第105配信 GTR 1日目 初出勤
遂に待ちに待ったGTRぶいなろっ!!サーバーの配信初日の朝。俺は自宅でスーツケースに衣類を詰め込んでいた。
GTRの開催期間は十日。俺はこの十日間、ファイプロスタッフとしてサーバー開放時間の十六時~四時の間ログインする。
緊急事態が起きた時に他スタッフと円滑にやり取りする為に、俺はファイプロゲーム開発部からGTRにダイブする。
その様な事情もあり十日間オフィスで生活するので着替えを持って家を出た。途中で陽菜の家に寄って彼女と合流する。
「とうとうGTRぶいなろっ!!サーバーが始まるんですね。これから十日間凄く楽しみです。優さんはゲーム開発部門のオフィスに泊まってGTRのサポートをするんですよね」
「うん、陽菜や
「はい、分かりました! でも、出来れば優さんと一緒にGTRで遊んでみたかったです。……なんて、そんな我が儘を言ったらバチが当たっちゃいますね」
陽菜は舌先をペロッと出して照れ笑いしていた。くうっ、この笑顔と十日間おさらばしないといけないとは非常に名残惜しい。
ただ、期間中陽菜に会えないという訳じゃないんだよなぁ。ガッツリ十日間GTR内で遭遇することになるんだよね。
陽菜と月には俺がファイプロスタッフとしてGTRにダイブするとは言っていない。その事実を事前に外にも漏らすのは守秘義務の規定に違反するからだ。
「それじゃ頑張ってね」
「はい、GTRが終わった後にまた……」
二人で電車に乗って都内へ向かうと途中で分かれた。俺はファイプロへ、陽菜はぶいなろっ!!事務所へ向かう。
ぶいなろっ!!メンバーの希望者はぶいなろっ!!事務所内にある配信ブースからGTRにダイブする。これは安定したログイン環境と十日間という長丁場の為、ライバーの健康面に配慮した処置だ。
GTRにダイブしている時以外は食事は用意されるしリラクゼーションルームもあるので快適に過ごせるらしい。
それと比較するとゲーム開発部の俺たちはオフィス内の自分の席やソファで休む事になるので悲しくなる。
「おはようございます」
「お、ワンユウ君おはよう。予定より早い出社じゃない? ダイブは十六時からだからもっとゆっくりしてもいいんだよ?」
出社すると安藤さん、本田さん、丹波さんの三人が作業の最終チェックをしていた。最後まで入念なチェックをしているあたり、この三人らしいと思う。
「実は本番まで待ちきれなくて早めに来ちゃいました。何か状況に変化はありました?」
「うーん、やっぱり細々としたバグがちらほらあるね。その一つ一つは大した事はないんだけど連鎖反応的にバグが起きるとゲーム進行に影響が出る可能性があるから油断できないね」
「GTRは規模が大きいVRゲームですからね」
本番が始まるまでゲーム開発部は
「そろそろ本番だ。ワンユウ君、我々の仕事はぶいなろっ!!メンバーやリスナーがGTRを楽しめるように良質なゲーム環境を維持する事なのは分かってるね?」
「はい!」
「しかしゲームにダイブしている君もまたプレイヤーの一人である事には変わらない。だからこの十日間、君もしっかりGTRを楽しんでくれ。そのバックアップは僕たちがする。――分かったね?」
「安藤さん……はい、分かりました!」
VRゴーグルを装着し専用ソファに横になってゲームにログインする。いつものように意識が溶けていく様な感覚の後に一気に意識が覚醒する。気が付くとややレトロ感のある街の中に俺は立っていた。
「無事にダイブ出来たみたいだな。セシリー、居るか?」
『はい、居マスヨ。遂に始まりましたネ、ワンユウ様』
「ああ、とうとう始まったな」
手の平サイズのデフォルメ人形姿のセシリーを肩に載せてマップを確認してみると現在俺が居るのは『ナロンゼルス』の沿岸部付近。
海の上に小さな都市みたいな島があるのが見える。あそこと『ナロンゼルス』は一本の巨大な橋で繋がっている状態だった。
「あれがぶいなろっ!!サーバーの舞台『ネオ出島』か。それじゃ、あの巨大な橋が『オーロラブリッジ』だな」
『その通りデス。まずは『オーロラブリッジ』を渡って『ネオ出島』に向かいまショウ』
「了解。それにしても何度やってもこのアバターには慣れないなぁ」
『そうデスカ? お似合いデスヨ……ククッ、ホント……オモシロ……プフッ!』
笑うセシリーを小突きたくなるが自分の姿を改めてみるとそんな気分にもならなかった。
現在、俺は女性型アバターの姿をしている。――俗に言うバ美肉おじさん状態というヤツだ。
「まさか俺がこんなネカマみたいな事をするとは思わなかったよ」
『ふふっ……仕方ありまセンヨ。ぶいなろっ!!のVTuberは全員女性。ゲームとは言えサポート側が男性アバターで頻繁にライバーと接触すればリスナー側からしたら必ずしも気分が良いものではナイ。その陰性感情を未然に防ぐ為のバ美肉なのですカラ。しかもそれ、ぶいなろっ!!メンバーのデザインを手がけている
「そんな凄いのがなんで俺のアバターになるんだよ。あやママのデザインて、どんだけ気合い入ってるんだよ。俺はサポートに回るファイプロスタッフなんだよ? もっと質素な感じで十分だよ」
俺の女性型アバターは黒いショートヘアとスレンダーな体格をしておりスポーティーな感じだ。声は女性のものに変換され自分が何かを言う度に女性声になるのでどうにも変な居心地だ。
『ワンユウ様、あそこに自転車がありマスヨ。あれに乗って『オーロラブリッジ』を渡りまショウ。さすがに徒歩では時間が掛かりますカラ』
「そだね……鍵はそのままだし使わせて貰おう」
放置されていた自転車に乗って『オーロラブリッジ』を渡り始めると肩に乗っているセシリーが呆れた声で囁き始める。
『……放置自転車とはいえ、それを我が物顔で平気で奪うなんて、いきなり窃盗行為じゃないデスカ。ワンユウ様、GTR適正高すぎデワ?』
「なっ、お前が提案したんだろうが! ……いや、そうだとしても放置されたチャリを何の抵抗もなく自分の所有物にするあたり、そう言われても仕方がないのか」
『ゲームでは許されても現実では許されませんからネ。某リスナー自転車窃盗でご用なんてニュース観たくないノデ』
「分かっとるわ!」
セシリーと漫才みたいなやり取りをしながら周辺を見ると橋の下方には海が広がり後方には『ナロンゼルス』の街並みが一望出来る。
改めてゲーム技術の進歩の凄さを感じさせられ、前方を見やると今回の舞台となる『ネオ出島』が見える。
『ナロンゼルス』からは僻地扱いの小島ではあるが、急速に発展している勢いのある場所でもある。
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