は出てこなかった。


「ん――」


 恋心を自覚してから交わす口づけは、今までとは違う味がした。真夏の日差しの下で弾けるソーダみたいにきらめいて、甘くて刺激的だ。


 だが白猫にイヤーカフを返した俺が魔法少女に変身することはない。


「どうして?」


 玲萌レモの両目がにわかにうるんだ。


「私にドキドキしなくなっちゃったの?」




─ * ─




変身のメカニズムを知る玲萌レモを傷付けてしまった?

樹葵ジュキはどう答えるのか!?

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