40、ライブ中に事件発生
着替えやメイク用に使って下さいと指示されたテントの中では大きな扇風機が回っていた。
「あちーな。ここでメイクするのきつくないか?」
ギターケースのポケットからメイク用のペンを出したら、
「
今もステージからはさわやかなウクレレの演奏が聞こえてくる。俺らのあとは子供たちの和太鼓だっけ。確かにメタルファッションは場違いかもしれねえが――
「パパが
と報告した。ちょっと待て。学園長が見に来るのか!? アイライナー片手に固まっている俺を見て、
「わたしと
「ふりじゃねえ! メイクはロックスターの
俺の主張を無視して
「あんたそれ、まさか魔法少女のコスプレ?」
「そうなんだけど、じいじがカホン叩くときは絶対おズボン履きなさいって言うから、レギンス脱げないの」
せっかくミニスカートなのにレギンスを履いているという、男をがっかりさせるファッションだ。白い袖なしブラウスの胸元に大きなピンクのリボンを付けると、魔法少女のコスプレが完成した。このために最初から頭にリボンをつけていたのか。
一方
「素敵でしょ」
と自慢げに振り返った。子供の頃からクラシックの世界でコンサートやコンクールを経験してきた
「とても素敵だよ、
好きな女の子を褒めない男はいない。だが俺は小声で苦言を呈した。
「つーか俺ら三人バラバラだな、方向性が」
俺の服装はというと―― ボタンの代わりにずらりとベルトが並んだ
「私としたことがうっかりしていたわ。コンサートっていうのは衣装についても話し合うものなのに!」
俺たちは練習に集中するあまり、すっかり失念していたのだ。結果、それぞれが自分の理想を叶える衣装を選んだ。
「文化祭の前には話し合おうぜ」
もう今日は仕方がない。そして俺がメタルメイクなんてしようものなら、さらにカオスと化すので断念した。
ギターのチューニングをもう一度確認しているとウクレレグループの演奏が終わり、まばらな拍手が聞こえてくる。俺は絶対、割れるような拍手をもらうんだと胸に誓っていると、おじさんも若者もごちゃまぜの一団がステージからテントに戻ってきた。拍手はぱらぱらとしか聞こえなかったのに、彼らの顔にはやり切った笑顔が浮かんでいる。みんなでひとつの音楽を作り上げること自体に、彼らが価値を感じているんだと俺は思い知らされた。
「次はプログラムナンバー七番、アルモニア・メランジュの皆さんです」
会場放送から司会の声が流れてきて、俺たちはうなずきあった。
「大神学園の中等部と高等部に通う三人で結成されたアルモニア・メランジュは、歌とアコースティックギター、ピアノ、カホンから成るグループです」
「今日はリーダーのJUKIさんが作詞作曲したオリジナル曲を演奏します。聴いてください」
リハーサルで確認した位置にスタンバイして顔を上げると、ステージ前に並べられたパイプ椅子からウクレレグループの家族が去って行くところだった。代わりに真正面に座っているのは学園長とふくよかなご隠居――この金持ちそうな爺さんが
たった四人しか座っていない客席に向かって俺たちは演奏を始めた。歌っているうちに客が増えることを願って。だって公園内の屋台には人が集まっているんだから。
しかし一曲目が終わっても聴衆は四人から増えなかった。
「次の曲は――」
マイクスタンドに向かってMCを始めようとしたとき、突然けたたましいサイレン音が響いた。
「市民の皆さんにお伝えします。埼玉ダンジョンから出現した魔人が市街地へ向かっていますので至急、仲町公民館へ避難してください。なお仲町商店街まつりは現在をもって中止となります」
「なんだってー!?」
俺はマイクに向かって絶叫していた。ライブの途中で演奏中止なんて不運にも程がある! こんなことになるなら新たな女魔人エスタとやらを祭りの前に倒しておくべきだったか!?
ステージ下にも運営スタッフが走ってきて俺たちを見上げ、
「商店街まつりは中止でーす! 楽器を置いて避難してくださーい!」
と声を張り上げる。
「仕方ないわ、
「くそっ」
悪態をついても何も変わらない。俺は
「荷物は持たずに逃げてくださいよ!」
外からスタッフの声が聞こえる中、俺が手早くギターをケースにしまうと、待っていたかのように
「かわいい
「あ」
彼女が何を考えているのか察した俺は、彼女の行動を止めようとした。だが好きな女の子の口づけを求める欲望が勝って、俺の口から言葉は出てこなかった。
「ん――」
恋心を自覚してから交わす口づけは、今までとは違う味がした。真夏の日差しの下で弾けるソーダみたいにきらめいて、甘くて刺激的だ。
だが白猫にイヤーカフを返した俺が魔法少女に変身することはない。
「どうして?」
「私にドキドキしなくなっちゃったの?」
─ * ─
変身のメカニズムを知る
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます