03、美少女が夜、俺の部屋にやってきた

「どうぞ。えっと――さん?」


七海ななみ玲萌レモよ」


 訂正されてしまった。気まずい。女子の名前なんか呼ぶ機会もないのに覚えてねえよ。


 それでも七海ななみさんは入学式で新入生代表の挨拶をした子だから、ちょっぴり記憶に残っていたのだ。学費全額免除の特待生枠、しかも飛び級と来ている。俺とは一生縁のない人物であるはずだった。


 これまで日本の飛び級制度は義務教育を終えた後のみ認められていた。だが少子化のせいか国際競争力が落ちている昨今の事情をかんがみて、ついに今年から小学校卒業以降の飛び級が可能となった。


 七海ななみさんは本来中学三年になる四月に、高校一年に進級したのだ。高二になるはずの俺が高一に落第したタイミングである。本来二学年下のはずの彼女を前に、俺は緊張していた。


「だれ目当てなのか知らねえけど俺、訊かないから大丈夫だよ」


 詮索してキモい奴だと思われても嫌だから、さらりと伝えたのだが、彼女は愕然とした。


「えっ、冷たい」


 俺の態度、冷たいの!? 彼女の恋バナに付き合えってことか!? いやー、他人ひとの恋路を応援できる自信なんかまるでないし、恋のキューピッド役を期待されても困るしなあ。


「ごめん。この部屋で待っていていいんだよ」


 なるべく優しく話しかけるが、七海ななみさんは釈然としない表情でふすまの前に突っ立っている。


「俺、寝るから気にしないで」


「寝ちゃうの!?」


 彼女の声がオクターブ近く跳ね上がった。くそっ、布団の中に逃げ込む作戦は失敗か。


「えーっと俺、多分きみの役には立たないと思うよ」


 困って人差し指で頬をかくと、七海ななみさんは壮大な溜め息をついた。


「指先ほっぺに当てて首かしげられちゃったわ。目の前でかわいい仕草を見せてくれて眼福だけど、こんなに鈍いとは思わなかったわね。勇気を出してる私が馬鹿みたいじゃない」


 ぶつぶつとつぶやいて片手を額に当てた。秀才である彼女の言うことがこれっぽっちも理解できないのは、やっぱり俺の頭が悪いのかな?


 かける言葉が見つからず、布団の上に座ったまま見上げていると、七海ななみさんは俺を見下ろして今度は口元を抑えた。


「うっ、なんていう破壊力! パジャマ姿で女の子座りしてきょとんと見上げちゃって! 鼻血が出そうだわ!」


 わなわなと震えているし、顔も真っ赤だ。


「どこか具合でも悪いの?」


 俺は心配になって立ち上がり、彼女を支えようと手を伸ばした。しかし触れる勇気はない。ガキの頃、真っ白い手でさわろうとして女子に気味悪がられたことを思い出してしまった。


「優しい!」


 だが七海ななみさんは瞳をうるませて俺を見上げた。俺は小柄なほうだが、それでも彼女の方がわずかに背が低い。


「かわいいのに言動はイケメンだなんて私のし、やっぱり最高!」


 よく分からないことを言って自ら俺の胸の中に飛び込んできた。 


「わわっ」


 俺は咄嗟とっさに抱きとめることしかできない。腕に彼女のやわらかさを感じるし、鼻孔は女の子らしいシャンプーの香りにくすぐられるし、鼓動が速くなるのを止められない。


 腕の中の七海ななみさんが上目遣いで俺を見つめる。印象的な二重まぶたはくるりと上を向いたまつ毛に縁どられ、鼻梁は通っているが小鼻は控え目で愛らしい。きめ細かな肌の内側から灯りが透けるように頬が紅潮し、みずみずしい唇がゆっくりと動いた。


