第92配信 おなマン事件 File1
GTRぶいなろっ!!サーバーの開催発表が行われてから、ゲーム開発部署は最終調整へ向けて大忙しだ。
それはぶいなろっ!!メンバーも同じで自由度の高いVRゲームであるGTRを配信で思う存分満喫するために履修しておきたいという話が出てぶいなろっ!!事務所がメンバー全員のGTRプレイ環境一式を提供していた。
陽菜と
そんな明くる日、月から陽菜のもとへ救援要請が入り、仕事が休みだった俺も同行する事になり月が住んでいる都内某所のマンションにやって来た。
「……今さらだけど、俺がここに来ても良かったのかな?」
「どうしてそう思ったんですか?」
「いやさ、以前配信でルーシーが住んでるマンションには他のぶいなろっ!!メンバーも何名か住んでるって言ってたからさ。つまり箱推しとしては立ち入ってはならない聖域みたいなもので……やっぱり家に帰らせて頂きます」
「ちょ、待ってください! 優さんにもちゃんと現状を見て貰いたいんです。一緒に来て下さい!」
踵を返して帰ろうとすると陽菜が俺を逃がすまいと後ろから組み付いてくる。
背中に超柔らかいものが当たっていて至福の心地よさを感じる一方、俺たちを見る周囲の目が痛くて恥ずかしい。観念した俺は大人しく陽菜と一緒に月の部屋の玄関前までやって来た。
陽菜がインターホンを鳴らすと間もなく玄関ドアが開き髪がボサボサで『働きたくないでござる!!』と書かれたTシャツを着た月が現れた。
「あ、が……ガブ、来てくれたんだぁ。ありがとーーーーー!!」
「うん、来たよ。優さんも一緒だよ」
「こんちは」
「え……ゆ、優……何でぇ……!?」
いつもとかけ離れた姿をしている月が愕然とした表情で俺を見ている。
数秒間その状態でフリーズしていると突然スイッチが入った様に猛スピードで中に入って玄関ドアを閉めようとする
「させるかっ!!」
月のこの行動を予測していた陽菜がドアを開けパワー負けした月が吹っ飛んだ。怪我をしていないか心配していると彼女の下には山積みになった衣類があり、それがクッション代わりになっていた。
「良かった、怪我はしていないみたいだね。それにしても何故に床に大量の服と下着が落ちているんだ?」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 見ないで……見ないでぇぇぇぇぇ! こんなだらしないわたしを見ないでぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「優さんを連れてきたのはありのままのルーちゃんを見て貰う為なんだからそうはいかないでしょ。それじゃお邪魔しまーす!」
「失礼しまーす」
女性の部屋に入ったのは人生二回目だ。一回目は陽菜の家ではあるが、この部屋は一回目とは大分雰囲気が違う。部屋の至る所に脱ぎ捨てられた衣類が散乱しているし、使用済みの食器がシンクに積み重なっている。これが汚部屋というやつか。
「……これは……何て言うか……かなり……こ、個性的な部屋と言うか……」
「う……く……そんなオブラートに包まれた表現されるくらいなら、いっそ本音で言って貰った方がマシよ!」
「そうか、それじゃお言葉に甘えて――きたなっ! 月、お前どうやってこんな状況で生活してるんだ!?」
「うわーーーーーーーん!! ストレートに言いすぎだよーーーーー!! 酷いよぉーーーーー!!」
「うおっ、マジ泣きし始めたぞ! さっきまでの強気の態度が瞬殺だよ」
配信でルーシーは自らを掃除が出来ない女だと言ってはいたが、実際に目の当たりにしてみると中々強烈な光景だった。
一応片付けを頑張ってはいるらしいがそれ以上に荒らすペースが早いので結局汚くなっていく一方らしい。
月と付き合う以上、この事実は避けては通れないとの事で今回陽菜は俺をここに連れてきた。ちなみに陽菜は月に泣きつかれては時々こうして掃除に来ているらしい。
「ルーちゃんは仕事にはとことんストイックなんですけど、それと引き換えに生活能力がほぼゼロなんです。だから誰かがこうしてサポートしてあげないと生きていけないんです」
「月には何気に容赦ないね陽菜」
「うわーーーん! ガブも酷いよぉーーーーーーー!!」
「酷くないでしょ! ルーちゃんほっといたら下着の山の下敷きになって窒息死しちゃよ。パンティー口の中に詰め込んだ状態で発見されちゃうんだよ? それでもいいの? ちゃんと掃除してって何回言っても聞かないんだからぁ。とにかく掃除を始めるよ!」
