26、ニセ魔法少女動画、拡散される

「あのさ玲萌レモ、カホンって楽器の名前なのか?」


 知らないことは訊くに限る。俺の問いに玲萌レモはスマホを操作しながら、


「そうそう。こんな感じの―― 木箱みたいな打楽器よ」


 画像を見せてくれた。


「へえ。美術室の椅子みたいだな」


「確かにそうかも。動画だとこんな感じ」


 玲萌レモが再生した動画を由梨亜ユリアと二人でのぞきこむ。木製の直方体に座って側面やへりを叩いている映像が流れた。意外とスネアドラムのような音が鳴って、ハイハットやシンバルはないとは言えドラムセットを彷彿とさせるサウンドだ。


「楽しそう!」


 由梨亜ユリアがパフェの底に敷かれたコーンフレークをかき混ぜながら子供みたいな声を出した。俺は食べ終わったコーヒーゼリーの入れ物を脇へどけながら、ソロ演奏の映像を流すスマホを見下ろした。


「カホンてどれくらいの音量が出るんだろ?」


「ピアノやアコースティックギターとアンサンブルするなら生音でいけると思うわ」


 映像に視線を落としたまま玲萌レモが答えてくれる。


「マイクを立てることもできるけど、ディストーションサウンドでエレキをかき鳴らして爆音でマーシャルを鳴らす、みたいなのは無理ね」


「それは音色の方向性からも想像つくな」


 俺は腕を組んでうなずいた。


「ベーシストのいない現状だと、そもそもロックサウンドは合わないと思うんだ」


樹葵ジュキはそれでいいの? ロックスターになりたいんでしょ?」


 真正面から尋ねられて俺はちょっと赤面した。


「ロックスターってのは概念なのさ」


 ふいと横を向くと、広告が流れ始めた動画を停止して玲萌レモがほほ笑んだ。


「つまり樹葵ジュキにとっての、表現者としての生き方ってわけね」


 照れくさくなって黙っていると、由梨亜ユリアが元気な声で宣言した。


「わたし、じいじにカホン買ってもらう!」


「なんでもじいじ頼みだな」


 俺がぼそっと突っ込むと玲萌レモが小声で耳打ちした。


「なんでも会長を巻き込む方が得策よ」


 なるほど心強いパトロンってわけか。




 二日後、玲萌レモ由梨亜ユリアの部屋にカホンと、なぜかアコースティックギターが届いたそうだ。


「わたしがジュキちゃんの影響を受けることをじいじが期待してるの。わたしピアノは半年で挫折したから、せめてギターならって思ってるんだよ」


 いつもは小学生みたいに天真爛漫な由梨亜ユリアが年相応な雰囲気でため息をついた。由梨亜ユリア自身も祖父の過保護っぷりには少し困っているのかも知れない。だから寮で暮らしたいって言い出したのかもな。


 ちなみにいつも防音室が男子寮から遠く、女子寮側にあって不便だと思っていたが、この配置も由梨亜ユリアの情操教育のためだったと知って俺は納得した。


 その日から俺たちは週に数回、夕食後に防音室へ集まって練習するようになった。


 由梨亜ユリアは同室の玲萌レモに趣味を押し付けられて俺のTuTubeチャンネルを聴かされまくっていたそうで、すでに俺の曲を粗方あらかた覚えていた。おかげでどの曲もすぐにノリをつかんで叩けるようになった。


 俺が過去に録りだめた曲を三人で演奏できるか試していると、玲萌レモが色々なアイディアを出してくれる。曰く「この曲はサビから始めたらどうかしら?」「こっちの曲のバースとあの曲のコーラス部分をくっつけたらもっとキャッチーな曲にならない?」「この曲テンポを速くして、ウォーキングベースが似合うフォービートにアレンジするってのはどうかしら?」などなど。


 音楽室に襲撃があった日以降、なぜか女魔人プリマヴェーラは姿を現さず、俺は平穏な日々を過ごしていた。どういうわけか、時折りサンドワームだけが市内の博物館や図書館に姿を現してニュースになっていたが、人的被害はなく地中に帰って行ったようだ。


