第三幕:天然系後輩ユリア登場

22、俺の音楽活動に関するレモの提案

 玲萌レモのアップした動画は順調に再生数を伸ばしていった。これがバズるというやつか。俺には未経験の領域だ。


 開くたびに新しいコメントがついているので、休み時間ごとに確認してしまう。


 昼休みも俺は校舎の影になっている大階段に腰かけて、フランクフルトをはさんだソフトフランスパンをかじりながら、やっぱりコメントを確認していた。


 俺を女子小学生だと信じて鼻の下を伸ばしているコメントは無視する。つるぺたの良さなんて俺には全く分からねえ。好きになった子が控えめなサイズだったらそれは仕方ねえと思うが、つるぺたこそ正義という価値観は謎でしかない。


 だが歌に言及しているコメントも、飽くまで俺を十代前半だと信じて褒めているのが複雑な気分だ。褒められて悪い気はしないが、高校生としてはどうなんだろう?


「女子小学生として天才呼ばわりされてもなあ」


 この際性別はどうでもいいが、年齢に関しては正しい評価を知りたいものだ。


 だって俺は今まで、これほど大勢の人に自分の曲を聞いてもらったことはなかったのだから。たとえ誰かが聞いてくれたとしても今まで檸檬さん以外からは外見をボロクソに言われて終わっただけだった。


「魔法少女の姿になったら俺は歌声を聞いてもらえるのか」


 深いため息をついてしまう。


 プロになったら、好きな恰好でオリジナル曲ばかりを歌えるわけではないだろうことくらい想像がつく。自分の美的感覚に合わない衣装を着ろと言われるかも知れないし、曲や歌詞にもダメ出しされるだろう。


 だけどファッションも含めて自己表現なんだよな。ま、玲萌レモに落書きみたいと評されたメイクをしていた俺が言うことでもないんだが。


「あ、樹葵ジュキ。やっぱり日陰にいた」


 明るい声に振り返ると、手に購買の袋を提げて玲萌レモが立っていた。


 俺たちは成績が違いすぎて滅多に同じ教室にならないから、メッセージアプリで今日は外で食べようと話し合っていたのだ。


わりぃ、先に食ってた」


「ん? いいのよ、食べて食べて」


 玲萌レモは俺の隣に座ると鞄を下ろし、ビニール袋からサラダチキンとごぼうサラダを出して鞄の上に並べた。さすが女子、健康に気を遣ってるのかと思っていたら最後にメロンパンが出てきたからダイエットを意識しているわけではなさそうだ。そういえば玲萌レモ、昨日もメロンパン食べてたよな……


樹葵ジュキったら動画消したでしょ」


 玲萌レモがサラダチキンの袋をあけながら、ちょっぴり怒った声を出した。


 フランクフルトのパンを食べ終わった俺は意味が分からずきょとんとなった。


樹葵ジュキのチャンネルに上がってた『窓をあければ』よ。昨日の夜聴こうと思ったら消えてるんだもん」


「ああ、非公開に戻したんだ」


「どうして?」


 どことなく非難がましい口調で尋ねる玲萌レモから、俺は目をそらした。


「だって―― 同じ曲歌ってたら正体がバレちゃうじゃん」


 昨日の昼休み、玲萌レモが編集してくれた動画を見た直後にこっそり非公開にしたのだ。音楽室で撮った動画は魔法少女のコスチュームであることさえ目をつむれば俺の声もよく出ていたし、何より玲萌レモのテンションコードを加えたブラックミュージックの香り漂うアレンジが良かった。


「そうだけど」


 玲萌レモは不満そうに口を尖らせている。


「『JUKI’s ROCK』の登録者数が増えるチャンスだと思ったのに」


 俺のチャンネルを応援してくれていたのか。


 本当のことを言えばメイクが変だったことを教えられて、今までの動画を全部消して上げ直したいとまで思った。だが音楽的にはどの曲も気に入っているから、玲萌レモのチャンネルに上がった最新曲だけ非公開にしたのだ。


 俺が二個目のパン――こんがりと焼けたマヨネーズがたっぷりかかった照り焼きチキンパンの紙袋に手を伸ばしたとき、


「コメント読んでたの……?」


 画面がついたままだった俺のスマホに視線を落とした玲萌レモが、どことなく気まずそうな声を出した。


「ああ。玲萌レモのピアノ、褒められてるな」


「あら、樹葵ジュキの歌の方が褒められてるわよ。登録者数がすごいことになってるし」


 玲萌レモが自分のスマホを出して見せる。


「一万超えてんのか。収益化できるんじゃね?」


 だが玲萌レモは小さく肩をすくめた。


「十八歳未満は収益を受け取るのも色々面倒なのよ」


 知らなかったぜ。登録者数が少なすぎて規約を読んだこともなかった。


 玲萌レモが自分のスマホの音量を上げて、俺たちの演奏を聴き出した。


「何度聞いてもいい声! なんだかこの動画、いつも以上に高音が綺麗に出てるわね」


 違いに気付くとはさすが俺の古参ファン、檸檬さん。


「うん、気持ちが高揚していたからかな?」


 俺はさりげないふりを装ってごまかしたが、実は深刻な疑いを持っている。魔法少女への変身を繰り返したことで、声にも幼女化の影響が出てるんじゃないかって!!


 俺が険しい顔になったせいか、玲萌レモが心配そうに眉尻を下げた。


樹葵ジュキ、あんまり喜んでないのね……」


「えっ、いや――」


 俺は慌てた。歌詞のテロップまでつけてもらって感謝しかないのだから。今まで俺は一度も編集などしたことはなく、スマホで撮影したものをそのままアップロードしていた。動画概要欄に歌詞を貼り付けるくらいがせいぜいだったのだ。


「やっぱり樹葵ジュキは、きみ自身がかっこいいと思うロックスターの外見で歌いたいのよね」


 玲萌レモが俺の気持ちを明確に言語化してくれて、胸が熱くなった。


「ねえ樹葵ジュキ、学園の文化祭に出てみない?」




─ * ─




文化祭って、部活や同好会でもない個人が簡単にステージ枠をもらえるものなのか?

次回『今さら明かされる大神学園の秘密』。ジュキが弾き歌いで合格した理由、ルームメイトがいない理由も明らかに!

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