21★魔法少女の動画とコメント欄の反応(レモ視点)

玲萌レモ視点です。


 動画はガラスの割れる派手な音で幕を開けた。


 ガッシャーン!!


 飛び散る破片を物ともせず、真紅のビキニアーマーで身を包んだ女魔人が音楽室に飛び込んでくる。


 だが気丈な魔法少女は学校を守るため、小柄な体躯で魔人の前に立ちはだかった。


『マジカル・ステッキ・メタモルフォーゼ!』


 涼やかな美声が空間を切り裂く。


 次の瞬間、魔法少女の手にはキラキラ輝く桃色の霞に覆われて、魔法の弓が出現していた。


 きりりと弓を引きしぼり、冷静に女魔人を狙う魔法少女のうしろ姿は惚れ惚れするほど凛々しく美しい。


 割れた窓から舞い込む風に白銀のツインテールを揺らす魔法少女を見下ろして、女魔人は不気味に身をくねらせた。


『我がいとしの魔法少女マジカル・ジュキちゃん、逢いたかったぞ。今日は愛らしい魔法少女を我らの世界に連れ帰るためにせ参じた!』


 だが憎々しい口上の終わらぬうちに、魔人の眉間には真っ白い矢が深々しんしんと突き刺さった。


『ぐわっ』


 女魔人の血のように赤い唇から苦痛のうめき声が漏れる。


 実際には、女魔人の眉間に刺さったのは私が投げつけた指揮棒だ。だが編集でうまいこと絵をつなげたことで、視聴者は勝手に指揮棒を矢だと誤解するだろう。生成AIなんかが登場するずっと前から映像なんて嘘だらけだ。愚かな庶民はマスコミに踊らされるが、私は馬鹿者どもを操る側に立つのよ。


 動画の中では眉間から血を流した女魔人が、ゆらりと立ち上がったところだ。


 楽譜が舞い散る中、ゆっくりとこちらへ近づいてくる――と思ったら、


 ビターン!


 突然床に倒れ伏し、ぴくりとも動かなくなった。足元は映っていないので、誰も罠が張ってあったとは想像しないだろう。前頭葉に損傷を受けた敵が最後の力を振り絞って立ち上がったものの、身体機能を制御できず意識を失ったようにしか見えない。


 女魔人の後頭部を映していた画面の上にテロップが流れる。


【心優しき魔法少女はたおれた女魔人に同情し、哀悼の意を表して歌を捧げることにした。

 ――窓をあければ―― 作詞・作曲・歌:JUKI】


 アコースティックギターを肩に掛けた樹葵ジュキが、わずかに緊張した面持ちでイントロを弾き始めた。演奏シーンからは私がスマホで撮っているから、弦を撫でる樹葵ジュキの白い指先がアップになってセクシーだ。


『The real life, I say goodbye――』


 樹葵ジュキが歌い出すと歌詞がテロップとして表示される。彼から送ってもらったコード表に歌詞が記載されていたからコピペして載せたのだ。


『Hey fantasy, come tonight

 You know I've been waiting for this night

 So long time』


 バース部分の歌メロは低音域に書かれている。


 落ち着いた音色でしっとりと歌う樹葵ジュキの声にドキッとしてしまう。可憐な少女の姿からイメージされる声より低いのは確かだが、小学校高学年くらいの女の子は変声期が始まり低音域が充実してくる年頃だから、この音域を歌うのも決して不可能ではない。


 彼自身のやや高めの声に合わせて作曲しているからか、洋楽好きが反映されているのか、樹葵ジュキの書く音域は私にとって歌いやすいものばかり。彼の前では恥ずかしくて披露できないけれど、実を言うと私は全曲マスターしている。


『Mom held on my wings saying “No”