樹葵ジュキくんは、その、好きな人とかいないの?」


 なんで下の名前で呼ばれてるんだろ。変な勘違いするなよ、俺。ただでさえ白すぎる肌のせいで怖がられてるかも知れないんだから。


「家族のことは好きだよ。あとリスペクトしてるミュージシャンは――」


「違くて」


 七海ななみさんは俺の言葉をさえぎって目を伏せた。


「好きな女の子はいないのかって訊いてるの」


わりぃ、俺、男性ヴォーカルのロックが好きなんだ。洋楽ばっか聴いてる」


 七海ななみさんは難しい顔になった。だが依然、両手で俺の寝間着をつかんで密着したままだ。


「質問を変えるわ」


 彼女は毅然とした表情でまた俺を見上げた。利発そうな光が宿ったつぶらな瞳が、かすかに揺れている。


樹葵ジュキくんは遊びに行きたい女子の部屋、なかったの?」


「ないよ? 女子の名前、覚えてないし」


 どうせチビで友達もいない俺なんかモテねえ。ロックスターになるという夢に没頭するほうが楽しいから恋愛なんかしない。人気バンドのヴォーカルを務めれば、こんな俺でもきっと女の子のファンに黄色い歓声を上げてもらえるはずなんだ。


「じゃあまずは友達から始めましょ」


「え、うん」


 七海ななみさんの気迫に呑まれてとりあえずうなずいたものの、「まずは」の意味が分からない。


「友達から始めて、そのあと何かあるの?」


 俺は不安になって尋ねた。


「えっ」


 七海ななみさんの頬がさらに色づいた。桃を通り越して林檎のようだ。


「そのあとは――」


 綺麗な茶色い瞳を右へ左へと動かしていたが、


「親友よ!」


 自信に満ちた声で言い切った。


「へー。友達と親友って何が違うんだっけ?」


 純粋な興味から尋ねると、七海ななみさんは俺の手を引いて布団の横に座らせた。彼女は俺の布団にすべり込み、掛け布団をめくって俺にも寝るよう促した。


「親友なら二人でひとつの布団にくるまったりするの!」


「そうなの?」


 疑心暗鬼になりつつ、体が冷えてきたので俺も布団の中に入った。


「そうよ! 親友っていうのは親子みたいに抱き合って眠るもんなんだから!」


 七海ななみさんが俺をぎゅっと抱きしめた。


「じゃあ俺たちもう親友だね」


 俺が少し笑うと、


「ぐはぁっ! 笑顔がまぶしい!」


 七海ななみさんが手の甲でまぶたを抑えた。


「あ、まぶしかったら電気消すよ?」


 気を遣う俺に、


樹葵ジュキの綺麗な顔を眺めていたいから消さなくていい」


 またよく分からないことを言う。俺が返答に困っていると取り繕うように、


「よろしくね、樹葵ジュキ


 照れくさそうに俺を見つめた。


「うん、よろしく。七海さん」


「あ、かわいい樹葵ジュキくん。世間知らずな君に教えてしんぜよう。親友同士は下の名前で呼びあうのだ!」


 家族みてぇなもんだって言ってたし、まあ納得できない話じゃねえな。


「そっか。じゃあ玲萌レモさん?」


玲萌レモでいいわよ」


 彼女が嬉しそうに答えたとき、窓の外から猫の鳴き声が聞こえた。


「あれ? こんな時間に野良猫かな?」


 片腕で上半身を支えてベランダへ目をこらすが、窓には明るい室内が映っていて外が見えない。


「猫に優しくして好感度アップのチャンス!」


 玲萌レモがまた何かつぶやいて、がばっと起き上がった。野良猫の好感度を上げてどうするんだろうと思って眺めていると、玲萌レモは迷いなく窓ガラスを開け放った。


「開けてくれてありがとうニャ!」


 外から甲高い声が聞こえて俺は耳を疑った。呆然と立ち尽くす玲萌レモの背中越しに見えるベランダに人影はない。


「大変なのニャ! 女兵士たちの防御が崩されて、ついに魔人が街へ出てしまったニャ!」


 室内から漏れ出る電気の明かりに照らされて、白猫が後ろ足で立っているのが見える。もがくように両前足をわたわたと動かす仕草は、何かを必死で訴えているようでもある。


「なにボケっとしてるニャ、ニンゲン!」


「猫がしゃべってる?」


 玲萌レモがようやくかすれ声で見たままを口にした。


「猫じゃないニャ! ワイは異界から来た聖獣ニャ!」




─ * ─




ようやく魔法少女に欠かせないマスコットキャラの登場です。

こうなれば次の展開は決まったも同然!

次回『初めての変身~俺が美少女になった夜~』

果たしてジュキは素直に変身してくれるのか!?

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