32、ジュキちゃん、普通の女の子としておしゃれする

「見た見た! 女子寮にも来てほしーっ!」


「魔法少女が来るってことは魔人に襲撃されるってことなんだよ? 困るでしょ」


 ハイテンションな女子に友人が水を差すのが聞こえる。


「でもこの間の音楽室襲撃といい、なんでうちの学校ばっかり狙われるんだろ?」


 また別の子が冷静な声で疑問を呈した。


「魔法少女がうちの生徒だったりしてぇ?」


 冗談めかした言葉に血の気が引く。ぎこちなく顔を上げると、玲萌レモがエレベーターの扉を開けて待っていることに気が付いた。右手と右足を同時に動かしてエレベーターに足を踏み入れる俺の耳に、彼女たちのおしゃべりはまだ聞こえてくる。


「えーっ、中等部の子かな? そしたら女子中学生が男湯に入って戦ったってこと?」


「男子中学生って線もなくはないかな」


 なんで中学生限定なんだよ!?


「そういえば魔法少女ちゃん、バスト全くないもんね。そのわりにギター弾いてる映像なんかだと身長は普通にあるみたいだし」


「中学生男子だって考えたらおかしくないかも」


「うっそー! うちの学校にあんな美少年がいるってこと!?」


 玲萌レモが無言のまま閉めるボタンを押して、女子生徒の会話は聞こえなくなった。


 魔法少女ユリア説が出てすっかり安心していたが、男湯で戦ったことで魔法少女男子説が持ち上がってしまうのだろうか!?


「やばいぞ」


 冷や汗を流す俺の耳に、玲萌レモが唇を近づけた。


「ねえ樹葵ジュキ、魔法少女はやっぱり普通の女の子でしたってアピールする方法、思いついたんだけど」


「教えて!」


 エレベーターの中でつい甲高い声を出した俺に、玲萌レモはにっこりとほほ笑んだ。


「魔法少女のコスチュームじゃなくて、私服で歌ってる動画を撮ってネットに上げるのよ。見た人はきっと、なんだ普通の女の子だったんだって思うでしょ?」


「なるほど……?」


 きょとんとしているうちにエレベーターは最上階に到着した。


 玲萌レモは一番端の角部屋まで歩くと、またカードキー兼学生証で開錠した。


「お待たせー」


 ドアを開けると部屋のすみに、ソフトケースに入ったカホンとギターが並べてあるのが見えた。


 有名スポーツメーカーのロゴが入った大きめジャージを着た由梨亜ユリアが顔を出し、


「わーっ、オフショットの魔法少女ちゃん、かわいいのー!」


 ベッドからぴょんと飛び降りる。トテトテと走ってきて突然しゃがみこんだ。


「よいっと」


「おい由梨亜ユリア! スカートの中に首を突っ込むな!!」


 由梨亜ユリアに股間をのぞかれて、俺は慌てて飛びのいた。


「やっぱり樹葵ジュキちゃん女の子だった」


 由梨亜ユリアはフローリングの上でヤンキー座りをしたまま、真顔で俺を見上げる。


「女の子じゃないっ!」


 俺の必死の訴えにも聞く耳を持たず、


「だって普通の女の子が履くパンツだったもん」


「こ、これは玲萌レモから借りたんだ!」


「普通、男子って女子からパンツ借りないと思うの」


 ド正論をかましやがった。


「な、なんとか言ってくれ、玲萌レモ


 俺は涙をこらえつつ玲萌レモを振り返る。


樹葵ジュキ、あんまり大きな声出すと隣の部屋に聞こえるわ」


 玲萌レモはおだやかな笑みを浮かべたまま告げた。無事沈黙する俺のことなど意に介さず、


由梨亜ユリア、今日は平面図形の対称移動と回転移動を復習する予定だったけど、せっかく樹葵ジュキが来てくれたから防音室に行く?」


「わーい! どの曲やるの!?」


 由梨亜ユリアは飛び上がって喜んだ。玲萌レモは俺を振り返り、


「私、先週から合わせてる『レヴィ・ストレンジの憂鬱』って曲がすごく好きなんだけど、そこにアコギもあるし今から撮影してみない?」


 上目遣いで伺うように俺を見た。


「ああ、キーを上げた曲な」


 玲萌レモは俺がすでにTuTubeにアップした曲に関しても、様々なアレンジ案を出してくれる。『レヴィ・ストレンジの憂鬱』は八分の六拍子で半音階を多用した不思議な曲だ。浮遊感を際立たせるためにファルセットで歌いやすい音域に移調したらどうかと提案され、先週からキーを上げて試しているのだ。


