20、俺のカラダが幼女化してるっ!?

「保健室には生徒に貸し出せるよう制服が置いてあるんです。それにドライヤーもあります。全身濡れたままでは風邪を引いてしまいますよ」


「だ、大丈夫です! 自分、異世界から来たんですぐ帰りますから!」


 慌てて玲萌レモの話していた設定を流用する。


「そうですか。そちらは部活棟ですが――」


「い、異世界への扉があるんです!」


 我ながら苦しい言い訳だが、異世界なんだからなんでもありだろ!


「分かりました」


 白衣姿の瀬良セラ先生はどこか寂しそうに眉尻を下げてうなずくと、白衣のボタンをはずし始めた。首をかしげて眺めていると、彼は白衣を脱いで俺の肩にかけてくれた。


「せめて寒くないようにこれを着てください」


 白衣の上から軽く俺を抱きしめ、


「困ったことがあったらいつでも相談してくださいね」


 以前も聞いたことがあるようなセリフを残して教室棟へ去って行った。


 背の高い瀬良セラ先生の白衣は小柄な俺には大きすぎて、まるで子供が父親の服を借りたみたいになってしまった。


「いつどうやって返すんだよ、これ」


 溜め息をつきつつ、誰もいない静かな廊下を歩いて男子トイレに入る。


 悲しいかな、慣れた手つきでミニスカートを持ち上げ、苺柄パンツの横から大事なモノをちょこんと出そうとして――


「やっぱり縮んでるだろ、これーっ!」


 俺は絶叫した。


 もともと大きい方じゃないのは確かだ。身長も体重も平均以下なんだから仕方がない。だが問題は、過去自分比でちっちゃくなってる点だ!


「六歳児かよっ! うぅ、やだよぉ」


 涙ながらに用を足す。このまま魔法少女を続けていたら男の子の象徴は消えてなくなっちゃうんだろうか? すっきりとした股間になった自分を想像してゾッとする。


 その頃にはまさか上半身も少女に!?


 変身が解けた俺は恐る恐る制服のシャツをめくりあげた。


「こっちは変化なしか」


 胸がふくらむ兆候は微塵もないようだ。いつも通り、ほとんど筋肉のついていない色白の胸を見下ろして安堵すると同時に、さっきクラスの男子に乳首の色をからかわれたことを思い出して腹が立ってきた。色素が少ないからピンクに見えるんだ! 文句あるかよっ


「女性になっちまうわけじゃなさそうだけど――」


 女児になっちまう可能性は捨てきれない。怖すぎるぞ。


「あの白猫め! 首根っこつかまえて問い詰めてやる! どうにかなんないのか訊くんだ!!」


 それからもう一つ、玲萌レモにスキンシップされたら変身しちゃうのも困る。一番男らしくしたい場面で、ミニスカートを履いたツインテ幼女姿に変身してたまるかってんだ!


 今後、もっと二人の関係が進んだときに――


 俺はもやもやとあらぬ空想を繰り広げた。


 ラブホのベッドで、ピンクのフリフリスカート姿の自分が玲萌レモに押し倒されている映像が頭に浮かんで、俺はブンブンと首を振った。


「嫌すぎる!! ――って何を考えてるんだ俺は! 玲萌レモは親友。あの子は親友」


 自分に言い聞かせながら男子トイレを出て学食棟へ向かう。白猫のミルフィーユを見つけるためだ。


 だが学食棟のまわりを一周しても白い野良猫はいなかった。敷地内でかわいがられている茶トラや白黒ブチがすり寄ってきたが、


「ごめんな。今お前らにかまってる暇はないんだ」


 俺は適当に頭を撫でて寄宿舎へ戻ることにした。なんだか今日はもう疲れたから授業を受ける気分じゃねえしな。


 ミルフィーユのやつはまだ音楽準備室に隠れているのだろうか? 準備室には物が多い。小さな猫一匹なら空を飛んで逃げるより見つかりにくいかも知れない、などと考えながら学園敷地内を歩いていると、


