02、「埼玉ダンジョン」出現

 20XX年、浦和美園駅から人形の町岩槻へ地下鉄七号線を延伸する工事の途中、突然大地が陥没した。現在に至るまで魔物を輩出し続けている大穴――通称「埼玉ダンジョン」が開いたのだ。


 ダンジョンからはスライムやゴブリン、オークなどゲームでおなじみのモンスターたちが湧き出してきた。平和な田園地帯は一時大騒ぎになったが、すぐに自衛隊が出動して対処した。


 ラノベみたいに冒険者という職業ができることもなく自衛隊の皆さんが日夜、重火器でモンスターを撃退して下さったわけだ。大穴の入り口にはバリケードが設置され、二十四時間体制で監視されていた。


 それでも危険なダンジョンに憧れる馬鹿はいる。


 当時中学生だった俺のクラスからサッカー部の連中が深夜、埼玉ダンジョンへ向かったらしい。だが当然ながら警備に当たっていた警察官に止められた。結果、彼らは警察官に暴行をはたらいた罪で補導され、決まっていた高校の推薦入学も取り消されたそうだ。


 奴らは小学校時代から、俺をチビだのシロだのと変なあだ名をつけてからかってきた。俺は連中の末路を聞いて、ざまぁみろとほくそ笑んだ。


 そんな俺自身は学力も出席日数も足りず、一発芸入試で受け入れてくれる私立大神おおかみ学園高等部を受験した。作詞作曲したオリジナル曲をギターで弾き歌いしたら、


「綺麗な声だし、すごく可愛い」


 と不思議な褒められ方をして奇跡的に合格したのだ。


 さいたま市浦和区にある大神学園は、令和の財閥とも称される大神グループが運営する全寮制の学校で、他校にはない新しい教育を試みることで知られている。


 俺が高校生になって半年くらい経ったころにはダンジョンの入り口はコンクリートで固められ、人々もモンスター出現のニュースなど忘れていった。


 だが先月、その入り口は内側から科学的には解明できない光によって爆破され、一夜にして瓦礫がれきと化した。


 中から出てきたのは露出の激しい女魔人だった。これまでのモンスターたちとは明らかに異なる、知能のある人間型の敵が現れたのだ。


「わらわは魔王様直属の部下、四天王の一人だ! 人間界征服の足掛かりとしてまず埼玉県を我が支配下に置く!」


 まあ埼玉だけならいいか、と多くの人類が思ったわけだが、日本政府は重い腰を上げた。軍事費を増やし、最新鋭の武器を配備した。埼玉は首都東京のための尊い犠牲にならずに済んだのだ。


 だが女魔人は強かった。あらゆる攻撃を不可視の障壁で防いでしまう。いわゆる結界というやつだろうと世のオタクはすぐに気付いたが、軍事専門家は首をひねった。


「地球上のいかなる物質とも異なるのです」


 映像を指し示しながら、ニュース番組に呼ばれた専門家が解説する。


「こちらの写真を見てください。爆撃時の光が写っていますが、このような屈折率となる不可視の物質など、現代の科学では作れないのです」


 攻撃が通用しない女魔人に人々は不安を募らせたが、ある日重要な事実が判明した。女魔人は自衛隊の女性隊員には攻撃しないフェミニストだと分かったのだ。急遽、女性隊員が追加募集された。


 日夜、死闘が繰り広げられているとかいないとか言われるが、全てはバリケードで覆われた埼玉ダンジョン入り口付近のみで起こっていること。時々ドローンの空撮映像がニュース番組で流れるくらいで、一般人の日常は以前と変わらず続いていた。


 俺もニュース映像に映る女魔人の胸元を拡大表示しようと頑張っている男子高校生の一人だった。もちろん自分が彼女と戦うことになるなんて思いもしなかった。宿泊学習の夜までは。




 大神学園には校外宿泊学習というめんどくせぇ行事が存在する。去年はさぼった。だって俺、日に当たれねぇし。


 それに全寮制大神学園の寄宿舎は天国だったのだ。防音設備の整った音楽室がいつでも無料で使い放題。本気で音楽をやりたい学生はいわゆる音楽高校に通うのか、音楽推薦で入ってくる学生は少ないようで、防音室はいつもあいていた。


 俺はギターを抱えて作曲に没頭し、弾き歌いの動画を撮ってせっせとTuTubeトゥチューブにアップした。


 俺の足は学校から遠のき、俺のチャンネル『JUKI’s ROCK』には演奏動画が増えていった。


 結果、チャンネル登録者一人を獲得し、俺は出席日数が足りなくて落第した。


 二回目の一年生となった今年、担任となった瀬良セラ先生は良くも悪くも面倒見がよかった。


たちばなくん、君の体質のことは知っていますが宿泊学習、参加できませんか?」


 放課後、彼は俺の机に日焼け止めクリームやらサングラスやら帽子やらを並べて心配そうに声をかけてきた。実は、文明の利器を駆使すれば課外学習に参加できることくらい俺も知っていた。


 でもさいたま市内の見沼自然公園で飯盒炊飯はんごうすいはんだったがバーベキューだったか、とにかく気が乗らないんだもん。陽射しを浴びるだけで疲れちゃうんだよね。俺は闇夜にギターを奏でるのが似合う男なのさっ


 だが瀬良セラ先生から熱心に説得され、


「困ったことがあったらいつでも相談してください」


 と笑顔を向けられて、俺は仕方なく宿泊学習に参加した。




 二泊三日の行程を終えた最終日の夜、俺は布団の並んだ和室で寝る支度をしていた。八人部屋だが、俺以外の男子は女子の部屋にこっそり遊びに行っている。


 俺は人と違う外見のせいもあって恋愛沙汰に縁がない。早く帰ってギターに触りたくてたまらず、宿泊学習中も思いついたコード進行をいくつかスマホのメモアプリに書きとめていた。


 実際に弾いて確認したい衝動に駆られてスマホのメモを眺めていたら、視界の端で音もなくふすまがひらいた。


 部屋の奴らが戻ってきたにしちゃあ静かだなと首をかしげつつ顔を上げると、ネグリジェ姿の女子が立っていた。ネグリジェには小ぶりな果物柄が散りばめられていて爽やかな印象だ。なで肩の上で元気に跳ねるミディアムヘアが可愛らしい。


 彼女にはきっと目当ての男子がいたのだろうが、今はあいにくほかの部屋へ行ってしまったようだ。俺は気の毒に思いながら、がらんとした和室を見回しながら伝えた。


「あ、この部屋いま誰もいないよ」


 俺の言葉に彼女は驚く様子もなく小声で答えた。


「君がいるでしょ、橘樹葵ジュキくん」


 ネグリジェ姿の美少女は廊下の方を気にしながら、


「見回りの先生が来るから入れてよ」


 ささやき声で懇願した。


「どうぞ。えっと――さん?」


七海ななみ玲萌レモよ」




─ * ─




しょっぱなから名前を間違えるジュキ。

二人はどんな経緯で親友となるのか!?


次回はいよいよ魔法少女に欠かせない使い魔の登場です!

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