 以前の俺はファルセットだと音量が出なかったり、それでも頑張って大きい声を出そうとすると喉が締まったりと問題が多かったのだが、魔法少女に変身した副作用で、ファルセットも楽に出せるようになった。


玲萌レモのピアノも由梨亜ユリアのカホンもいいけど、問題は俺の歌だよな。完成していると言えるかどうか」


 俺が腕組みして考えていると、玲萌レモがクローゼットの中から細長いポーチのようなものを持ってきた。


「昨日樹葵ジュキCmシーマイナーで綺麗に歌えてたわよ」


「高い音がかすれてなかったか?」


「シャウトっぽくてかっこよかった!」


 玲萌レモがファンの顔になって目を輝かせる。


「じゃあ録ってみるか」


 うなずいた俺のうしろに回り、


「それなら髪をほどくわよ」


 瀬良セラ先生がお団子に結んだリボンを引っ張った。ゆるく波打つ銀髪が淡いピンクのトレーナーにかかる。髪長いままなのすっかり忘れてた!


樹葵ジュキ、私のベッドに座ってもらっていい? 髪巻くから」


 玲萌レモはポーチの中から細長い電気製品を出し、コンセントにつないだ。


 言われた通りベッドの足元に腰かけると、クローゼットの扉に嵌まった鏡にちょうど自分の姿が映った。ロングヘアにロングスカートのシルエットは遠目に見ても疑いなく女の子で、俺は慌てて目をそらした。


 玲萌レモは俺の髪を一束取り、慣れた手つきで巻いてゆく。そういえばこの電気製品、うちの姉がコテとか呼んでたカール用のヘアアイロンか。


「できたわ」


 玲萌レモはコテの電源をオフにすると、学習机のところまで下がって俺を見た。


「うん、綺麗。銀髪に艶が出てさらに美人さん」


 満足そうな微笑を浮かべてから、机の上に置いてあった小さな化粧ポーチを持ってきた。


樹葵ジュキ、リップグロス塗っていい?」


「なんだっけ、それ」


「唇がぷるんってするの」


 許可を求められても困るんですけど? 玲萌レモのうしろでは由梨亜ユリアがぴょんぴょんと飛び跳ねながら、


「グロスつけたとこ見てみたーい!」


 と、はしゃいでいる。


「好きにしてくれ」


 俺は目を伏せてあきらめの溜め息を吐いた。


「うふふ、じゃあお言葉に甘えて」


 ひざまずいた玲萌レモが指先に、桃色に色づいた半透明のスライムみてぇなやつを乗っけて、俺の唇に触れた。


「できたっ」


 玲萌レモは立ち上がって、ベッドに腰かけたままの俺を見つめた。


「キャッ、かわいい!」


 由梨亜ユリアも並んで騒ぎ出す。


「魔法少女ちゃんがおしゃれな女の子になったぁ!」


 黄色い歓声を上げてるあんたがたのほうが可愛いんだがな? 疲れ切って再び嘆息する。おかしい。俺は女の子たちにキャーキャー言われる未来を夢見ていたが、これじゃない!


「じゃあ防音室に行きましょうか」


 玲萌レモは机の上に立てかけてあったクリアファイルを手に取った。


「ちょっと待って。俺、歌うんだったら水分欲しいから飲み物――」


 買ってくる、と言いかけて、小銭入れもスマホも持っていないことを思い出す。


 すぐに事情を察した玲萌レモが、俺の部屋にはないミニ冷蔵庫を開けた。


「それなら私、麦茶作ってるから持って行く? 水筒に移してあげるけど」


「あ、お願いします」


 玲萌レモ、実家の母さんかよ。由梨亜ユリアのお世話係に選ばれたのも納得だな。


 冷たい麦茶を用意してもらっているあいだ、俺はうっかりクローゼットの鏡に映った自分を見てしまった。ゆるやかに巻いた銀髪が淡い桃色のトレーナーの上で揺れている。控えめなラメが輝く紅いグロスに彩られた唇が華やかさを添えて、ツインテールの魔法少女姿より多少、大人びて見える。ただし女子として。


 こんなおしゃれでかわいい女の子と街ですれ違ったら、俺だって振り返るだろう。だが俺は美少女とお知り合いになりたい男であって、自分が美少女になりたいわけじゃないんだ!


「つーか俺、いつ男子に戻れるんだろう!?」


 まさかこのまま女子生徒として女子寮で生活することになったりしないよな!? 外堀が埋まっていくとか怖すぎるぞ!!




─ * ─




さて樹葵ジュキはこのままなし崩し的に女の子として日常を送ることになってしまうのか、それとも男としての社会生活に戻れるのか!?

次回、明らかに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る