29、ジュキちゃんが幼女化していく理由

「あ、七海ななみさん?」


 えっ、電話の相手は玲萌レモ!?


 目を見開く俺の前で、瀬良セラ先生は授業中と変わらぬ声色で話し出す。


「はい。――いま魔法少女さんと一緒にいるんです」


『えーっ!?』


 という玲萌レモのけたたましい声がスマホから漏れて、瀬良セラ先生は慌てて耳から受話口を遠ざけた。


『ジュ――魔法少女ちゃん、どこにいるの!? 学内チャットで読んだわ! お風呂で戦ったんじゃないの!?』


 スピーカー機能を使っているわけじゃないのに玲萌レモの返事が全部聞こえるぞ。


「ええ、だから魔法少女さん、服から靴までびしょ濡れなんです」


『靴まで!? ――ってことは裸で戦ったわけじゃないのね。よかったわ、女魔人の視線でけがされなくて』


 別に野郎の裸なんざぁ見られたって、どうということもねえだろ。でも俺が湯に浸かってる最中に女魔人が現われたという事実は玲萌レモには伏せておこう。めんどくせぇことになると、俺の男の勘が告げているのだ。


七海ななみさん、教室棟の裏口まで迎えに来てあげられませんか? ――そうですね、大きめのタオルを持ってきてもらえると助かります」


 瀬良セラ先生は簡潔に要件を伝え、電話を切ると俺に向き直った。


七海ななみさんが迎えに来てくれるそうです」


「え、あ、うん。なんで玲萌レモ――あ、七海ななみさんが……」


 しどろもどろになる俺。なんで玲萌レモに電話をかけたんだ? 魔法少女である俺と玲萌レモが親友になったことはさすがに知らないだろ、このおっさん!?


 挙動不審になる俺とは対照的に、瀬良セラ先生は顔色ひとつ変えずに答えた。


七海ななみさんは音楽室襲撃事件のあと警察の事情聴取を受けていましたから、魔法少女さんについて詳しいのかなと思いまして」


 まあ筋は通ってるか。


 これ以上俺がボロを出さないうちにとっとと帰ってもらおう。


「あの、自分ここで七海ななみさんを待ちますので、先生はもう行っていいですよ。俺たち――いや七海ななみさんたちみたく寮に住んでるわけじゃないし、帰宅遅くなっちゃいますから」


「君は優しい子ですね」


 瀬良セラ先生の大きな手が俺の頭をぽんぽんと撫でた。


「大して役に立てなくて申し訳ない」


「え、そんなことは――」


 俺一人じゃあスマホも持ってないし、どうすることもできなかった。


「何か困ったことがあったら、いつでも頼ってくださいね」


 瀬良セラ先生はひらひらと手を振ると、街灯の並ぶ敷地内の道を校門の方へ遠ざかって行った。


 何か気付かれてそうで怖いという点を除けば、いいヤツなんだよなあ、あの担任。


 先生の足音が聞こえなくなると、白猫がひょっこりと姿を現した。


「あの先生、何か嗅ぎつけてにゃいか?」


 俺は無言で白猫の尻尾をつかむ。


「ニャニャーっ、尻尾さわるのやめてニャー!」


「お前には訊きたいことが山ほどあんだよ。まず精霊力ってなんだ? 精子の霊の力ってのを毎回使っちまって、俺のカラダに副作用はないのかよ?」


「普通はないニャ! 精子は無限にいるからニャ。聖女様はワイを変身させるつもりだったから、ワイの体に副作用が出るような魔法にはしにゃいもん!」


「でもな、事実――」


 打ち明けるかどうか俺は躊躇ちゅうちょした。だって恥ずかしいもん。


 いやでも相手は猫! 勇気を振り絞って告白しよう。


「俺の大事なものがサイズダウンしてるんだよーっ!」


「にゃははははっ」


「笑うな!」


 俺は雑に首根っこをつかんでやった。


「痛いニャ!」


「深刻な問題なんだよ!」


 手を離すと白猫は、ブルブルッと体を震わせ、


「そりゃもともとジュキちゃんの男性ホルモンが少にゃかったんじゃ?」


 失礼なことをぬかしやがった。


「お前、異世界の聖獣のくせになんでホルモンとか知ってるんだよ」


「聖女様は転生者だからニャ。ワイにも知識を授けてくれたニャ」


 転生者? マジでこの世界の人間は異世界に生まれ変わっていたのか。


 白猫は俺がつかんだところを念入りに舐めながら、


「聖女様は転生前の世界を守りたいと、ワイを派遣したニャ。男らしいワイにゃら少々、精子の霊力を使っても問題なかったニャ。繊細で女の子っぽいジュキちゃんとは違って」


 小憎らしい挑発をしやがった。


「俺だってなんともない!」


 売り言葉に買い言葉と言わんばかりについ言い返す俺を見上げ、


「そうにゃのか? 声が高くなったり身長が縮んだりしてないかニャ?」


 首をひねった。


「背まで低くなるのか!?」


 聞いてないぞ!!


「幼女化したら、そうニャ。ジュキちゃんもっとかわいくなっちゃうニャ」


 もっと、じゃねーよ!!


「俺、かわいくないもん!!」


「やっぱりもう少し男らしいニンゲンを選ぶべきだったかにゃあ」


 白猫は人間のように腕を組んで目を閉じた。


「俺、男らしいもん!!」


「もんもん言ってる幼女みたいな子を選んだワイのミスだったかニャ。男らしく最後までやり遂げられる人材を見極めるべきだったニャ」


「くそっ、ミスじゃねえ! 俺は最後までやり遂げる男だっ!」


 俺は思わずその場に立ち上がった。ボタンを留めていなかった白衣が風を含んで、ふわりと広がる。


 白猫は俺の足の間からミニスカートの中を見上げ、


「まだついてるかにゃ? ワイの目は暗いところでもよく見えるはずにゃんだが、よく分からんニャ」


 ぼそっとつぶやいた。何を確認されているのか気付いた俺は、


「キャッ」


 と声を上げ、慌ててスカートを押さえた。見ないでよっ


「ジュキちゃん、内股似合ってるニャ。ま、最後までやり遂げてくれるにゃらワイに文句はないニャ」


 白猫は眠くなってきたのか、のそりと体を動かして香箱座りになった。


 俺は気を取り直して隣に腰かけ、


「そもそもなんでお前が変身できなくなっちまったんだよ?」


 ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。


「聞いてくれるかにゃ? ワイの悲劇を」


「おう」




─ * ─




白猫はこの世界でどんな苦労をしてきたのか!?

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