第93配信 おなマン事件 File2

 うな重を食べ終わり店を出ると外はめっさ暑かった。昼過ぎなので一日の中で一番暑い時間帯ではある。けれど何かおかしい。

 暑さの質というか何と言うか身体の内側から沸々と煮えたぎってくる様な感じがする。気候の暑さではなく俺自身の熱さの問題だ。最早お日様は関係ない。

 

 身体中から汗が止めどなく出てきて服が濡れていく。すると陽菜とルナが左右から腕を絡めてきた。二人の豊かな胸が腕に押しつけられ思わず反応してしまう。

 もうね、一瞬だよ一瞬! 一瞬で元気マックス! 元々俺の言う事なんて聞かない暴れん坊将軍が、今はいつにも増して暴れたい気分になっているのがギンギン……いや、ビンビン伝わってくる。

 

「どうしたんですかぁ、優さん。お昼ご飯食べてお腹いっぱいになったら元気になっちゃいましたかぁ?」


「いくらうなぎが滋養強壮に良いからって効果出過ぎじゃない? 優って本当にスケベだよね。ふふふ……」


 陽菜と月の声の調子が明らかに艶っぽい。俺もそうだが二人も鰻の効果なのか元気になっている様子――いや、違うな。思い返せばこの二人は昼食に鰻を選択し、やたらと俺に生牡蠣を勧めてきた。昼に食べた物は全て滋養強壮に効果抜群の物ばかりだった。


「今日は月の部屋の掃除をするだけじゃなかったのか?」


「それならもう終わりましたよ。掃除は前哨戦で本番はここからです」


「そうそう、それにわたし達は今日配信お休みだから時間はたっぷりあるし……ね」


「……なるほど。確信犯だったと」


 はいよ、合点がいきました。それなら三人の考えは同じと言う事なのでこれ以上とやかく言うのは無粋の極み。足早に月のマンションに帰ると大人プロレスを開始する。

 まずは準備運動を入念に行い、そこからラウンドワンは一対二の試合。

 ラウンドツーからは一対一のガチンコ勝負をしたり途中で乱入して一対二になったりと激しい乱戦が繰り広げられた。

 昼下がりから開始された大人プロレスに俺たちはすっかりのめり込み、休憩中にカーテンの隙間からオレンジ色の光が差し込んでいる事に気が付いた。

 

「ふぅ……つい本気を出してしまった」


「もう動けませぇん……」


「わたしも同じ……。暗くなってきたし明かりを点けるね。――セシリー、寝室のライトを点けて」


『――ハイ』


 月が突然セシリーの名を呼び指示を出すと返答と共に寝室のライトが点いて室内が明るくなった。


「今のはもしかしてスマートスピーカー?」


「ええ、そうよ。このマンションに住んでるぶいなろっ!!メンバーの部屋にセシリー先輩がサポートAIとして導入されているの。便利でしょ」


 スマートスピーカーは音声操作に対応したAIアシスタント機能を持つスピーカーで情報検索や連携した家電を音声で操作する事が可能。

 それにしてもセシリーはこんな所でも仕事していたのか。多忙だな。


「俺も試してみたいんだけど、いい?」


「良いわよ。それならリビングのライトでやってみて」


「よし……セシリー、リビングのライトを点けて」


『……』


 セシリーの反応は無くリビングは暗いままだ。もしかしたら滑舌が悪くて上手く聞き取れ無かったのかも知れない。もう一度トライしてみよう。


「……セシリー! リビングの! ライトを点けてっ!」


『……』


 セシリーの反応はない。リビングは暗いままだ。


「おかしいわね、調子が悪いのかな?」


「それじゃ、私がトライしてみますね。――セシリー、リビングのライトを点けて」


『――ハイ』


 セシリーが返答しリビングが明るくなった。どうやらちゃんと作動したらしい。月と陽菜はどうして俺の声には反応しなかったのか分からず首を傾げている。

 俺も最初は少し寂しい気持ちだったが、相手がセシリーなのだと思い直すと冷静になった。

 汗で濡れていた衣類を乾燥機付き洗濯機に入れて洗い始め陽菜と月に先にシャワーに入って貰うと室内に複数設置されているスマートスピーカーの一つと対話を始める。


「……セシリー、寝室のライトを点けて」


『……』


 やはり俺の音声には反応しなかった。なるほどなるほど……。


「やっぱりダメか。セシリー……使えないな」


 セシリーの悪口を言うと寝室のライトが突然点滅し始める。それはまるで誹謗中傷された事を怒っているかの様だった。

 あまりにも俺の予想通りの反応だったので面白くて笑ってしまう。


「ははっ、やっぱりそうか。随分と悪ふざけが過ぎるじゃないか、セシリーさんよ」


『――休日の昼間から美女二人と大人プロレスとは良い御身分デスネ、ワンユウ様』


「人のプライバシーを覗き見するなんて趣味が悪くないか?」


『お言葉デスガ、見たくて見たのでは無ク、そちらが勝手に目の前でおっぱじめただけデス。それに男女の営みには興味は無いので悪しかラズ。――それよりもそろそろ何か着た方がいいのデハ? 風邪を引きマスヨ』


 現在俺の服は洗濯機で洗われているので身に付けているのはタオルケット一枚のみ。室内はエアコンで適度な温度に保たれているとは言え、さすがにこの格好は良くないか。


「忠告ありがとう。今は服が洗濯中で着るものが無いんだよ」


『衣類ならそこら中にいっぱいあるじゃないデスカ』


「……まさか俺に月の服を着ろと? 正気かお前!?」


『本物の変態が誕生する瞬間をこの目に焼き付けようと思いマス』


「いやいやいや! 着ないからね!? 俺……ちょっと変態かも知れないけどそこまでじゃないからね?」


 セシリーとたわいもない会話をしていると月と陽菜が浴室から出てきた。入れ替わりにシャワーを浴びようとすると室内にインターホンの音が響く。

 突然の来訪者に心臓がバクバクする。いや大丈夫だ。家の中に入れさえしなければ問題は無い。申し訳ないがここは帰って頂こう。

 アイコンタクトで俺の意思を汲み取った月がインターホンのモニターを確認すると目を見開く。何だ? 一体誰が来たって言うんだ?