 I asked her “Let me go”』


 なめらかな英詞の発音がやわらかく響いて耳に心地よい。


 音声データのみを書き出してEQ処理を施し、薄くプレートリバーブをかけたのが奏功し、樹葵ジュキの声を特徴づける凛とした音色が際立っている。


 演奏部分だけにエフェクトをかけると動画の途中で音響が変わって不自然なので、実は魔人の声にも軽くリバーブがかかっていたのだが、そこはご愛嬌というやつだ。


『Before the moonlight disappears, I have to go.』


 バース最後のフレーズで、私が使い魔ミルちゃんに撮影を代わってもらったので、ここは画面が揺れて映像を使えなかった。画面は窓の外に切り替わり、青空を映し出す。


 ミルちゃんが撮ってくれた素材に青空などなかったので、私が休み時間に教室から空を映したのだ。


 音楽室内の映像にはずっと割れた窓とその向こうに広がる青空が映り込んでいるから、視聴者には窓の外へカメラを向けたように見えるという寸法だ。


『窓をあければ、ほら見えるだろう

 空に浮かぶ下弦の月に 腰掛ける少女の姿が』


 コーラス部分から私のピアノが加わる。


 自分の演奏を録音して聴くのって恥ずかしいものね。編集中も繰り返し耳にしたのに何度聴いても慣れないわ!


 頻繁に自分の歌声をアップしている樹葵ジュキがさらにかっこよく思える。彼は変な照れくささなんてずっと昔に乗り越えて、真摯に音楽活動を続けているのよね。ますます応援したい!


『小さな手を振って 手招きしているんだ

 素敵な旅に出たいから』


 樹葵ジュキのうるわしい歌声を聴きながら、私はスマホ画面をスクロールしてコメント欄に視線を移した。


【開始一分で倒される魔人www】


 あーそれは私が編集して切り刻んじゃったから!


【後半五分歌ってるとか草】

【唐突に流れるテロップ。魔法少女がいきなり歌い出して吹いたw】


 樹葵ジュキの音楽活動を応援する動画なんだからこれが正しい形なのよ!


【それな。しかもオリジナル曲www】

【次世代のネットアイドル誕生!】

【マジカル・ジュキちゃんかわいすぎ。レロレロしたい】

【おまわりさんこいつです】

【至近距離で撮ってもマジで胸なくて俺の理想】

【ロリコンキモい】


 樹葵ジュキの外見がかわいいのは分かってるんだからいいのよ。音楽に対するコメントはないのかしら?


 不快な気分を押さえながらスワイプすると、ようやく樹葵ジュキの声に関するコメントを見つけられた。


【外見ロリなのに声はロリじゃなかったw】

【大人っぽくて素敵じゃないですか? めちゃくちゃうまいと思うんだけどな】

【ロリ声期待してたやつ乙】


 いやいや何言ってんのよ。前回の動画だって樹葵ジュキが声を発したとき、張りのある美しい音色で幼女声じゃなかったでしょうが。


【十二歳であの歌声とかヤバイな。天才現る】

【魔法少女ちゃんが十二歳ってどこ情報ですか?】

【ソース求む】

【いやどう見ても十二、三歳だろ】


 これは樹葵ジュキに同情を禁じ得ないわね! 高校一年の教室に混ざって十五歳のふりしてるけど彼、本当は十六歳だからね。教職員しかアクセスできないデータに侵入して盗み見た私は知っているのよ。


【女子小学生がこんなにギターうまいとか、大学生でバンド活動している自分にとって刺激になりました】


 せめて女子中学生だと思ってあげてほしいわね。十二、三歳って中一の年齢だし。でも胸ないからやっぱり小学生かしら。このコメント欄、樹葵ジュキがショックを受けたら可哀想だから見せられないわね。


【こんな動画が上がってるとか絶対ヤラセだろ】

【思った。広告代理店とレコード会社が手を組んで仕掛けてるとしか思えない】

【お前らどこ見てんの? プロが関わってこんな素人臭い編集になるわけないだろ】

【わざとフリーソフト使って素人を装ってると思われ】


 色々と憶測が飛び交っているわね。私だってパソコンで編集すればもうちょっと凝った動画にできたのよ。今日は時間勝負でスマホアプリだけで仕上げたんだから仕方ないじゃない。四時間で作ったと思えば上出来だわ。


【歌うまいな。ちょっとブラックミュージックの女性シンガーっぽい感じがする】

【分かる。ハスキーな女性ボーカルが歌うロックってブルージーでかっこいいよな】


 よしよし、ちゃんと樹葵ジュキの歌の良さを分かってくれる人もいて安心したわ。




─ * ─




第二幕を最後までお読みいただきありがとうございます! また★や♥、コメントで応援いただき感謝しています!


次回からは第三幕「天然系後輩ユリア登場」。二人目のヒロインであるユリアが実際に出てくるのは24話になりますが、第三幕もよろしくお願いします!

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