「あら樹葵ジュキ


 校舎の陰から玲萌レモが姿を現した。


「あ」


 いたずらが飼い主にバレた子猫のような気分で、俺は出しかけた足を止めた。玲萌レモはきっと寄宿舎に戻って一眠りするなんて許してくれないだろう。図書館に連れ出されてみっちり個人指導をされそうだ。


「あ、じゃないわよ、樹葵ジュキったら。こっち教室棟じゃないわよ?」


 ほらやっぱり。


「その白衣、どうしたの?」


「あ」


 俺は再び間の抜けた声を出して、腕に掛けたままの白衣に視線を落とした。


瀬良セラ先生が貸してくれたんだ。でも魔法少女のときに」


「それじゃあどうやって返すか困ってたんじゃない? 私が預かっておくわ」


 玲萌レモは俺の返事を待たずに白衣を受け取ると、


「なんか濡れてるけど?」


「色々あって濡れた」


 俺は恰好悪い説明を省いた。同時に変身を解除したら髪も服も乾いていたことに思い至った。便利だな。


「あらそう。私が洗って返しておくわね。さ、ひとまず教室に鞄を取りに戻りましょう」


 玲萌レモに手を引かれて、朝、教室に荷物を置きっぱなしだったことを思い出した。大神学園ではほぼ全ての授業が移動教室だから、机に私物を乗せたままにはできない。各授業へ行くときには鞄ごと移動するのが普通だが、どうしても学校に置いておきたい私物は地下更衣室に並ぶロッカーにしまうことができる。


 俺は寄宿舎のベッドに恋焦がれながら、しぶしぶ玲萌レモと共に教室棟へ向かって歩き出した。


「警察の事情聴取、大丈夫だった?」


 俺を逃がしてくれた玲萌レモを心配しながら尋ねると、


「放課後もう一度聴きに来るって。今は授業に出ていいって言われて解放されたの。でも樹葵ジュキがミルちゃんを探しに学食棟のあたりにいるんじゃないかと思って見に来たのよ」


 俺の行動を読んでるのも、授業のために開放されたのにあっさりさぼるのも、さすが玲萌レモだ。


 結局、俺は疲れた頭で午前中の授業を全て受けた。午後はさぼっちまおうかと思っていたら、


樹葵ジュキ、学食行こっ」


 玲萌レモがかわいらしく誘ってきた。そりゃ親友同士なら一緒に飯食いに行くよな。世間知らずな俺だってこれくらいは分かる。そして、疲れたから午後はサボって寝に帰るなんていう理由で断りにくいことも。


 なるほど、みんな落第せず二年次に進級できたのは友達がいたからだったのか! 集団に媚びず孤高の精神で過ごすと気楽だが、一緒に頑張る仲間がいないせいで学校から足が遠のくのだ。


 昼の学食棟は雑然としている。新入生総代として挨拶した玲萌レモは顔を知られているのか、並んで歩いていると時々振り返って見られるのを感じた。


 確保したテラス席にカツ丼定食の乗った盆を持って座ると、玲萌レモも向かいに腰を下ろす。彼女が手にした盆の上に乗っているのは、「冷しゃぶやっこ」という冷奴に冷しゃぶとネギが大量に乗った一皿料理とメロンパン。謎な組み合わせだが突っ込むのも野暮だ。


「いただきまーっす」

「いただきます」


 彼女と俺の声が重なった。わかめのみそ汁をフーフーしていると、玲萌レモがスマホを差し出してきた。


「今朝撮った動画、編集してみたの」


「えっ、いつ!?」


「授業中」


 頭が良すぎて学校の授業が退屈なんだろう。


樹葵ジュキの許可が出たらアップするわ」


「仕事が早いね」


「襲撃の情報がすでにSNSに上がってるの。話題が冷めないうちに出した方がアクセス稼げるのよ。樹葵ジュキの演奏動画だもん。できる限り多くの人に見てもらいたいじゃない」


 それもそうか。俺はイヤホンを耳に突っ込むと、左右のテーブルに座った生徒が会話に夢中になっているのを確認してから動画を再生した。




─ * ─




次回は魔法少女の動画と、アップ後のコメント欄の反応です!

玲萌レモは動画をどんなふうに編集したのか? 魔法少女の歌を聴いた視聴者の反応は!?

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