24、魔法少女ユリア登場!?

わりぃ、遅れた」


 俺は背中にかついだアコースティックギターを気にしながら、学食棟の下で待っていた玲萌レモのもとへ駆け寄った。


「あれ? 由梨亜ユリアさんは?」


 左右を見回す俺に、玲萌レモは無言で上を指さした。玲萌レモの桜色した爪の先をたどると――


「げっ、魔法少女!?」


 学食テラスの手すりに見覚えのあるピンクのフレアスカートを履いた少女が立っていた。嫌な記憶がよみがえってきて、俺は顔をしかめた。だが彼女は俺とは違う。だって胸元に輝く大きなリボンの左右にはたわわに実る二つの――メロンかな?


 少女は手にした幼児向け玩具っぽいピンクのステッキを夕方の空へかかげ、


「学園を守る愛と正義の使者、マジカル・ユリア参上!」


 女児アニメの主人公もかくやと思わせる可愛い声を張り上げた。


「ようやくヒロインっぽいのが出てきたな」


「はっ!?」


 ぽつりとつぶやいたら振り返った玲萌レモに、なぜかにらまれてしまった。


 俺たちが見上げるテラスの上では、学生や学食のおばちゃんが大騒ぎしている。


「危ないから降りろ!」

「そこから飛び降りる気!?」

「誰か先生を呼んできてー!」


 必死で止める人々など由梨亜ユリアの眼中にはないようで、


「とうっ!」


 掛け声ひとつ、手すりから華麗にジャンプした。


 あーこれは間違いなく鼻から地面に激突するやつ!


 俺は少女が怪我するところなど見たくなくて、思わず手のひらで両目を覆った。


 だが――


 しゅたっ


玲萌レモせんぱい、お待たせしましたっ!」


 コメディのお約束をあっさり無視して、由梨亜ユリアは俺たちの前に着地して見せた。


「安心して樹葵ジュキ


 手のひらでこめかみを押さえた玲萌レモが疲れた声を出す。


由梨亜ユリアは知力をお母さんのおなかの中に置いてきちゃった分、運動神経は抜群だから」


「そ、そうか。俺とは違うんだな」


 インドア派にとって運動神経の良い奴なんて異星人である。


「あ、樹葵ジュキ。運動神経抜群っていっても由梨亜ユリア樹葵ジュキが恐れる陽キャとも違うから、そこも安心してね」


 玲萌レモが慈愛に満ちた笑みを向けてくれるが、俺が陽キャにビビってるとか言うの、悲しいからやめてほしい。


 目をそらすと、由梨亜ユリアが俺をキラキラした瞳で見上げていることに気が付いた。くるくると巻いた天パの短髪をピンクのリボンで無理やり二つ結びにしているが、童顔のおかげで全く違和感がない。背も低く小学五年生くらいにしか見えないとはいえ、豊満なバストが思春期を迎えた少女であることを主張している。


玲萌レモせんぱい、この綺麗な人が私の憧れてる魔法――むぐっ」


「ストーップ由梨亜ユリア!」


 玲萌レモが慌てて由梨亜ユリアの口をふさぎ、小声で言い聞かせる。


「いい? 正義の味方は普段、正体を隠して生活しているの」


「ちょっと待て玲萌レモ


 頭が痛くなってきたぞ。


「まさかこのおとぼけ後輩に俺の正体、話しちまったのか!?」


「違うの、樹葵ジュキ。いいえ、違くないんだけど――」


 玲萌レモは目を伏せ、申し訳なさそうに打ち明けた。俺が最初に変身した夜、親友の勇姿を誰かに伝えたくて動画を由梨亜ユリアに共有したこと。その動画を誤って公開設定にしていたことを。


「親友?」


 こてんと首をかしげたのは黙って話を聞いていた由梨亜ユリアだった。


玲萌レモせんぱいは樹葵ジュキくんの恋人になりたかったんじゃ――」


「うわぁぁぁっ!」


 突然玲萌レモが取り乱して由梨亜ユリアに抱きついた。


「言わないでっ! 本人の前でバラさないで!!」


玲萌レモせんぱいのヘタレ。毎晩遅くまでわたしを恋バナにつき合わせるのに、いざというときには勇気を出さない」


「ぎゃぁぁぁっ! 黙って! 何も言わないでよ由梨亜ユリア!!」


 なんだなんだ? 女子同士の友情ってこういう感じなのか?


 俺たちの脇を通り抜けて学食棟へ向かう部活終わりの学生たちも、怪訝そうな目で二人を振り返っている。


 あっけにとられる俺の前で玲萌レモはぜーはーと肩で息をしながら、学食棟を指さした。


「とりあえず中に入って、座って話しましょうか」


「うんうん、わたしも樹葵ジュキくんが男か女か本当のところを詳しく聞きたい」


「俺は男!」


 由梨亜ユリアめ、顔だけなら玲萌レモに負けず劣らずかわいいのに、とんでもねぇやつだ。会長に溺愛されている孫娘らしく、


「じいじのクレカが使い放題だからわたしのおごりーっ」


 元気に俺と玲萌レモを引っ張って、学食棟で一番高級な喫茶店風の店に入った。スイーツ系のメニューしか置いていないので俺は初来店だ。


 各々おのおの好みのスイーツを盆に乗せて夕焼けが見えるテラス席に座ると、俺はさっそく質問した。


由梨亜ユリアさんは何か楽器できるの?」


「わたし、魔法少女に憧れてるの!」


 俺たちの会話は全く嚙み合わないところから始まった。俺は助けを求めて玲萌レモの方に顔を向けるが、彼女は無言のまませっせとパンケーキを口に運んでいる。


 由梨亜ユリアはチョコレートパフェとフルーツパフェとバナナパフェをかわるがわるつつきながら、


「この服もね、じいじに魔法少女の動画を見せて、これ欲しいって言ったら買ってもらえたの。部下の人が苦労して探したから感謝しなさいって言われたんだ」


 自慢げに胸元のリボンを引っ張った。


「そんなに魔法少女になりたいなら代わってくれよ」


 俺はコーヒーゼリーをスプーンですくいながらため息をついた。


「それは無理なんじゃない、樹葵ジュキ。ミルちゃん、男の子しか変身できないって言ってたもん」


 話を聞いていないのかと思っていたらしっかり聞いていた玲萌レモに突っ込まれた。


「じゃあ玲萌レモせんぱいは変身できるね!」


由梨亜ユリアーっ!」


「冗談だよっ☆」


 玲萌レモのやつ、後輩に完全に翻弄されてるな…… 俺は二人のやり取りを見物しつつ、とろりとした生クリームのかかったコーヒーゼリーを舌に乗せた。甘みと苦みがほどけあうのを感じる。スイーツも悪くねえなと思ったとき、俺は聴き慣れた曲が流れてくるのに気が付いた。


「あれ? この曲――」


 テラスから身を乗り出す俺の横で、玲萌レモがパンケーキから顔を上げた。


樹葵ジュキの新曲!」


「あっ、玲萌レモせんぱいが毎日かけてるタッカタッカした曲」


「なんで俺の曲が!?」




─ * ─




樹葵ジュキの曲を流しているのは誰?

次回『由梨亜ユリアの知られざる才能が明らかに』

由梨亜ユリアが演奏(?)します!

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