36、戦闘中に変身解除の危機!

 ピンクのミニスカートが輝き出し、光の粒子に戻っていく。


「キャーッ、スカートが消えちゃう!」


 俺は空中で甲高い悲鳴を上げた。

 マナの溶け込んだ体液を放出することで変身解除されると聞いてはいたが――

 なんで頭のリボンじゃなくて下半身から消えるんだよ! 悪意があるだろ!?


「い、嫌ぁ」


 苺柄の女児パンツを隠そうと、俺は空中で膝を抱えた。変身解除したらスカル柄のブラックジーンズに戻るんじゃないの!? 色々とおかしいよっ


「うおおおお!」


 という歓声が、なぜか避難民たちの間から聞こえた。警官隊が必死で彼らをなだめ、


「身を乗り出さないでください!」

「スマホ撮影しないで!」

「前の人を押さないで!」


 などと叫んでいる。なにこれ? アイドルのコンサートかなんか?

 

 俺は手の甲でごしごしと涙を拭った。これ以上泣いたらだめだ。こんな大勢の前で乳首の色をからかわれたりするのはまっぴらごめんだからな!


「グヘヘヘ、いいもん見せてもらったなあ! これでも食らえ!」


 ハイオークが爆笑し、足元の車を持ち上げ俺に向かって投擲とうてきした!


「魔法少女、弱ったところオデ食う」


「ひゃんっ」


 天使の翼を羽ばたいて垂直に舞い上がる。間一髪、攻撃を避けた俺の耳に地上から玲萌レモの声が聞こえた。


樹葵ジュキ、受け取って!」


 見下ろすと玲萌レモがなんとブラウスを脱いで頭上で振っている。


「これを腰に巻くのよ!」


「いや、でも玲萌レモは――」


 空中で躊躇ちゅうちょする俺に、


「だいじょーぶ!」


 玲萌レモは元気にピースサインをして見せた。


「私はブラトップ着てるから!」


 確かにタンクトップを着ているが、あれ下着じゃないのか!?


「オデ邪魔する」


 しかしハイオークめ、今度はバスを持ち上げようと腰をかがめた。乗客も運転手も避難済みだが、あんなデカいものを投げられたら今度こそ避けられないかも知れない。


 せっかく玲萌レモがブラウスを脱いでくれたのに、彼女を巻き込みたくないから受け取りに近づくこともできないじゃんか―― と思っていたら、誰もいなくなったコンビニから由梨亜ユリアがトテトテと走って出てきた。


玲萌レモせんぱい、言う通りのもの持ってきたよ」


「よし、投げろ」


 玲萌レモが指示を出すと、由梨亜ユリアはまず大きなペットボトルみたいなものをハイオークめがけて投げつけた。神がかった運動神経の賜物たまものか、投手並みのコントロールであやまたずハイオークの額に激突し、衝撃で割れたペットボトルの中身がどろりと流れ出た。


 食用油? などと尋ねる間もなく、続いて火をつけた花火が袋ごと放物線を描く。


 あ、なるほど。俺が玲萌レモの作戦を理解するのとほぼ同時に、油まみれのハイオークに花火が降り注ぐ。油に引火し小さな火の手が上がって、豚肉が焼けるときのような香ばしい匂いが、ソーセージクレープを食べ損ねた俺の食欲を刺激した。


「アチッ、アチチチ!」


 ハイオークは騒いで、両手で持ち上げたままだったバスに頭をこすりつけた。しばらく白い煙が上がっていたが、やがてガソリンに引火したらしい。バスが火を噴いた。


「バスガス爆発って十回言ってみて」


 由梨亜ユリアがとぼけた声を出したときには、俺は玲萌レモから受け取ったブラウスを腰に巻き付けていた。襟元にフリルのついたデザインだが、ネイビーなので甘すぎないのが玲萌レモらしい。


