第96配信 おなマン事件 File5

 俺はスマホで配信状況を確認しながら先程逃げ込んだ配信器具が置いてある部屋に移動を開始する。

 それと同時進行でセシリーにリビングの照明を操作して貰う。リビングでは照明が点滅し始め、間もなく完全に消えて部屋が真っ暗になる。

 これでこのルーシーの部屋の中で明かりと言える物は配信に使用しているパソコン画面と各々所持しているスマホだけになった。

 

「ぎゃーーーーーー!! リビングの電気まで消えちゃったよ。もうシャロン達はここでお終いなんだぁぁぁぁぁぁぁぁ! きっと幽霊に襲われて殺されて仲間にされちゃうんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「しっかりしろ、シャロン! 死霊に襲わせるとか、ネクロマンサーのお前の手口じゃないか」


「そんなん出来る訳ないじゃんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「シャロンパイセン、キャラ崩壊しちゃってるよぉ」


「シャロン先輩がホラーでキャラ崩壊するのはいつもの事よぉ。ある意味平常運転ねぇ」


「スマートスピーカーに言って明かり点けますからちょっと待ってください。――セシリー、リビングの明かりを点けて」


『――リビングはその設定に対応していまセン』


 セシリーに断られてリビングは暗いまま。その後もルーシーは何回も明かりを点けるように指示するもセシリーは拒否り続け不穏な空気がリビングに立ちこめる。

 この隙に俺は忍び込んだ部屋から必要な物を廊下に出してライバー六名を迎え撃つ準備を進める。ガブリエールとルーシーは正気に戻ったみたいなので相手は実質四名だ。

 こっちの準備が終わる頃、リビングではセシリーの第二手が発動された。


『――タスケテェ』

 

「ちょ、シャロン。変な声を出すなよ。ビックリしたじゃないか」


「へ? 何も言ってないよ!?」


「あたしも聞いたわよぉ。助けてって言ってたわぁ」


「私も……聞こえました。救いを求めてました」


「フェニママとガブもぉ!? ネプも言ってないしルーシーもずっとスマートスピーカーに語りかけてたし……それじゃ、誰の――」


『――ズルイ』


 ネプーチュの声を遮るように重々しい女性の声が室内に響く。明らかにここにいる六名の女性とは違う。いや、そもそもこの世のものとは思えないおどろおどろしい声だ。

 スマホの画面に映る六人のライバーは言葉を出す余裕も無く顔面蒼白状態。リスナーもビビりまくっている。


『サケ……ズルイ……ワタシ……ヒトリ……サムイ……サビシイ……ニクイ……タス……ケ……サケ……』


 まずい! セシリーの本音が漏れ始めた。このままだとあいつは酒しか言わなくなる。こっちの準備も整ったしタイミング的にも悪くない。ここからは俺のターンだ!!


 ――プチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチッ!!


「なになになになにっ? 今度は一体何が起きたのぉっ!?」


「ぷちぷち音がしてるわねぇー」


「ららららららららららラップ現象だーーーーーーーー!! 居る……いるいるいるいるいるいるいるいるいるーーーーーーー!! この部屋にはゆうれいがいりゅーーーーーーー!!!」


「まさか本当に幽霊の仕業……? いやいやいや幽霊なんてこの世に居るハズは……」


 ――プチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチ……プチッ!


「ぎゃーーーーーーーーーーーー!!」


 リビングから絶叫が聞こえてくる。まさかここまで良い反応を貰えるとは思わなかった。

 暗闇の中に居続けた事でいい加減目が慣れてきた。使い終わった気泡緩衝材を部屋の片隅に隠す。一般的にプチプチの名で知られているこの緩衝材を見つけたので有効利用させて貰った。恐らくルナが取り寄せた物品を包んでいたものだろう。