 なお魔法少女ユリアの動画は案の定、拡散した。


『魔法少女の正体について調査! 通っている学校や年齢、本名まで!』などというタイトルでトレンドブログの記事にもなっていた。


「よしよし、でかしたぞ。由梨亜ユリア


 俺は胸をなでおろしつつ「魔法少女」という検索ワードでエゴサしていた。


「ん? 『ニセ魔法少女に騙されてるお前らwww』だと?」


 掲示板のスレッドタイトルらしい。俺はすぐにタップした。


【最近、魔法少女の正体が分かったとかいう記事が出回ってるけど、あれは完全にガセ。お前らよく見ろ。俺たちのジュキちゃんはつるぺただろ。ロリ巨乳に騙されるな!!】


「なんだよこの書き込み、気持ち悪いな。『俺たちのジュキちゃん』とか言いやがって。俺はお前らのものじゃない!」


 俺は寮のベッドにあぐらをかいたまま一人、声を荒らげた。


【太もものむっちり感も偽物。ジュキちゃんはスレンダーだからな】

【それな。太ももにうっすら浮き出る筋肉がたまらん】


 掲示板に並ぶ文字列に俺は身震いした。


【お前らキモすぎ。本物はギター弾いて歌えるのに偽物はゴミ箱叩いてるだけ。この時点で察しろ】

【いや騒いでんの一部のアフィカスだけだろ。髪の色も髪型も違うし顔も別人。クオリティの低いコスプレだと思われ】


 冷静な書き込みも散見するが、


【お前らの目は節穴か? 魔法少女ユリアちゃん、めちゃくちゃかわいいだろ】

【偽物礼賛は別スレへどうぞ】


 由梨亜ユリアに関しては専用のスレッドが立っているようだ。


【偽物に対する性的な書き込みはスレごと消されるって噂があるから気をつけた方がいい。実際トレンド系記事がいくつか消えてたし】

【大神グループの秘書課? とか何かからブログに問い合わせが来て名誉毀損で訴えるって脅されるとか】

【俺の聞いた話は全然違うけどな。記事を取り下げれば特別高単価で大神グループの広告を載せられるぞって交渉されるらしい】


 おいおい由梨亜ユリアのじいじ、暗躍してねえか?


 俺はスマホ画面を消すと立ち上がった。気持ちの悪い書き込みを見てしまった邪気を洗い流すため、ひとっ風呂浴びてこよう。


 今日は玲萌レモ由梨亜ユリアに勉強を教える日ということで練習はなかったから、まだ時間も早い。


「お、誰もいないじゃん」


 引き戸を開けて脱衣所に足を踏み入れた俺は、嬉しくなって声を上げた。


 脱いだ制服とタオルをかごに放り込み、垢すり片手にいざ大浴場へ。入った途端、ふわりと湯気が迎えてくれる。タイル張りの大浴場は広々としており、壁にはずらりとシャワーが並んでいる。天井付近に等間隔で灯された照明も、湯けむりにぼんやりとやわらかい明かりを投げかけていた。


 俺はさっそくシャワーで汗を流し、湯船にざぶんと身を沈めた。あごの下まで湯に浸かれば全身の緊張がほぐれてゆく。こじんまりとしてしまった股間からは目をそらして、すりガラスを見つめる。窓には植栽が映り、その上には月がのぞいているようだ。


 カラダが幼女化していくホラーな現実については考えないように、水の流れる音だけに耳を傾けていると、ふと月がかげった。


「雲?」


 いや、違う。植栽を越えてすりガラスに人の影が映り、俺は身構えた。


「おーっほっほっほ! ようやく迎えに来られたわ、いとしのマジカル・ジュキちゃん!」


 けたたましい高笑いと共にすりガラスが破られた。


「女魔人プリマヴェーラ!」


 俺は湯船から立ち上がりかけて慌ててしゃがんだ。プリマヴェーラは女性が相手なら攻撃しないって話だから、男だとバレたらまずいんだよな? いや、このサイズなら気付かれないか!?


「マジカル・ジュキちゃん、迎えに来るのが遅くなったことを詫びよう。実はわらわ休日に無断でこの世界に出撃したかどで謹慎処分を食らい、巨大毒ムカデの巣に落とされ七日間、閉じ込められていたのだ」


 うっわー、労働環境すんげーブラック。


 じゃなくてどうする、俺!? このままじゃ全裸でさらわれちまうぞ!!




─ * ─




か弱い樹葵ジュキちゃんはお姫様抱っこでさらわれてしまうのか!?

次回『女魔人プリマヴェーラ、大浴場で大欲情』

セクシー魔人が活躍します!

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