「どどど、どうしよう! 同じマンションの先輩たちが来ちゃった」


「なん……だと!?」


「ルーちゃん、とにかく要件を訊いてみよう!」


「そ、そだね……」


 月がインターホンの通話をオンにすると賑やかな声が聞こえてくる。


『くっころ~! あひゃひゃ、ルーヒー元気~?』


『こんまんしゃー! 遊びに来たよー。お菓子一杯持ってきたよー』


『こんちゅぱっ! んーまっ、ちゅぱっ、ちゅぱっ! お酒もあるよぅ。ルーシー一緒に飲も』


『こんふぇに~。ルーシー、ママが来たわよ~。中に入れてぇーん』


 この挨拶は、一期生のサリッサ、二期生のシャロン、四期生のネプーチュ、五期生のフェニスに間違いない。ただ、四人はどうやら酔っているみたいでテンションがおかしい。


「……どうしたんですか、先輩たち? こんな時間からそんなに酔って」


『いやー、今日はみんな配信お休みだからさぁ。昼間から飲んじゃいまひたー! たひかルーヒーも今日配信無いでひょ? いっひょに飲もーよー!』


『飲っもーおー! 今日はーとこーとん飲みーまーくろー! アハハハハハハハ!!』


『おしゃけ飲めるおしゃけ飲めるおしゃけ飲めるじょー。おーしゃーけ飲めるじょー、おしゃけ飲めるじょー! あーきーはGTRでおしゃけ飲めるじょー、おーしゃーけ飲めるじょう、おしゃけ飲めるじょうっ!』


 酔っ払い四人が外で騒ぎ出した。このまま放っておけば確実にご近所迷惑になる。それ以前にVTuberとして身バレする恐れがある。月がどうすれば良いか分からず俺を見た。

 悩んだ末、俺は首を縦に振った。そして玄関に置いてある自分の靴を回収すると隠れる場所を探す。陽菜が寝室のクローゼットに案内してくれて俺はそこに身を隠すことにした。


「わ、分かりましたぁー。部屋の片付けをするので少しだけ待って貰えますかー?」


『『『『はぁ~い!』』』』


 月と陽菜が服を着て応対の準備をする。自分の服が洗濯中の陽菜は月の物を借りているのでパッツンパッツンだ。これは……何て破壊力だ!

 後ろ髪を引かれる思いでタオルケット一枚のみを身に纏いクローゼットの中に入る。


「優さんはここに隠れていてください。大丈夫、私とルーちゃんが何とかして先輩たちに早めに帰って貰いますから」


「頼んだよ、陽菜。ホント……マジで頼みます!」


 クローゼットの扉が閉められ僅かな隙間から外の様子が少しだけ見える。顔は見えないが玄関の方から四人の女性がリビングの方に入ってくるのが見えた。

 

「あれぇ、ガブも来てたんだねぇ。ってか、それルーヒーの服ぅ? パッツパツでエロいなぁ。今日は二人で彼ぴを放って楽しんでたのぉ?」


「え、ええ、まあ、そんな感じです」


「そっかそっかぁ、それなら丁度良いや。これから皆で一緒にレッツパーリー! ヒャッホーーーー!!」


 四人は既に結構出来上がっていてメチャクチャ騒がしい。その内の一人が何かに気が付いたらしく突然立ち止まる。


「あれぇ~? 何かこの部屋……エッチな感じがしゅるわね~」


「そう言われれば、何かそんな気がするぅ! まさか二人でエッチな事をしてたんじゃ~? なんちゅって、ニャハハハハハハハハ!」


「まっさかそんな……ねぇ、ルーちゃん?」


「そうそう、二人でエッチな事なんてしませんよー」


 陽菜と月が言っている事は嘘では無い。大人プロレスは二人ではなく三人でしていたのだから。ここに身を隠している三人目の住人がいるのですよ。


 ぶいなろっ!!メンバー四名の中の人がやって来た事には凄く興奮するが、いちリスナーとして中の人を盗み見するのはギルティであり、これ以上見ない様にする。

 更に言うなら今の俺はタオルケット一枚だけを身に付けた危険な状態な訳で嫌な汗が出てくる。

 もしもこの状態で四人に見つかったら俺はリスナー云々以前に社会的に抹殺されかねない。早々に四人が帰ってくれる事を祈る中、酔っ払い達と陽菜と月の女子会が始まった。




 きっと二人なら上手くやってくれる。そう思っていた時期が俺にもありました。女子会が始まってから一時間後――。


「さーすがガブぅ、結構イケる口じゃ~ん! もっと飲んで飲んでー!」


「はぁ~い、ありがとごじゃいましゅ~! いったらっきまーす! ごくっ、ごくっ、ごくっ……ぷはぁ、っまぁーーーーーーい!!」


「言い飲みっぷりー! ルーシーも飲んでるぅ?」


「へひひ、飲んでまふよ。にゅふふふふふふふ……」


 陽菜と月は完全に出来上がっていた。くそっ!! あの二人を信じた俺がバカだったよ。

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