43、魔物の大群、現る

「民間人を人質にとって妹と交換を要求する!」


 女魔人エスタは人々が避難している公民館のほうへ向かって駆けだした。


「行かせねえ!」


 俺は翼を羽ばたいてエスタの前へ出る。


「邪魔だ」


 エスタは習慣的に鞭を振るおうとしたが、武器を由梨亜ユリアに食われたことを思い出すと、ぐわっと口を開いた。喉の奥に見えるのは――炎!?


「あぶねっ」


 きわどいところで横に飛んでよける。炎の塊は俺のうしろに立っていた道路標識にぶつかって弾け飛んだ。エンジェリック・バリアがあるから当たっても大丈夫かも知れないが、試す勇気はない。


「ククク、私を鞭しか使えぬ女と思っていたか? 甘い! 妹を返さねばニンゲンどもを炎で飲み込んでやるわ!」


「くそっ」


 俺が唇をかみしめたとき、公園の植え込みから小さな声が聞こえてきた。


「火事です。――私の名前は七海ななみ玲萌レモです。さいたま市浦和区の常盤ときわ公園にいます」


 どうやら玲萌レモがスマホで消防署に連絡を入れているようだ。相変わらず抜かりねえな。


「――魔人エスタが民間人に炎を仕掛けると言い、避難場所になっている仲町公民館へ向かおうとしています」


 現代日本の仕組みに疎い魔人エスタは、気にも留めていないようだ。少し安堵したとき、うしろから集団の足音が近づいてきた。自衛隊の援軍かと思ったが、野生の獣が地を蹴るような轟音に嫌な予感がする。


「ようやく私に追いついたか!」


 エスタが喜色を浮かべたから間違いない、モンスターの大群だ。エスタの命令で統率の取れた動きをするようになったため、自衛隊の防御が突破されてしまうって話は本当だったんだな。


「私の従順な魔獣たちよ、ごちそうだぞ。ここにいる少女たち三人を食べてしまえ!」


「少女は二人だ! 俺は男!」


 渾身の力を込めて抗議した俺の声は、ゴブリンやオーク、巨大なトロルたちからなる混成部隊の咆哮にかき消された。


「フハハハハ! モンスターどもに食べられてしまえ! 私を止めることは不可能!」


 魔人エスタは公民館のほうへ姿を消したが、同時に消防自動車のサイレン音が聞こえてきた。常盤公園のあたりは市役所など公的機関が集まっている区域で、さいたま市消防局もすぐ近くなのだ。避難民に対する火攻めは消防署に止めてもらうとして、俺たちはまずモンスターを片付けよう。


「しかしすげぇ数だな。これ全部弓矢で仕留めるのか」


「魔法少女は溜め息なんてつかないニャ!」


 白猫がむちゃぶりしやがる。いや、それより玲萌レモ由梨亜ユリアを守らなくちゃ! 玲萌レモを探して地上を見下ろすと、彼女の姿はなんと街路樹の上にあった。ドレスの裾を腰で結んでいるためパンツが見えそうで、俺は慌てて目をそらす。


「人間を食べるより、人間の食べ物を食べた方がおいしいわよ!」


「グギィ?」

「グギギ?」


 玲萌レモの言葉にゴブリンたちが興味を持つと、間髪入れずに由梨亜ユリアが屋台で売っていたチョコバナナやらクレープやらをバラまき出した。


「ギギッ!」

「ギギャー!」


 ゴブリンたちは分かりやすく歓喜の叫び声をあげ、猿のような身のこなしで次々と甘いものに飛びついてゆく。


「おかずもあるわよ!」


 玲萌レモが号令をかけると由梨亜ユリアがオークタンの炭火焼きやらハイオークの串刺しやらを投げまくる。


「からいものを食べると喉が渇くわよね!」


 玲萌レモの声に合わせて由梨亜ユリアが次に運んできたのはビールサーバーだ。愚鈍なトロルたちがのっしりと酒に群がり、ハイオークの肉で宴会を始めた。


 だが一口肉を食べて首をかしげたのはオークたち。


「グガー!」

「ガガッ」


 などと耳障りな鳴き声で会話を始めた。もしや同族の肉だと気づいたか?


