27、女魔人プリマヴェーラ、大浴場で大欲情

 派手に割られたすりガラスから、大浴場に夕風がすべり込む。


 女魔人プリマヴェーラは濡れたタイルの上に降り立つと、赤いロングブーツを脱ぎ捨てた。


「わらわは謹慎中、部下のワーム本部長にそなたらの文化を調べさせたのだ。するとなんと男女が裸で湯に浸かる習慣があるというではないか!」


 それ江戸時代だよ!


「昨日、張っていた浴場では女の子ばかりが入っておって眼福だったが、マジカル・ジュキちゃんは出てこない」


 こいつ、昨日は女子寮の大浴場をのぞいていたのかよ。


「今日もう一つ浴場があることに気付いてのぞいていたが、やってくるのは男ばかり。落胆していたら、いとしのジュキちゃんが現われた! 混浴文化は本当だったのだな!」


 魔人め、興奮しやがって。むしろ興奮しなけりゃならないのは俺の方なのに。このままじゃ変身できずに生身のまま戦うことになっちまう!


 魔人プリマヴェーラは何を考えているのかベルトを外し、腰当てをブーツの上に投げ捨てた。下半身が紐パン一丁になって目のやりどころに困る俺の前で、


「わらわの国では女同士でも裸を見せ合うことはないからの、ちょっぴり恥ずかしいのだが」


 プリマヴェーラは身をくねらせて、脇の下の胸当て接合部をいじり出した。


 玲萌レモが目の前にいない今、彼女とのキスを思い出すだけで変身できるのか?


 いや、むしろいさぎよく逃げるか? だが脱衣所で服を着る時間はない。バスタオル一枚で寮内を逃げ回るなんて恥ずかしすぎる。


 しかし生身の俺はエレキギターより重いものは持てない、か弱い陰キャ。筋力も体力も自信ゼロだ。


 腰まで湯に浸かったまま思考の波に吞まれていたら、カチャっと音がしてプリマヴェーラの鎧が外れた。途端にブルンとあらわになった、たわわなバストに俺の目はくぎ付けに――


「うおっ」


 やべぇ鼻血が、と思った瞬間、耳に嵌めたままだったイヤーカフがピンクの光線を放った。見る見るうちに俺の体を包み込み、気付いたときには湯の中でフレアスカートが揺れていた。


「変身完了!」


 俺は自信を持って立ち上がった。


「ジュキちゃん、なぜ服を着たのだ!? わらわが勇気を出して脱いだというのに!」


 マントまで脱ぎ捨て赤い紐パンだけになったプリマヴェーラが、ぶるんぶるんと胸のスイカを揺らして浴槽の中に入ってくる。


「うるせえ。俺はお前と風呂になんざ入んねえよ」


 湯から上がろうとする俺の足を、プリマヴェーラは湯船に腹ばいになってつかんだ。


「魔法少女ジュキちゃんのおみ足。レロレロレロレロ」


「舐めるなぁぁっ!」


 俺は両手に渾身の力をこめて変態お姉さんの額を押し、足を引き抜いた。


 ざっばぁぁぁん!!


 女魔人は水面を吹っ飛び、仰向けのまま湯に叩きつけられた。沈む彼女と反対に、水面にぷかーっと浮かんできたのは真っ赤な紐パン。衝撃で外れたのか? さすが魔法少女モードの身体能力! とガッツポーズを取ったとき、脱衣所から声が聞こえてきた。


「大浴場から女の声がするぞ!」


「ああ、さっきから魔法少女と女魔人が交戦中だ」


 ええっ!? かなり前から見られてた!? 全身の汗が冷や汗へと変わる。脱衣所の生徒は焦った声で、


「魔人が出たのか!? 管理人に伝えなきゃ!」


 と脱衣所から出て行こうとするが、もう一人の生徒が落ち着いた声で止めた。


「安心しろ。警察に通報済みだ」


「お前できるヤツだな。ちゃんと110番ひゃくとおばんしてから撮影してたのか」


 撮影だと!?


「ふっ。風呂場からピンクの光が漏れていたから、もしやと思ったのさ」


 くそっ、変身時にまき散らすピンクの光線でバレたのか。ということは変身前は見られていない。セーフだな。


 一瞬、胸をなでおろしたが、聞こえてきたのはパトカーのサイレンだった。魔法少女姿で警察に事情聴取されたくないぞ!!


「マジカル・エンジェル・メタモルフォーゼ!」


 俺はコスチュームの背中から翼を生やすと、プリマヴェーラが脱ぎ捨てた鎧やマントを飛び越え、割れた窓ガラスから舞い上がった。


 とりあえず屋上に着地し、小さな機械室の陰に隠れる。


「どこのトイレを使うか…… 誰も見てねえしここでしちゃうか……」


 逡巡していると、


「ジュキちゃん!」


 甲高い声が聞こえた。振り返れば、


「お前っ、白猫!」


「ミルちゃんことミルフィーユだニャ」


 白い翼を羽ばたいて俺の肩に降りてきた。


「お前どこに行ってたんだよ!?」


「久しぶりに魔人出現の気配がしたから、学食棟裏のなわばりから出てきたニャ。でもワイ、水は苦手だからお風呂場に入れなかったニャ」


 どう考えてもこいつ聖獣じゃなくて、ただの猫だろ。


「ところでジュキちゃん、用を足して変身解除しようとしてたかニャ?」


「そうだよ」


 不機嫌な声で答えると、白猫はぺたぺたと肉球で俺の頬を押さえた。


「だめだニャ! ジュキちゃん、お風呂場で裸のまま魔法少女に変身したニャ?」


「そうだが?」


「いま変身解除すると全裸だニャ!」


「まじかよ!?」


 変身前の服装に戻っちまうってことか。


「この恰好で脱衣所に戻るのは――」


「警察が到着したところだニャ」


 くそっ、無理か。


「じゃあ直接自分の部屋に帰る!」


 俺は屋根から舞い降り、自分の部屋のベランダに向かおうと羽ばたいた。しかし寮のベランダはすべて同じ方角を向いている。室内から漏れる明かりが俺を照らし出したとき、窓から顔を出していた生徒の大声が夜気に響いた。


「魔法少女ちゃん!? 俺たちの寮を守ってくれた救世主が外に浮かんでるぞ!」


 見つかっちゃったー!




─ * ─




脱衣所にも自室にも戻れない樹葵ジュキくん。さあどうする!?

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