07、変身解除の方法は? クセが強すぎる!

「サンドワーム!?」


 月明かりに照らし出された長大な体は淡い黄褐色をしており、うろこに覆われた皮膚からは細かい砂塵が噴き出す。


「グワアアアアア!」


 全てを飲み込まんとする狂気じみた咆哮が、広場に鳴り響いた。


 女魔人プリマヴェーラは垂直に飛び上がり、無数に並んだサンドワームの牙の一本に片手でつかまった。


「さらばだ、諸君! また会おう、マジカル・ジュキちゃん!」


 彼女の言葉が終わらぬうちに、怪物の巨体は地面に沈んで行った。


「チッ、逃げたニャ」


 肩の上で白猫が可愛げない舌打ちをする。足元からは司令官らしきおっさんの、


「異界に帰ってくれたか」


 という疲れたつぶやきが聞こえた。


樹葵ジュキちゃん、我々も逃げなきゃにゃらん」


 白猫に言われてハッとする。ミニスカート姿で自衛隊につかまるなんてまっぴらごめんだ。学校の奴らの冷笑と、両親の泣き顔が脳裏をよぎって、俺は急いでその場を離れるべく背中の羽を動かした。


「ま、待ちなさい!」


 下から声が聞こえるが、待てと言われて待つ馬鹿はいない。


 気付けば頭上には報道ヘリが飛び、臨時で張ったらしい柵のうしろにも撮影機材とおぼしき照明が煌々こうこうと白い光を放っている。


 俺は手にした弓で顔を隠すようにして飛んだ。公衆トイレの屋根で待機していた玲萌レモを抱きしめ、再び舞い上がる。俺に抱えられたまま玲萌レモが、


「うわっと」


 などと言いながらスマホを操作している。俺が魔人と戦っていたのに誰かとメールでもしていたのだろうか? まあフレアスカート姿で戦うところなんて見られたくないからいいんだけど。


「マスコミの奴ら、追ってきてるな」


 慌てて車に乗り込む姿がちらりと見えて、俺は眉根に力をこめた。


「高度を下げた方が見えにくいと思うわ」


 玲萌レモの助言に従って木々の間を縫うように飛ぶ。民家や畑を区分けするように並ぶ木立の下を飛び続けると、程なくして広大な公園地帯に出た。


「うまくけたみたいだな」


 俺たちを追う車の姿はない。


 宿泊施設へ戻り、自分の泊まっていた部屋のベランダに降り立った。だがサッシに手をかけようとしたとき、ハッとして息を呑んだ。


「やべえ。あいつら戻ってきてるじゃん」


 部屋の明かりは消え、雑にカーテンが閉められているが、並べられた布団の上に男子生徒たちが寝っ転がっているのが隙間から見えた。全員が寝付いている保証はないのだから、まさかフリフリ幼女服で戻るわけにはいかない。


「私の部屋から入りましょ」


 玲萌レモが提案して、女子の部屋の場所を教えてくれる。


「戻れにゃいとは困ったにゃあ」


 呑気な声を出す白猫め、他人事ひとごとだとでも思ってるのか? 俺は玲萌レモを抱きしめて飛びながら、


「大体、変身解除ってどうやるんだよ?」


 いら立った声で尋ねる。


「ちょいと待つニャ」


 白猫はぐるりと背中に手を回し、なんと羽の間から小さな本を取り出した。


「なんだよ、それ」


「聖女様が書かれた『魔法少女マニュアル』だニャ。どこかに変身解除の方法が書いてあったニャ」


 革表紙の本をぺらぺらとめくる白猫を空中に残して、俺は玲萌レモが指し示す部屋のベランダに着地した。部屋の中をのぞいた玲萌レモが、


「こっちの部屋もみんな帰ってきてる」


 ささやき声で報告した。


「まじかよ」


「でもいま樹葵ジュキ、女の子だから入っても問題ないかも」


「いや、大アリだよ」


 女装して女子の部屋に入ったなんてバレたら停学になりそうだ。


玲萌レモはとにかく部屋に戻るといいよ。俺はとりあえずロビーにでも――」


 女子の部屋のベランダにいることが怖くなって飛び立とうとする俺の腕に、


「私も最後まで付き合うわ。親友だもん」


 玲萌レモがしがみついてくる。


 彼女を抱えてまた舞い上がると、空中で待機していた白猫が、


「ステッキを元のイヤーカフサイズに戻す方法なら分かったニャ」


 モフモフとした胸を張ってのたまった。


「役に立たねえ猫だな」


 ぼやく俺には構わず、


「呪文は『メタモルフォーゼ・ミニモ』。いつでも変身できるよう、耳に装着しておいてニャ」


「チッ、二度と変身したくねえよ」


 不平を言いつつ、細く開いていた窓からロビーへ滑り込む。


 電気の消えたロビーは薄暗い月明かりだけが差し込む陰鬱な場所に変わっていた。


「なんだか不気味ね」


 ロビーに並んだスリッパをつっかけて、玲萌レモが俺の腕を抱きしめる。


 壁際に並ぶ自動販売機の列がロビー全体を青白く照らし、がらんとした空間は不気味なほど広く見えた。時間が止まったかのような静けさの中、自動販売機から聞こえる羽虫のようなモーター音だけが生々しく耳につく。


「メタモルフォーゼ・ミニモ」


 小声で呪文を唱えると、弓の形をしていたステッキが小さなイヤーカフへと変化した。


「つけてあげる」


 玲萌レモが俺の左耳に装着してくれた。


「あったニャ!」


 ずっと本のページをめくっていた白猫が嬉しそうな声を上げた。


「変身解除の方法、分かったのか?」


 期待を込めて尋ねた俺に、


「賢者タイムに入ると変身解除って書いてあるニャ!」


 とんでもない方法を示しやがった。


「け、賢――」


 玲萌レモの見ている前で、しかも女装姿でそんなこと―― うっかり想像してしまった。体中がじりじりと炎に焼かれたように熱くなっていく。 


樹葵ジュキったら内股になって股間押さえちゃってかわいいんだから」


 さっそく俺をからかい始めた玲萌レモだが、途中からうつむきがちになり、声が小さくなっていった。


「私もその、初めてだからうまくできるか分からないけれど……」


「おい白猫! ほかに方法はないのか!?」


 俺は真っ赤になったまま、空中に浮かんだミルフィーユの白い尻尾をつかんだ。




─ * ─




魔法少女ジュキちゃんは男装に戻ることができるのか!?

次回『魔法少女、男子トイレで男性教師と鉢合わせ』

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