31、魔法少女ジュキちゃん、普通の女の子になる

「あの、ノーパンでいいです……」


 俺は白衣の前をぎゅっと握ったままうつむいた。


樹葵ジュキったらどこらへんを気にしてるの? 苺柄が履けたんだから、私の地味なパンツくらいどうってことないでしょ?」


 おっしゃる通り、玲萌レモが手にした一枚は茶色に近い暗いベージュで無地。女子の下着に対する男の妄想を破壊する味気ないものだった。


「いやでもっ」


 魔法少女のコスチュームは確かに恥ずかしいけれど、非現実的な服装だからコスプレだと割り切れるんだ。でも普通の女性の下着を身に着けてしまったら、俺は一線を越えてしまうのではないか?


「親友同士なんだから洋服をシェアするくらい普通よ」


 そうか、俺たち親友だもんな。


「それに樹葵ジュキ、おなかが冷えるとよくないわ。腹痛で歌えなくなったら困るでしょ」


 そうだ! 俺は男である前にアーティストだ!


「えーい、ままよ!」


 俺は新品のレディースショーツに足を通した。


「はい、スカート。ウエストがゴムだから履けると思うんだけど。逆にゆるすぎたら紐を結んでね」


 玲萌レモが手渡したのは、薄い藤色とピンクがグラデーションになった夏用とおぼしきロングスカートだった。俺が心を無にして履き終わると、


「濡れてると思うから白衣も回収するわね。また洗って瀬良セラっちに返しておくわ」


 白衣を丸めてショップ袋に突っ込んだ。魔法少女コスチュームの白くて薄いシャツを脱ぐと、玲萌レモの瞳孔が一瞬ひらいた気がした。


「このトレーナーも大きめだから樹葵ジュキならきつくないと思うんだけど」


 最後に渡されたのはフードのついたオーバーサイズのトレーナー。もこもことしたタオル生地でさわり心地がよくて癒される。淡いピンク色で左胸に英字のロゴが入っているだけのシンプルデザインなのだが、着てみるとどう見てもレディース服だ。


樹葵ジュキったら萌え袖になっちゃってかわいい」


 玲萌レモが鼻の下を伸ばしてやがる。


「このトレーナー、俺でもでかいぞ?」


「お尻まですっぽり隠れるサイズなのよ。かわいいでしょ?」


「あんたが着ればな」


 俺はつい不機嫌な声を出したが、玲萌レモのおかげで濡れた服から着替えられてホッとしたのも事実だ。


「ありがとな、色々と」


「ふえっ!? あ、うん!」


 玲萌レモがかわいい反応を示した。だが――


「二人ともかわいいニャ。美少女同士、眼福だにゃ」


 足元でつぶやいた白猫の声に、俺はイラっとする。


「まだいやがったのか」


「あら、ミルちゃん。そういえばさっき樹葵ジュキと何話してたの?」


 玲萌レモは機嫌よく白猫に話しかける。


「ワイがこの世界に来た経緯いきさつなんかをニャ」


 絶妙に話をごまかすミルフィーユ。まあ猫とはいえニャン玉を奪われた話を女性に打ち明けたくはないだろう。ここはいっちょ男同士の秘密ってことで黙っておいてやらぁ。


「私、気になってたんだけどミルちゃんの世界には聖女様もいるし、モンスターや魔人もいるのよね?」


「ワイのような聖獣や聖女様は人間陣営、モンスターや魔人は魔王に従う魔族ニャ」


 女子寮までの道すがら白猫は、ダンジョンを通じて魔人が俺たちの世界へ出現した経緯を語り出した。


 ミルフィーユの生まれた世界では長い間、魔王陣営と人間が争ってきたそうだ。魔王に従う者たちを、人間は魔族と総称している。ゴブリンやオークのような魔物、ケルベロスのような魔獣、そして知能を持つ魔人に分けられるそうだ。


 そしてついに三十年前、長い戦いに終止符を打つことができた。


 だが魔王を滅ぼしたわけでも魔族を全滅に追いやったわけでもなく、完全な勝利には程遠いものだった。大聖女や神官たちが張った結界の中に魔族たちを閉じ込め、「魔族自治区」を作ったのだ。


 しかし人間と戦う必要がなくなった魔族の人口は次第に増えていった。強力な結界を破ることはできないため自治区外に領土を広げるわけにもいかない。そこで魔人たちが魔術研究を重ねた結果、異界に至る穴を開けることに成功した。地球の中でも日本の埼玉県に繋がったのは偶然らしい。


 魔族たちがほかの世界に迷惑をかけていることを知っても、大聖女や神官たちは見て見ぬふりをしていた。


 だがミルフィーユの主人である聖女は転生者。自分の生きた世界を救いたいと聖魔法の研究を重ね、短期間で光の道を生み出した。


「魔族たちが何年も研究して開けた道を聖女様は数ヶ月で創り出したニャ。すごいお方なのニャ!」


 白猫は自慢げに尻尾を立てたが、聖女の作り出した光の道は細く、小さな聖獣しか通れなかった。それで聖女は白猫が変身して戦えるよう魔道具を開発し、魔法のステッキと共に異界に送り出したのだ。


「にゃにゃっ、ちょうど女子寮についたニャ。それじゃワイはここらへんで」


 話が核心に迫ってきたところで、白猫はくるりと背を向け薄闇にとけ消えた。


「あら、行っちゃったわ」


 玲萌レモが不思議そうに振り返りながら、スマホケースを玄関脇の壁に埋め込まれた端末にタッチした。カードキーを兼ねた学生証をケース内に入れてるんだろう。


「堂々としていれば平気よ」


 玲萌レモに手を引かれて俺はついに、普通の女の子として女子寮に足を踏み入れた。歩くたびひざ下でロングスカートが足に絡みつく。


 壁や天井は男子寮と同じなのに、匂いが違うような気がする。


「ふふっ、樹葵ジュキったら違和感ないわね」


 玲萌レモが俺の手を握って引き寄せる。


「これから女の子として女子寮で生活する?」


「やだよっ」


 俺は即答した。もこもこトレーナーを着た俺の二の腕に頬をすり寄せた玲萌レモが、


「残念ね。四六時中、一緒にいられると思ったのに」


 ふっと小さくため息をついた。


「俺も親友とずっと一緒にいたいけど、ほかの方法を考える」


「ありがとう! ずっと一緒にいようね」


 エレベーターホールで玲萌レモがぎゅーっと俺の腕を抱きしめたとき、降りてきたエレベーターの扉が開いてキャミソール姿の女子たちが出てきた。肩にタオルをかけて濡れ髪をたらしている子もいる。


「めっちゃ喉かわいたー!」

「自販機、自販機」

「何飲む?」


 黄色い声で騒ぎながら俺たちの脇をすり抜けるとき、ボディソープの甘い香りがふと鼻孔をくすぐった。風呂上がりに自動販売機で飲み物を買おうとしているだけなのに、男子寮では感じたことのない匂いがしたぞ!


 浮かれた気持ちでエレベーターに乗り込もうとした俺の足は、だが彼女たちの次の言葉で宙に浮いたまま固まった。


「ねえねえ、男湯で戦う魔法少女の動画見た?」


 そうだった! 脱衣所からこっそり撮影している男子生徒がいたんだっけ!? もう拡散されてるのかよ!




─ * ─




女子生徒たちは動画から何かを察するのか!?

次回、玲萌レモが「身バレを防ぐ方法」を樹葵ジュキに提案します!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る