「今度こそ洗って返すから」


樹葵ジュキ、私たち親友なんだからほんと気にしないで」


 なんて器の大きな女性だろうと感動していたら、由梨亜ユリアが口をはさんだ。


樹葵ジュキくんから返ってきた服、玲萌レモせんぱいクンカクンカするから気にした方がいいよ」


由梨亜ユリアー!」


 玲萌レモの怒声を足元に聞きつつ空へ舞い上がりながら、やっぱり寮のコインランドリーに突っ込んでからお返ししようと俺は心に誓った。


「ジュキちゃん、ハイオークが本気で怒ってるニャ!」


 バス火災に巻き込まれて全身こんがり焼けたハイオークの姿に、白猫は空中で震えていた。


「オデ、オマエ許さない。襲ってやる」


 ハイオークの両足の間からそそり立つものを見れば、どういう意味で襲うつもりなのかは明白だ。


「でっかいもん見せびらかして自慢してんじゃねー!」


 再び涙が浮かびそうになるのを、俺は必死でこらえた。五センチくらい分けてくんねえかな、などという思考を頭から追い払い、


「マジカル・ステッキ・メタモルフォーゼ!」


 魔法の弓を手にした。


 全身から炭火焼き骨付き豚の香りを放ちながら、ハイオークはロータリーを破壊しながら近づいてくる。


「こちとら腹減ってんだ! さっさと終わらせるぞ」


 充分に引き付けてから俺は呪文を唱えた。


「エンジェリック・アロー!」


 光の矢が出現し、まっすぐ吸い込まれるようにハイオークの眉間に突き刺さった。


「グ、オォ」


 二、三歩よろめいてからハイオークはその場に倒れ伏した。


 だがまだ油断はできない。女魔人プリマヴェーラのときは明らかに矢が胸に刺さったのに、ハートを射貫かれたとか気持ちの悪いことを言い出したのだ。


 沈黙したままの巨体を見下ろしながら、


「やったのか?」


 小さくつぶやく俺に、白猫が答えた。


「ハイオークの生命反応が途絶えたニャ!」


 そんなの分かるのかよ。まれに聖獣っぽいな、こいつ。


「今回はちゃんと光の矢が威力を発揮したんだな」


 俺が安堵の吐息とともに地上へ降り立つと、駅舎内に避難していた人々から、わっと歓声が上がった。


「魔法少女の勝利だ!」

「マジカル・ジュキちゃん万歳!」


 俺の肩に着地した白猫が、甲高い声で解説を始めた。


「魔法の弓矢は聖女様の作った魔法道具ニャ。狙った敵に突き刺さり、相手の心に愛を目覚めさせる成分を流し込む。それで改心すれば弓矢の殺傷能力は消えるニャ。だけど愛に目覚めない敵には死を与えるんだニャ」


 自動追尾機能だけでなく、さらなるハイテク要素を備えていたとは。


 だが俺の思考は、駅舎内から聞こえた声によって現実に引き戻された。


「避難解除してください! ジュキちゃんと写真撮りたい!」


 ヒステリックな若い女性の声が、警官隊に浴びせられる。


 俺は再び舞い上がると、すぐさまコンビニの前に降り立った。


 駅の方からは拡声器で、


「安全が確認できるまで動かないでください!」


 人々を押しとどめる警官の声が聞こえる。


 俺はコンビニ内のトイレに駆け込むと、玲萌レモから借りたブラウスを腰からほどき、首にかけた。


 だが小便なんて行きたくもないのに出るもんじゃない。ここは賢者タイム路線で――


「ないな」


 苺柄の女児パンツが視界に入った途端、萎えた。


 俺は便所を出るとペットボトル売り場に向かった。


「ごめんなさい。緊急事態なんです」


 一人で謝ってミネラルウォーターを手にする。人体の構造上、飲んだらすぐ出るとは思えないが、藁をもつかむ思いで水を喉に流し込んだ。


 よく冷えた水が大量に流れ込んできたのが刺激になったのか、俺はなんとか用を足すことができた。チョロッとしか出なかったが、俺の髪は無事もとの不揃いなショートウルフに戻ったし、服装も七十年代ロックのバンドTシャツにパンキッシュなチェック柄の半袖シャツを羽織った俺の私服に変化した。もちろんスカル柄の黒ジーンズも履いている。


 自分の姿を確認した俺は、心の底から安堵のため息をついた。


 だが変身解除に手間取ったせいで、別の問題が発生した。トイレから出ようとすると、


「魔法少女ちゃんはこのコンビニに入ったはずなんです!」


「でもどこにもいませんよ?」


 知らない人間たちの話し声が聞こえて、俺はトイレの鍵を閉めなおした。




─ * ─




樹葵ジュキ、コンビニのトイレから出られない!?

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