04、初めての変身~俺が美少女になった夜~

「猫じゃないニャ! ワイは異界から来た聖獣ニャ!」


 ベランダに立った白猫が甲高い声で主張した。よく見ればその背には、天使のような羽が生えている。


「ワイの名はミルフィーユ。ミルちゃんって呼んでニャ!」


「で、白猫。魔人がどうしたって?」


 俺の問いに白猫は涙目になった。


「かわいい顔して発言は全然かわいくないニャー! ミルちゃんって呼んでニャー!」


 見かねた玲萌レモが、


「ミルちゃん、魔人が街へ出てしまったって言ってたわよね? でも埼玉ダンジョンのあたりって街なんかあったかしら?」


 と尋ねた。


「田んぼと民家があるニャ!」


「そりゃそうだが」


 俺は腕を組んで考える。


「教えてもらっても俺たちにできることってあるか? 警察に通報する? でも自衛隊内で連絡してるだろ?」


 玲萌レモに尋ねたのだが、答えたのは白猫だった。


「君がこのステッキで変身して魔人と戦うのニャ!」


「ステッキ?」


 怪訝な顔をする俺の目の前で、白猫はクリームパンのようなおててを右耳へ運んだ。耳の先が桜カットされていて、やっぱりこいつはただの野良猫なんじゃないかと疑っていたら、耳に嵌まっていた小さなイヤーカフが見る見る間に形を変えた。


「わあ、ピンク色のステッキ! かわいい!」


 玲萌レモが歓声を上げる。天使の羽とピンク色の宝石がデザインされたステッキはいかにも女子が好みそう。


「さあ樹葵ジュキちゃん、このステッキは君の物ニャ!」


 白猫が短い前脚を伸ばしてステッキを渡そうとするが、俺の警戒心は高まるばかり。


「なんで俺の名前知ってるの?」


「ワイは毎日探していたニャ、変身して魔人と戦える人材をニャ。昨日、若い男女の集団の中に君を見つけて、これほどの逸材がいるにゃんて、と驚いたニャ」


 俺は自分を虚弱だと思っていたが、魔人と戦える逸材だったのか! 小さいころ夢中になった戦隊ヒーローたちの姿が脳裏をよぎった。


「ワイは昨日からずっと君が適任かどうか審査していたからニャ、名前くらい覚えたニャ!」


 納得する俺の隣で玲萌レモは少し首をかしげ、


樹葵ジュキは戦いの経験なんてないと思うんだけど、彼の身に危険はないの? 私、綺麗な彼が怪我をするなんて許せないわ」


 よく分かんねえ過保護を発動した。俺は傷を負いながらも戦う男らしいヒーローを目指したいのに!


「安心してニャ! 変身中はエンジェリック・バリアが樹葵ジュキちゃんを守ってくれるニャ!」


「信じていいのね? 嘘だと分かった瞬間に私はあなたを保健所に連れていくわよ?」


 玲萌レモの両眼から放たれる圧力に、白猫は両手でステッキを抱きしめたまま震え出した。


「ワ、ワイ嘘は言ってにゃい。ステッキに宿る聖女様の加護と、樹葵ジュキちゃんの魂から引き出される精霊力が強力なバリアになるんにゃから」


「オッケー、とりあえず信じましょう」


 玲萌レモは瞳に冷徹な光を宿したままうなずいた。


「魔人がバリケードを突破した今、私たちがここで議論をしている時間はないでしょうから」


「で、どうしたら変身できるんだ?」


 俺は身を乗り出した。期待で胸が高鳴る。かっこいい変身ポーズでも考えちゃおうかな!?


「このステッキを持って――」


 猫に手渡されたステッキを今度は素直に握る俺。


「そこの女とキスするニャ!」


「はぁぁぁっ!?」


 俺は大声を出した。


「女の子とスキンシップして変身するヒーローなんて聞いたことないぞ! ポーズを取って『へーんしん!』じゃないのかよ!?」


 顔が熱くなっているのが分かる。意識しすぎて玲萌レモの顔を見られない。


 白猫は興味なさそうに前足で耳の後ろをかきながら、


「ステッキを身に着けてる状態で精霊力を高めると変身できる仕組みにゃんだけど、今この場で一番手っ取り早くできる方法がキスなのニャ」


「私に任せてちょうだい!」


 玲萌レモがこぶしで自分の胸をたたいた。


「親友の腕の見せ所よ!」


「いやさすがに親友同士だって――しないだろ!?」


 キスという単語が恥ずかしくて口に出せない俺を、玲萌レモは不思議そうに見つめながら首をかしげた。


「するわよ?」


「この世界、親友の定義がおかしいのニャ」 


 白猫がボソッとつぶやくが、玲萌レモは構わず俺の頬を両手のひらではさんだ。


樹葵ジュキ、さいたま市を救うためよ。勇気を出して」


 そうだ、これは正義のヒーローになるための試練なんだ!


「おう、かかってこいってんだ!」


 気炎を吐いた俺の頬を、つま先立ちになった玲萌レモの指が優しく撫でる。


「初めてを奪っちゃってごめんね。かわいい人――」


 玲萌レモは俺だけに聞こえる声でささやきながら頭を傾けて、そっと唇を押し当てた。


 や、やわらかい!


 彼女の唇が触れた瞬間、俺の下腹部から間欠泉のごときエネルギーの奔流が立ち上がった。と同時に片手に握っていたステッキの宝石からピンク色の光が放たれる。光線は一本二本と数える間もなく本数を増していき、俺の全身を包み込んだ。


「綺麗――」


 目を細めた玲萌レモが片手を額にかざして見つめる中、まばゆい光が宿泊施設の古びた和室を満たした。


「まぶしっ」


 光の渦のただ中で俺は我慢できずに目を閉じた。体の底から力が湧いてきて、指の先までエネルギーで満たされていく。


 やがて静かに輝きが収まっていくのが、目をつむったままでも分かった。俺はどんなヒーローに変身したんだろう? やっぱり仮面をつけて正体を隠しているんだろうな。金属質でロボット風の装甲だろうか、それともアメコミヒーローのようなたくましいマッチョになっているだろうか? いやいや中世風の騎士みたいな銀色の鎧もいいし、猛獣をデザインしたような獣人系もかっこいいよな。


 俺はクリスマスプレゼントの包み紙をはがす瞬間みたいにドキドキしながら目を開けた。


「なんじゃこりゃぁぁぁっ!?」


 そして絶叫した。




─ * ─




変身した自分の姿にショックを受けるジュキちゃん。

さて次回、嫌がる彼(?)をどうやって現場まで連れ出すのか?

ジュキちゃんが魔法少女に選ばれた理由も明らかになるよ!

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