25、ユリアの知られざる才能が明らかに

「なんで俺の曲が!?」


 学食棟の左右をぐるりと見回すと、建物の陰で踊っているグループが目に入った。


 玲萌レモも立ち上がり、俺の隣から地上を見下ろして、


「あの子たち、ダンス部よ」


 と教えてくれた。


「彼女たち体育の授業のあと更衣室で『踊ってみた』動画撮ろうって話してたわ。樹葵ジュキの曲で踊るのね」


「えぇ? 俺の曲、ああいう奴らが踊るタイプの曲じゃないだろ?」


「人気に便乗したいんでしょ」


 おいおい、マジかよ。あいつらが好むジャンルってヒップホップじゃないのかよ? オールドロック風の俺の新曲とはかすりもしないだろ。


 俺がちょっと呆れているのに気付いた玲萌レモが、夕風に髪を揺らしながらほほ笑んだ。


「『窓をあければ』で検索する人が見てくれるかも知れないからね。樹葵ジュキだって自分の歌を聴いてほしくて魔法少女姿で動画撮ったでしょ。多分同じような気持ちよ」


 言われてみればその通りか。俺たちは時にやや強引な手を使ってでも、自分の作品に目を止めてほしいと願う。それは自分の作り上げたものを愛しているからだ。


 俺は玲萌レモと並んで、風に夜の香りが混ざるのを感じていた。


 なんだか良いムードだ、と思っていたらうしろから由梨亜ユリアのはしゃいだ声が聞こえてきた。


玲萌レモせんぱい、樹葵ジュキくん、わたし楽器できるよ! 見てて!」


 振り返った俺たちの目に飛び込んできたのは、学食に置かれている大きなゴミ箱を運んできた由梨亜ユリアの姿だった。目が点になる俺たちの前でゴミの入ったビニール袋を取り出すと、ゴミ箱をひっくり返し、その上に座った。


由梨亜ユリア、パンツ汚れるよ」


 玲萌レモの制止も聞かず、


「いくよっ」


 由梨亜ユリアは外から流れてくる俺の曲に合わせてゴミ箱のへりを叩き出した。パンツが汚れるとかいうレベルじゃなく、ミニスカートで大股広げて座ったら見えちまうんだが――!?


 俺は慌てて彼女に背を向け、ダンス部の方へ視線を移した。ったく学園長の娘っていうからお嬢様かと思いきや、しつけのなってないガキである。甘やかされまくって育ったんだな。


 だがすぐに、うしろから聞こえてきた軽快なリズムに瞠目して、俺は振り返ることとなった。


「すげぇな……」


由梨亜ユリア、ばっちいでしょ」


 などと言っていた玲萌レモも、


「あらあら由梨亜ユリアさん、ゴミ箱持って行っちゃったの?」


 あたふたしながらテラスまで追いかけてきた学食のおばちゃんも、由梨亜ユリアの華麗な手さばきに目を見張った。


 オールドロック系の弾き歌いがラテンの風に包まれて、軽やかでセンスの良い曲になってるじゃんか。ゴミ箱なのになんか悔しいぞ。


 階下から夕風に乗って聴こえてくる録音は、最初のコーラスに差し掛かった。玲萌レモがピアノで加わったあたりだ。ジャジーなコード感と、歌が途切れるタイミングで鳴らされるモードスケールを取り入れたオブリガートのせいで、曲が大人びて聞こえる。


 だがそこに由梨亜ユリアの天性のリズム感がミックスされたことで、自分の曲なのに、俺が人生で一度も聴いたことのないジャンルに進化しやがった。これが仲間と音楽をやるってことなのか。


 俺は作詞作曲をして自分の宇宙を作り上げたような気になっていたけれど、家にたとえたら土台を作ったにすぎなかったんだな。


 俺のアコギ弾き語りなんて鉄骨を立てただけ。玲萌レモ由梨亜ユリアが加わって壁ができ、屋根が乗り、建物の形になったんだ。


 由梨亜ユリアの周りにはいつの間にか生徒たちが集まり、スマホで動画を撮る者も現われた。俺はこっそり場所を移動し、画角から外れた。


 曲が終わると自然に拍手が巻き起こった。由梨亜ユリアはゴミ箱に座ったまま両手を振り、


「ありがとーっ! みんなぁ、応援ありがとう!!」


 満面の笑みを浮かべて礼を言った。くっそー、あれ、俺がやりたかったやつじゃん! 野外フェスなんかでステージの上からファンに感謝を伝えるのが夢なのに、まさかコスプレ魔法少女にゴミ箱の上から言われてしまうとは!


「ねえ、もしかしてあなたが話題の魔法少女なの!?」


 ギャラリーの中から由梨亜ユリアに質問する声が聞こえる。


「わたしはマジカル・ユリア! じいじの学園を守るために戦うよっ」


 ゴミ箱から飛び降りると、たわわな胸がぽよんと弾んだ。


「魔法少女、うちの学校の生徒だったの!? 昨日、音楽室に襲来した魔人を追っ払ったんだよね!?」


 女子生徒は興奮して、ゴミ箱を叩いていた由梨亜ユリアの両手を握った。


「昨日活躍したのは――」


 由梨亜ユリアはきょろきょろと辺りを見回し、


「あれ? いない」


 すかさず玲萌レモ由梨亜ユリアの腕を引き、


「さあ由梨亜ユリア、ゴミ箱借りっぱなしだと困る人がいるからね! 早く戻してきなさい」


 逆さまになったゴミ箱と、テラスの柱に寄りかかっている大きなゴミ袋を指さした。


「うん!」


 由梨亜ユリアは素直にゴミ箱を片づけ始める。


 生徒たちの輪も散らばって行き、


由梨亜ユリアさんって学園長の娘さんじゃん」


「ああ、中等部の―― つまり学園長の娘が学園を守るため魔法少女になって戦ってたってこと?」


 などと話す声も遠くなっていく。いいぞいいぞ、みんな偽物に騙されてしまえ。


 由梨亜ユリアがゴミ箱を返して戻ってきたタイミングで、俺もひょっこり現われて席に着いた。


 玲萌レモは残り少なくなったパンケーキをちまちまと切り分けながら、


由梨亜ユリア、ちゃんと手ぇ洗ってきた?」


 うちの姉のような口調で尋ねた。


「学食のおばちゃんに言われたから洗ったよ」


 言われなきゃ洗わねえのかよ、と胸中で突っ込んでいたら、


「ねえ樹葵ジュキ、私ふと思いついたんだけど」


 玲萌レモが俺に向き直った。


由梨亜ユリアにカホンで参加してもらうっていうのはどうかしら?」


「カモン?」


 由梨亜ユリアが口をはさむ。


「カモンベイベーって言う役?」


 絶対違う。でも俺もカホンとやらを知らないから突っ込めない。


「あのさ玲萌レモ、カホンって楽器の名前なのか?」




─ * ─




カホンとは?

次回『ニセ魔法少女動画、拡散される』。世間はあっさりコスプレ由梨亜ユリアに騙されるのか? それとも!?

ちなみにまた女魔人プリマヴェーラも出てきますよ。

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