第四幕:魔法少女ジュキちゃんは人気アイドル

35、魔界の将軍ハイオークが攻めてきた

 女魔人プリマヴェーラが逮捕されて、俺は平穏な日常を取り戻した。


 今でも埼玉ダンジョンから時折りモンスターが現われているらしいが、人々の興味も失せ、ニュースで大きく取り上げられることもなくなった。


 俺は日々、玲萌レモ由梨亜ユリアと共に、仲町商店街まつりのステージに向けて練習に励んでいる。


 今日は土曜日。俺たち三人は息抜きを兼ねて駅前のパルコに入っている楽器店を訪れていた。


「わたしがドラム叩ければジュキくんは憧れのロックスターになれるの?」


 由梨亜ユリアが可愛いことを言ってドラムセットに座らせてもらった。


 初めて叩くにしては意外なほどうまくて俺も玲萌レモも驚いたし、店員さんも盛んにおだててくれた。とはいえ祭りのステージや文化祭に間に合うわけではない。今はカホンを頑張ってもらうことにして、俺たちは楽器店を出た。


 学園寄宿舎は駅の反対側にあるので、駅舎を突っ切らなければならない。


「あ、クレープ屋さん!」


 由梨亜ユリアが駅前に停まった車を見つけて指さした。言われてみれば甘い香りが漂ってくる。


「そういえばおなかすいたわね」


 玲萌レモが答えたときには、由梨亜ユリアはキッチンカーの下までダッシュしていた。


「腹減ったな。つっても食いたいのは甘いもんじゃねえんだが」


 ぼやく俺に、玲萌レモが車体に貼られたメニューを見ながら、


「ソーセージが巻いてあるのもあるわよ」


 と教えてくれる。


「お、それ食おう。肉食いてえ」


 俺が舌なめずりしたときには、由梨亜ユリアの注文したクレープはできあがっていた。


「お待たせ、バナナ生クリームだよ」


 太めの店主からクレープを受け取った由梨亜ユリアが、満面の笑みでかぶりつく。


 玲萌レモが背伸びして、


「アーモンドチョコ下さい」


 と注文したとき、キッチンカーのうしろから白い物体が飛び出してきた。


「ジュキちゃん! 大変ニャ!」


「街中でしゃべるな」


 俺は白猫ミルフィーユの両脇に手を入れて持ち上げると、


「女魔人プリマヴェーラは厳重警備で閉じ込められてるって聞いたぜ? 何が大変なんだよ」


 抱きかかえたままピンと立った猫の耳元で尋ねた。


「埼玉ダンジョンからハイオークが出てきたニャ」


「オークなんざ雑魚モンスターじゃねえか。自衛隊が対処するだろ」


 俺の出る幕でもねえ。だが白猫は首を振った。


「兵士さんたちが倒したのは配下のオークたちだけニャ」


「配下?」


「ハイオークはオークたちを統べる王で魔王軍の将軍ニャ。ダンジョンから姿を現すなり兵士さんたちを飛び越えてこっちに向かってるニャ」


「分かったよ、まだ到着しねえんだろ。変身するのはクレープ食ってからな」


 俺は白猫を地面に下ろして、クレープが焼けるのを待つ玲萌レモのうしろに並んだ。


「お待たせ、アーモンドチョコだよ」


 できあがったクレープを玲萌レモが受け取ったと同時に、けたたましいサイレン音が駅前広場に響いた。


「こちら埼玉県警です。ダンジョンから出現したモンスターが浦和駅前へ向かっています。市民の皆さんは至急、避難してください」


 スピーカーから大音量が聞こえてきて、駅前を行き交う人々はにわかに動揺し、右へ左へと逃げ出した。俺は構わずキッチンカーの窓を見上げ、


「ソーセージクレープください」


 と注文するも、


「ごめんね、ボク。お店も避難しなくちゃいけないんだ」


 店主は手早く商売道具を片付け始めた。


「えー! 俺だけクレープ食べられないの!?」


 ショックを受ける俺の前で、由梨亜ユリアが口の周りをクリームだらけにしている。


樹葵ジュキ


 玲萌レモが俺の手を引き、駅前のコンビニ脇に立つATMコーナーに引っ張って行った。


「え、クレープ分けてくれるの?」


 玲萌レモの手にはまだ口をつけていないアーモンドチョコクレープが握られているのだ。


「そうじゃなくて魔法少女に変身するんでしょ?」


 玲萌レモはセリフも終わらぬうちに、片手を俺の頬に添えて唇を近づけた。


 彼女のやわらかい唇が口元をかすめる刹那、俺は思わず目を伏せた。甘い時間は一瞬で過ぎ去る。


「ん……」


 俺がうっかり悩ましい声を発したのと同時に、耳介に嵌めたイヤーカフがまぶしく光を放つ。俺はあっという間にピンクのフリフリミニスカート姿に変身させられてしまった。クーラーの風がツインテールを揺らしている。


「もう変身しなくて済むと思ってたのにー!」


 俺の期待を返せ!