 いやー、良いストレス解消になったわ。これで人気VTuber達の絶叫を頂けるなんてプチプチ様々だな。


 作戦は第一段階『セシリーの嘆き』、第二段階『ぷちぷちラップ音現象』、そしてここから第三段階『八尺様』に移る。

 八尺様とは白いワンピース姿、白い帽子、八尺(約二メートル四十センチ)もの高身長、そして「ぽぽぽ……」と不気味に笑う女性の怪異だ。


 配信前にこの名が出てきた事を思い出した俺はこの怪異を演じる事に決めた。

 八尺の高身長を再現するため椅子に乗り、白いワンピースは洗濯したばかりのシーツを採用、奇跡的に白い帽子があったのでそれを被り、こうしてなんちゃって八尺様が誕生した。

 部屋にあったのがキャスター付きの椅子だったので足場が非常に不安定なのがネックだが贅沢は言っていられない。

 女性っぽい声を出すために喉が潰れるのを覚悟して裏声の練習を小声で行う。さあ、ここからが大詰めだ。

 

「ぽぽぽ……ぽぽぽぽ……ぽぽ……ぶほっ! ぽ……ぽぽぽ……」


 裏声って結構難しい。短時間なら何とかなるが長期戦になったらマジで俺の喉は潰れる。この声に反応して早く出てきてくれ! お願いします!!


「今度は何だ!? 廊下から声が聞こえてくるぞ」


「あれー? 空耳かなぁ? ぽぽぽって聞こえる気がするけどぉ……まっさかねぇ? きっとネプの耳がイカれたに違いない。アハハハハハハハハハ……ハハ……」


「神様、仏様、始祖のVTuber様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! もう二度と生意気な口は利きません! リスナーさん……いえ、リスナー様になめた口なんて絶対利きません! だから、シャロン達を助けてください!! ヘーーーーーーーーーールプ!!」


「う~ん、このままじゃ埒が明かないしとにかくリビングから出てみましょうか~。ルーシーちゃんとガブちゃんはここに残ってパソコンを守ってね~。ママ達に何かあったら後はよろしくね~。それじゃあ、レッツゴ~!」


「フェニママ!? なんて勇ましい……これが母性……ママが溢れてる」


「分かったよ。フェニママ達に何かあったらルーとガブが配信何とかするから……グスッ」


「泣くなルーシー! それだと本当にわたし達が死ぬみたいじゃないか!! 相手が何だろうとオークと思えばいいんだ。行くぞ、シャロン! ネプーチュ! フェニスに続くぞ!! くっころーーーーーーーー!!!」


「ヤダーーーーーーーー!! シャロンはガブとルーシーと一緒にここでお留守番するーーーーーー!! 絶対外に何かいるもん!! 白くてでっかい何かが絶対いるもぉぉぉぉぉぉん!!」


「シャロンパイセン、こうなったらヤケクソですよぉ!! ネプ達と一緒に行きますよぅ」


 ビービー泣き喚くシャロンと決意を固めたサリッサとネプーチュ、そして何を考えているのか良く分からないフェニス……の中の人がリビングから出てきた。

 暗くて顔は見えないが人が四名いるのは分かる。グラグラする足下に気をつけながらスマホの明かりで顎下から顔を照らす。


「ぽぽぽぽ……ぽぽぽ……ぽぽぽぽぽぽぽ……ぽ……をぉ……ぽぽぽぽぽぽ……」


「で……でででで……出たーーーーーーーーー!! は……はは……尺八様だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「シャロンパイセン、それ違う! 八尺様だよ、八尺様ァ! 尺八様だと何か十八禁な感じになっちゃうよぅ!!」


「あれはオーク、あれはオーク、あれはオーク、あれはオーク! あれは……どう見てもオークなんかじゃなーーーーーーーーーい!!」


「あらあらまあまあ、本当に八尺様だわ~。これはさすがに終わりやね」


 三者三様ならぬ四者四様の反応。追い詰められた人気VTuber達の混乱極まる反応に吹き出しそうになるのを堪えながら全神経を「ぽ」の発音に集中する。

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