38、バンド名が決定するも、二人目の女魔人が出現

「ミルフィーユ、俺は魔法少女をやめる」


 俺は勇気を振り絞って宣言するとしゃがみ込み、イヤーカフを外して白猫の耳に嵌めてやった。


「にゃっ!?」


 当然ながら白猫は目を丸くし、口まで半開きにしたまま固まった。


「悪いな。ほかを当たってくれ。俺は自分の人生を生きたいんだ」


 自分の気持ちをしっかり自覚してしまった俺は、もう過去には戻れない。


「あのにゃ、ジュキちゃん。言いにくいんだけど――」


 白猫はイヤーカフをつけた耳を真横に向けて、緊張した面持ちで言葉を紡いだ。


「魔法のステッキには最初の変身時に魔法少女の精霊力パターンが登録されるニャ。もうほかの人では使えにゃいんだよ」


「そうか。でも俺はもう自分の気持ちに気付いちまったんだ。俺を解放してくれ!」


 頭を下げた俺に白猫はイカ耳のまま、おずおずと尋ねた。


「自分の気持ちに気付いたって、どういう意味ニャ?」


「俺は玲萌レモが好きだ! 男としてあいつを愛してるんだ!」


 白猫は一瞬、俺と目を合わせたが、猫らしくすぐにそらした。


「ジュキちゃんはこうと思ったら一直線、心と裏腹な行動は取れない子だからニャ、無理やり変身させても戦う意志がなければ仕方がないニャ」


 いつもの甲高い声でしゃべっているのに、白猫が大人に見えた。俺の性格を分かっていたんだ。心と裏腹な行動が取れたなら、落第せず高校二年生になっていただろうしな。


 白猫は俺に背を向け、のっそりと夕闇に向かって歩き出した。


「ジュキちゃんは素直ないい子ニャ。この世界の運命をジュキちゃんだけが背負うなんて不公平だよニャ。君がワイと同じ失望感を味わう必要はにゃいんだから」


 イヤーカフの嵌まった耳の先が桜のようにカットされているのが悲しく見えた。


 想像以上にあっさりと、ミルフィーユは俺の希望を受け入れ、学食棟の闇に紛れて姿を消した。


「あいつもいい奴なんだよな」


 俺はぽつりとつぶやいた。やっぱり彼は聖獣なのだろう。仕える聖女の前世というだけで、彼自身には縁もゆかりもないこの世界を救うために一匹で奮闘していたのだ。


 望み通りの結果を得られたのに心は晴れない。だけど玲萌レモへの恋心に気付いた今、俺はもう魔法少女になんかなれないんだ。


 玲萌レモ由梨亜ユリアが待つ学食へ、俺は足元だけ見て歩いて行った。




 魔法少女が現われなくなっても、しばらくはなんの問題も起こらなかった。埼玉ダンジョンから出没するのは低級モンスターたちで、自衛隊が難なく対処していた。


 変化と言えば、安全性の確認されたオーク肉が加工食品に使われるようになったこと。食料自給率の改善に一役買うのではないかと期待されている。


 魔法少女など人々から忘れ去られるかと思いきや――


「魔法少女ちゃんの苺パンツ動画、もっと高画質のやつ落とせたんだぜ」


「え、俺にもURL送ってよ」


 昼休み、教室の片隅から聞こえる会話に俺の股間は反射的に縮み上がる。自分の恥ずかしい動画が出回ってると思うと全く落ち着かない。


「男子ってほんとバカ」


 女子たちの不機嫌な声を聞きながら、俺は早々に教室を出て学食棟へ向かった。


 俺たち三人は仲町商店街まつりのイベントに向けて、日々準備にいそしんでいた。今日は申し込みに必要なグループ名について話し合うのだ。


 暑い夏でもさっぱり食えるネギ塩豚タン丼を乗せた盆を手に、玲萌レモ由梨亜ユリアの待つテーブルへ着くなり、俺はかねてからあたためていたバンド名を披露した。


「『ミカド』ってのはどうかな? 天下を取るって意味でさ」 


「うーん、『ミカド』ねえ」


 玲萌レモが困ったように笑い、由梨亜ユリアはアイスキャンディーをなめながら尋ねてきた。


「なんで樹葵ジュキくん、しょっちゅう英語の歌詞書いてくるのにバンド名は日本語なの?」


「うっ、かっこいいかと思って」


樹葵ジュキくんってセンスいいの音楽だけだよね。メイクもアレだったし、私服もいまいちだし」


「なっ、てめぇ――」


 容赦ない由梨亜ユリアの言葉に俺が涙目になったところで玲萌レモが口をはさんだ。


「『ミカド』ってグループ名が悪いわけじゃないのよ。たとえば和楽器バンドならハマると思うの。でも私たちの楽器編成ってアコギとジャズピアノとカホンでしょ?」


「じゃあ『エンペラー』は!?」


 身を乗り出した俺を玲萌レモは片手で制した。


「一日ちょうだい。私たちも何か考えてくるわ」


 そして翌日。俺もまた新しいバンド名を持参して学食に集まった。


「なあ俺、考えたんだ。『世界征服』ってどうだろう!?」


「それ魔人側じゃん」


 由梨亜ユリアが口を尖らせる。


「わたし、もっとかわいいの考えたよ。『マジカル・ピンク・メロディーズ』! 魔法少女っぽくていいでしょ!」


「絶対やだ!」


 俺は断言した。


「じゃあ『ラブリー・ピンク・ハーツ』は?」


由梨亜ユリア、魔法少女路線から離れてくれ」


「実は違う方向性も考えてきたの」


 俺はちょっと期待して顔を上げた。


「なんだ?」


「『オーク焼肉十人前』! インパクト絶大でしょ?」


 期待した俺が馬鹿だった。


玲萌レモは?」


 俺は疲れた声で尋ねた。


「『Armonia Mélangeアルモニア・メランジュ』なんてどうかしら?」


 呪文かな? 聞き慣れない響きに俺は沈黙し、由梨亜ユリアは首をかしげた。


「どういう意味?」


「アルモニアはイタリア語で和声とかハーモニー。調和って意味もあるわね。メランジュはフランス語でミックスとかブレンド。音楽的に樹葵ジュキの弾くコードと私の奏でるピアノの和声が混ざり合う様子を表現しつつ、三つの異なる楽器、三人のバラバラな個性をブレンドして音楽を作り上げるって意味合いも兼ねてるわ」


 玲萌レモのプレゼン力は絶大だった。俺たちは『エンペラー』『オーク焼肉十人前』『アルモニア・メランジュ』の三つにしぼって話し合った結果、今はとりあえず無難な『アルモニア・メランジュ』を選ぶことにした。


「文化祭のときにはまた変えてもいいしね」


 玲萌レモの言葉に俺も由梨亜ユリアもうなずいた。




 事態が急変したのは仲町商店街まつりの十日ほど前のことだった。新たな女魔人が現われ、それまで各個撃破されるだけの有象無象うぞうむぞうでしかなかったモンスターたちを統率し、反撃を試みたのだ。


「覚悟しろ、人間どもめ。我が愛しの妹プリマヴェーラを返してもらいに来た。私のことはエスタお姉様と呼べ!」


 エスタはプリマヴェーラと違って全く露出していなかったが、肌に吸い付くような深紅のレザースーツで全身を覆っており、別方向にセクシーだった。両手から繰り出される闇の鞭が描く変幻自在な軌道に、自衛隊は苦戦していた。




─ * ─




ついに二人目の魔人が出現する中、樹葵ジュキたちは祭りのステージに挑みます。魔法少女のいない今、魔人を前に埼玉県の運命は!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る