39、モンスター食に舌鼓

 埼玉ダンジョンからあふれ出した魔物の群れが見沼田んぼの苗を食べ尽くし、近隣の住民は避難を余儀なくされ、仮設住宅で暮らし始めた。


 さいたま市の一部が立ち入り禁止になって、浦和にある大神学園も休校になるんじゃないかと、生徒たちの間でまことしやかにささやかれ出したある日――


 一足早く夏休みが来ると期待する生徒たちに、学校側から正式なメールが届いた。


「保護者がさいたま市外に住んでいる生徒諸君は、希望すればすべての授業をリモートで受けることができる。手続きは添付資料を参考に」という内容に生徒たちは沈黙した。寮を出て実家に帰る生徒もちらほら出てきて、教室には空席が目立つようになった。


 事態を重く見た日本政府がアメリカ軍に支援要請をおこなったというニュースが流れたが、アメリカ・ファーストを謳う大統領が再選したために難航しているようだ。


 俺はなるべくニュースを見ないようにして、祭りのステージに向けて練習に集中した。


 昼休み、クーラーの効いた学食で、玲萌レモは冷やし中華をすすりながらスマホでニュースを読んでいた。


「来週のお祭り、予定通り開催できるといいけれど。この頃どうしてミルちゃん、現われないのかしらね?」


 俺が魔法少女をやめると宣言してから聖獣ミルフィーユは姿を見せていない。胃のあたりにちくりと良心の呵責を感じながら、


「あいつも色々と忙しいんじゃねえか?」


 俺は玲萌レモと目を合わさずに適当な答えを返した。


樹葵ジュキ


 いつもより少しだけ硬い玲萌レモの声に思わず顔を上げると、彼女は真摯な瞳で俺を見つめていた。


「何か悩んでることがあったら話してね。私、樹葵ジュキの親友なんだからなんだって聞くわ」


「うん、ありがとう」


 とは言ったものの、悩みの根源は俺が玲萌レモに恋をしてしまったことなんだから、打ち明けられるわけがない。


 最近玲萌レモは時々俺に心配そうなまなざしを向けているから、何か勘付いているのかもしれない。だがそれ以上尋ねられることもなく、仲町商店街まつり当日がやってきた。




「わぁ、屋台がいっぱい!」


 メイン会場となる常盤ときわ公園に足を踏み入れた由梨亜ユリアが歓声を上げた。クルクルと巻いたショートヘアをピンクのリボンで二つ結びにしている。


 地元の商店街が出店しているので、お花見なんかで並んでいるテキ屋とはちょっと雰囲気が違うが、そこかしこから食欲をそそる匂いが漂ってきた。


「じいじがカブ食べた会社もモンスター食の屋台出してるんだって。どこだろう?」


 由梨亜ユリアがきょろきょろとあたりを見回すと、


「大神グループの関係会社も出店してるのね」


 玲萌レモが公園の一角を指さした。


「あのあたりかしら? 『絶対うまい! オークタンの炭火焼』とか『とろ~りスライムかき氷』とか書いてあるわ」


「たぶんあれだよ! 行ってみよう」


 走り出した由梨亜ユリアを追ってモンスター料理の屋台へ近づくにつれ、炭火の香ばしい匂いに包まれる。


 屋台の前には人だかりができていたから売れているのかと思いきや、誰も買ってはいないようだ。興味津々のぞきこむ人、遠巻きに恐る恐る眺める人など様々だ。


「失礼しまーっす!」


 由梨亜ユリアは元気いっぱい人垣をかき分け、かき氷屋台の前まで来ると、


「スライムかき氷、全部の味ちょうだい!」


 と大人買いした。


「イチゴ、メロン、レモン、ブルーハワイ、練乳ですね。ありがとうございます」


 売り子のお姉さんが顔色ひとつ変えずに答え、かき氷機に凍ったスライムをセットする。スイッチを入れると紙コップの上にとろふわかき氷が落ちてきた。


 お姉さんはすべての紙コップにスプーンを差して穴の開いた紙の盆にセットし、大きなビニール袋に入れた状態で由梨亜ユリアに手渡した。まさか一人で食べるとは思っていないんだろう。


 人垣の間から戻ってくると、由梨亜ユリアは五種類の味を代わる代わる口に運びながら俺を見上げた。


樹葵ジュキくんも味見する? 怖くないよ?」


 なんで俺が怖がってること前提なんだよ!?


 モンスター食にビビってると思われては沽券こけんに関わる。


「俺、あんまり甘いもん好きじゃないんだよなあ」


 しぶしぶといったオーラを全身から放ちつつ、練乳かき氷をひとさじ食べてみた。


 舌に乗せた瞬間は普通のかき氷と同じように氷の冷たさを感じるが、とけ味が違う。スライム特有のとろっとした感触が舌にまとわりつき、練乳の甘みとよく合っていた。


 玲萌レモは串に刺さったオークタンの炭火焼きを手に戻ってきた。


「あっちに樹葵ジュキが倒したハイオーク肉の串刺しもあったわよ。供養に食べてやったら? 怖くないから」


 なんで玲萌レモまで俺がモンスター食うの怖がってると思うんだよーっ!?


「ふん、いっちょ味見してやろうじゃねえか」


 炭火で焼いたハイオーク肉の串刺しを売っている屋台の前には、「安全の確認された安心オーク肉」「食べるだけであなたもSDGsに貢献」などと印刷されたのぼりがはためいている。


 俺は大皿に並べられた串刺しを指さしながら、


「ハイオークのバラ肉串、カシラ串、頬肉串お願いします」


 と注文した。歌う前にはしっかりタンパク質を取った方が声の出が良くなるんだ。


 脂が焼けるジューシーな香りは豚串と変わらない。さて味の方は――


「うまいじゃん」


 豚肉より噛みごたえがあり、悪く言えば硬い肉質ではある。だが味が濃く、牛肉並みの満足感が味わえる。噛めば噛むほど旨味のにじみ出るハイオーク肉に、俺は心から感謝を覚えた。俺を襲うとか言いやがって腹の立つ敵だったが、おいしくなってくれてありがとうよ。


 俺がハイオーク串をかじりながら戻ってくると、玲萌レモが仮設舞台のほうに視線を送った。


「今からフラダンスが始まるんですって」


 フラダンス・サークルに興味はないが、自分もあとで立つステージだ。楽屋代わりになっているテントから出るタイミング、司会者の紹介、客層など気になることはたくさんある。


 遠目から見ると華やかだが近づくと中年女性たちの集団がステージに現われると、舞台下に立つ夫らしきオッサンたちがスマホやデジカメを構える。


「あっ、ママ一番右!」


 子供が指さして嬉しそうな声を出す。俺はハイオークの頬肉を噛みしめながらぼやいた。


「出演者の家族しか見てないじゃんか」


「地域のお祭りなんてこんなもんでしょ」


 玲萌レモは冷めた声を出したが、俺は宣言した。


「いや、俺たちは音楽の力で会場をひとつにしてみせる!」




 そして夕方、いよいよ俺たちの出番がやってきた。




─ * ─




樹葵ジュキは理想を叶えて会場を沸かせることができるのか!?

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