月の部屋に到着早々陽菜は気合いを入れて掃除を開始した。月は陽菜に叱られて半泣きになりながらそこら中に落ちている衣類を拾って乾燥機付き洗濯機にぶち込んでいく。
俺も最初は衣類を拾おうとしたがセクシーな下着が幾つも落ちているのを見て止めた。なので取りあえず食器洗いから始める。
「陽菜、食器洗い終わったよ。次は何をすればいいかな?」
「それじゃあ、お風呂掃除をお願いします」
「イエス、マム!」
掃除司令官と化した陽菜の指示を受け洗面室に行くとブレーカーがふと目に入った。
洗面室では大量の洗濯物を押し込められた洗濯機が何処となく苦しそうな音を立てて動いていた。
浴室掃除の任務を終えて戻ってくるとリビングの床には月がうつ伏せで倒れていた。
「……これは?」
「体力の限界を迎えて力尽きてしまったみたいです」
テーブルの上に置いてあったリモコンで試しに突いてみると微動だにしない。
「反応がない。ただの屍のようだ」
「死んで……ないわよ」
「あ、動いた」
月は潤滑油が切れたロボットの如く鈍い動きで起き上がる。全身をガクガク震わせて立ち上がる様は生まれたての子鹿みたいだ。
「久しぶりの運動で全身が少しばかり悲鳴を上げただけよ」
「一体どんな激しい掃除をしたんだ……?」
「床の雑巾がけをお願いしました」
「それでこれか……」
終始こんな感じで月の体力の無さに驚きつつも汚部屋は陽菜司令官の指示のもと見違えるように綺麗になった。
「ふぅ、何とか綺麗になりましたね」
「人が生活可能な環境になったな」
「二人共、貴重な時間をわたしの為に割いて頂きありがとうございました」
午前中から始まった部屋掃除は正午過ぎに終わった。月は深々と頭を下げ感謝している様子。何だかんだで部屋がさっぱりした事で俺も気分がスッキリした。
目的が達成され一段落すると腹の音があちこちから聞こえてくる。
「腹減ったね。丁度昼時だし何処か食べに行こうか?」
「賛成です。ルーちゃんはどう?」
「わたしもお腹ペコペコ……あ、だったら近所にうな重が美味しいお店があるからそこに行こうよ。お掃除手伝ってくれたし、奢らせて」
それから着替えた月と共に俺たちが向かったのは如何にも歴史を感じさせる小料理屋だった。店の前では『鰻』と書かれた旗が風ではためいている。
これ絶対美味しい料理を出す店だ。だってそういう雰囲気が出てるもの。一般ピープルの俺にだって何となく分かるもの。だが――。
「本当にいいのか、月? 相手はうな重だぞ。奢って貰っていいのか? まだ引き返せるぞ」
「大丈夫よ。大きい声じゃ言えないけど、こちとらチャンネル登録者数百万人超えのVTuberよ。安心しなさい――行くわよ!」
「頼もしい……」
「うな重楽しみですね! ――じゅる」
「陽菜、涎出てるよ」
店内に入り奥の個室に通され慣れない雰囲気の中注文が終わる。そして暫くするとテーブルの上には三人分のうな重と肝吸い、生牡蠣が用意された。
「……月さん、何かうな重だけじゃなくて他にも色々あるんですけど」
「うん、うな重だけじゃ足りないと思って。普段仕事で疲れてるのに掃除を手伝ってくれたんだもの。これを食べて精を付けて貰おうと思って」
「頼もしい……!」
「生牡蠣も美味しそうですねぇ。――じゅるっ」
「陽菜、涎また出てるよ」
それからは空腹もあり俺たち三人は絶品の料理に夢中になり舌鼓を打った。うな重はふっくらしていてタレは甘くコクが強いのに重くなく幾らでも食べられそうだ。こんなに美味しいうな重を食べたのは初めてかも知れない。
それにセットで付いてきた肝吸いは優しい味で汁を飲む度に身体中に染み渡っていくのが分かる。
生牡蠣はレモンを絞ってちゅるっと口の中に頬張ると咀嚼の度に濃厚な旨味と磯の香りが広がっていく。
「うまっ! 全部美味しい……!」
「でしょ? わたしもガ……陽菜も以前先輩に連れてきて貰ったの。凄く美味しかったから、優にも食べさせてあげたいと思ってね」
「掃除中、優さんをここに連れて行こうって二人で話をしたんです。気に入って頂けました?」
「うん、凄く気に入ったよ。こんなに美味しいうな重を食べたのは初めてだ。それに肝吸いも牡蠣も絶品だし最高だよ」
「喜んで貰えて良かったわ。ほら、この牡蠣も食べて食べて。優にはしっかり精を付けて貰いたいからね」
「え……いいの? それじゃ、お言葉に甘えて」
月に促され生牡蠣を食し、うな重を食べ肝吸いで流し込み体内が幸せで満たされていった。俺はこの時絶品料理を食すのに夢中で視界の隅で妖しい笑みを浮かべる陽菜と月に気が付かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます