33、ジュキが男子高校生に戻る方法
「そういえば
「早かったわね。さすが
「はい、麦茶。それからアコギはあそこにあるの使ってね。ピックも外ポケットに入ってるわ」
壁際を指さした。俺がもたもたとギターのソフトケースを背負っている間に、
「さ、行きましょ」
「あれ? 機材増えてね?」
防音室に入るなり、俺は部屋を見回して驚いた。昨日まではピアノと譜面台、それから椅子という最低限の設備しかなかったのに、今はキーボードにPAシステム、スピーカーにマイクなど録音設備が整っている。
「今後の活動を見越して注文しておいたのよ」
「じいじがガールズバンド頑張れよって応援してるのー」
「ガールズバンドじゃねーよ」
「でもじいじからカホンを叩くときはスカート禁止って言われた」
ちっとも話がかみ合わないが、じいさんの注意は正しい。スマホアプリでチューニングし始めた俺に、
「じいじの会社が協賛してるお祭りに出てみないかって勧められてるの」
「へえ、挑戦してみたらいいんじゃねえか」
適当に相槌を打っていたら、
「そうじゃなくて
「浦和の商店街で七月にお祭りがあるんだって。仲町商店街まつりだったかな。
思いっきり俺も巻き込まれる話だった。チューニングする手を止めて去年の夏を思い出してみるが、寮に引きこもっていたから全く記憶にない。
「仲町商店街ってことは学校の近くか」
「そうよ。文化祭は九月だから結構先でしょ? 私たちの中間目標によいかと思うんだけど」
確かに
「それに
「男の子になれる!」
ギターから顔を上げると、カホンの上に座った
「やっぱり
「違う! 言い間違えただけだ!」
「普通、自分の性別って間違えないと思うのー」
うるせーよ! 俺は頬をふくらませてチューニングに戻った。
俺たちはそれから二時間近く防音室にこもり、満足行くまで動画を撮影した。初めて三人で作った動画だ。感慨深い。録音後、片づけに入る前、
「ちょっとトイレ行ってくる」
俺はアコギを椅子に乗せると、我慢できずに防音室を出た。風呂の前に用を足したっきりだ。麦茶を飲みながら歌ったせいもあるだろう。
「くそっ、ロングスカートで立ちションって難易度高いな」
俺は一人、便所で舌打ちした。
「
仕方なく個室に入る。スカートを履いたまま、パンツを足元まで下ろして小便するって、マジで男をやめちまったみたいですっげー抵抗あるんだよな。俺は忸怩たる思いを抱えつつ便座に座った。
用を足した途端、頭が軽くなったような気がしてハッとした。
「そうだ俺、まだ変身解除してなかった!」
髪が短くなるだけで首から上が涼しく感じる。
洗面台の鏡に映った自分を見ながら、
「髪型だけ男に戻っちまった」
ぽつりとつぶやく。いやそもそも服装以外は髪の長さしか変わってねえんだよな、この変身。顔も体も変わってないのになんで俺、女の子に見えるんだろ?
俺は身バレを恐れて、トレーナーのフードをかぶって防音室へ戻った。
重い扉を押して中へ入ると、俺の使ったアコギを
「
親指を立ててきた。
「どう見ても男だろ」
願望を込めて言い返すと、
「まさか」
「はい、男子の制服と男子寮のカードキー」
俺に手渡した。
「えっ?」
一瞬きょとんとした俺だが、部屋で
「私と
俺はいそいそとスカートを脱ぐ。ようやく、晴れて男子高校生に戻れるのだ!
しかし当然ながら、制服に男物のパンツは含まれていなかった。パンツだけ女性物という微妙な事態となってしまったが、今は深く考えないことにする。まるで男装してる女の子みたいだなんて考えちゃだめだ。
「服、洗って返すよ」
戻ってきた
「え、いいわよ。ほんの二時間くらいしか着てないんだから。私がそのまま着るわ。ぐへへ」
さっぱりとした口調で言ってトレーナーとスカートを俺の手から奪っていった。
防音室から出た俺たちは、それぞれの寮へ続くセキュリティゲートへ向かうため別れることとなった。
アコギのソフトケースを背負った
「それじゃあ今日の動画、編集できたらまた見せるわ」
と手を振る。
「ありがとう。いつも助かるよ」
俺は礼を言い、
「じゃあな、また明日。おやすみ」
二人と別れて男子寮へ向かった。自分の部屋へ戻る前に大浴場へ寄って、脱衣所に放置していた自分の制服とスマホや学生証を回収したことは言うまでもない。
こうして俺は無事、正体を隠したまま自分の部屋に帰れたのだった。
─ * ─
次回は三幕最終話、恒例の
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