樹葵ジュキは私のヒーローよ。頑張って!」


 玲萌レモはクレープから垂れてくるチョコソースをなめながら、片手で器用にショルダーバッグを開けてスマホを取り出した。


「久しぶりにマジカル・ジュキちゃんのバトル動画が撮れるわ」


「くそーっ、腹減ってるのに! オークなんざ腸詰めソーセージにして食ってやる!」


 俺は涙をこらえてATMコーナーから飛び出した。


「お、変身してる。玲萌レモちゃんでかした」


 足元で白猫が立ち上がり、背中の翼を羽ばたいて俺の肩辺りまで浮かび上がった。


 白猫の目線を追うと、筋骨隆々としたハイオークがのっしのっしと歩いて来るのが見えた。


「オデ、知ってる。サイタマの都ウラワ、これ王城。オデ占領する」


 建物の二階くらいまで背丈があるハイオークはロータリーに入ってくると、横に建つパルコを指さした。


 それ王城じゃねえよ。商業施設だよ。ま、上の階に図書館とコミュニティセンターくらいなら入ってるけど、市役所ですらないのに王城とは。


「ま、オークつったら頭悪いイメージあるもんな。――マジカル・エンジェル・メタモルフォーゼ!」


 コスチュームの背中に天使の羽を顕現させ、俺は空へと舞い上がった。途端に、警察の指示のもと避難していた人々の群れから歓声が上がった。


「あれはネットで話題の魔法少女!」

「本当に現れるとは!」

「さいたま市を守るために立ち上がった正義の味方だっけ?」


 ちょっと違う。これはしっかり名乗らねえとな。


「俺ぁマジカル・ジュキちゃん、未来のロックスターだ! TuTubeでオリジナル曲配信中。チャンネル登録してねっ」


「しまったニャ。ジュキちゃんの名乗りを教育しておくの忘れてたニャ」


 隣に浮かんだ自称聖獣が、フレーメン反応を起こした猫としか思えない表情になっている。名乗りくらい俺の自由にさせろと言いかけて、俺の意識はハイオークの声に引き戻された。


「オデ見た、オマエの動画。敵情視察、大事」


「え、俺の動画見てくれたの?」


 魔界でも人気が出たりして!?


「一人欠けたけど四天王、オマエのダセェ演奏動画、魔法でたくさん探し当てた」


「ダサくないもん!」


 言い返してからハッとする。たくさん探し当てたって言ったよな? 玲萌レモはまだ二曲しか上げてない。まさか――


「オマエ、オニャノコなの隠すために変な化粧してる」


 やっぱり俺の過去動画が見つかっちゃったんだ!


「オデ爆笑した。四天王もみんな腹抱えて笑ってる」


「ひどい!」


 メイクのことを言われて俺は顔から火が出そうになった。性別を隠すため顔にブラックメタル未満な落書きをして動画を撮っていたなんて、絶対に思われたくない!


 駅構内に避難した人々の間からも、


「変な化粧してる演奏動画ってなんの話だ?」

「魔法少女ちゃん、いつもほとんどノーメイクよね?」

「別の動画がたくさんあるってことか?」


 などと疑問の声が聞こえてきた。やばい、正体がバレちゃうよ!


「ジュキちゃん、涙目になっちゃダメにゃ! 体液を排出すると変身解除しちゃうニャ!」


「えぇぇ~っ!?」


 そういえば体液にはマナが溶け込んでるんだっけ!?


「オマエ、メイクでブスになって人気出るわけない。オデより頭悪い可哀想な女、グヘヘ」


「可哀想な女じゃない! 俺、男の子だもん!」


 涙声で否定したとき、まぶたにたまっていた雫が頬に流れ落ちた。




─ * ─




かわいい魔法少女は残酷なオークに泣かされてしまうのか!?

次回『戦闘中に変身解除の危機!』

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