「ガガーッ!」


 一匹のオークが、ハイオークの串焼き片手にビールを飲んでいたトロルに襲い掛かった。自分たちの将軍を旨そうに食われて腹が立ったのかも。


 だが巨体のトロルはオークを捕まえるとバリボリと腕から食べ始めた。


「オオーウ」


 と満足そうな吠え方をするトロル。生で食べてもおいしいことに気付いたみてぇだな。


 だがオークたちはひるまずにトロルへ立ち向かっていく。大乱闘を始めた怪物たちはもはや俺たちなど眼中にない。


 こいつらは放置して公民館へ駆けつけるべきか、それとも避難済みとはいえ周囲に住居があるんだから始末していくべきかと迷っていたら、自衛隊車両が列を為して近づいてきた。


「魔法少女殿、ここは我々が対処する! 貴殿は魔人エスタから民間人を守ってくれたまえ!」


 スピーカーから俺に指示が飛んできた。


「了解。ったく遅かったじゃねえか」


 ぼやいたのが聞こえたらしく、


「魔人エスタが鞭で我々の車両をパンクさせ――」


「許可なく情報を開示するな」


 上官らしき男の声がかぶさって、スピーカーの声は沈黙した。まあいい。俺は玲萌レモ由梨亜ユリアを指さし、


「公園内に大神学園の女子生徒が二人取り残されてるんだ。彼女たちの保護も頼む!」


 と叫んでから空へと舞い上がり、公民館へ向かった。


 自衛官にどんな質問をされようとも、玲萌レモがいればうまくけむに巻いてくれるだろう。俺の親友――恋人は秀才だからな!


「ジュキちゃん、なにデレデレしてるニャ」


「うるせえ」


 となりを飛ぶ白猫に悪態をついたときには、人々が避難している仲町公民館が見えてきた。


「魔法少女が来てくれたぞー!」


 公民館のルーフバルコニーに立っている男が俺を指さして歓声を上げた。すでに消防自動車が到着して火を消し止めているが、魔人エスタがしょっちゅう小火ぼやを出すのでいたちごっことなっている。


 俺は空中に浮かんだまま魔法の弓を構え、


「エンジェリック・アロー!」


 矢を放った瞬間、


「すんげー! 矢が現れた!」


 ルーフバルコニーの観衆が興奮して叫んだものだから、


「くっ」


 魔人エスタが気付いてしまった。矢を振り返ったりせず、駐車場に止めてある車の下にすべり込む。光の矢は無軌道に飛び、車の下に寝そべったエスタを見つけて突き刺さったが、ブーツの裏では致命傷に至らない。魔法少女の武器が追尾機能を備えていると知られているのだ。


「おい白猫、ほかに攻撃方法はないのかよ?」


 俺の肩の上でのん気に顔を洗っている猫に尋ねる。


「素手でぶんにゃぐる」


「俺はギタリストなんだよ! 手に怪我するかも知れねえ攻撃方法なんて使えるか」


 とりあえず再度弓を引きしぼると、


「魔法少女ちゃん、頑張れー!」


 公民館のベランダから人々が声をそろえて応援してくれる。


 だが車の下から這い出してきた魔人エスタは、捨て身の作戦に出た。


「こうなったら全身火の玉になって飛び込んでやる!」


 彼女の真っ赤なスーツが炎に包まれる。


「エンジェリック・アロー!」


 光の矢を放つもエスタを覆った炎に焼かれ、彼女本体まで到達できない。


「おい、氷魔法とか使えないのか、俺は!?」




─ * ─




全身火の玉となって特攻を決意した魔人エスタ。どうやって止める!?

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