第79配信 三人四脚②
「もう俺に対する緊張は無くなったみたいだね」
「そうだね、最初は心臓バクバクだったけどもう大丈夫。むしろリラックスしてる」
それなら例の話をする頃合いだな。月も俺の雰囲気を察したのか真剣な表情になっている。
「以前のスラッシュ&マジックで話した事……君と陽菜が話した事……その、俺たち三人で付き合うという件だけど、その考えは今も変わってないの?」
「うん、変わってない。あれから何度も考えたけど、この気持ちは……ワンユウ君とガブが好きだっていう気持ちはあの頃よりも強くなってる」
「そうか……」
「分かってるよ。あなた達からすればこれは迷惑な話なんだろうなって。それも何度も考えた。やっぱりこの気持ちには蓋をして忘れていくのを待つ方が一番丸く収まるんだろうなって。でも、ここで諦めたら絶対に後悔するって確信もあった。『諦める』と『諦めない』を繰り返し考えて……諦めたくないって気持ちが勝った。だから、今わたしはここにいるの」
月は澄んだ瞳で俺を見つめていた。時々不安そうな表情を浮かべてはギュッと目をつぶって俺を見つめる。ふと彼女の手を見ると震えているのが分かった。
震えているのを見て自分が情けなくなった。俺なんかより彼女の方がずっと真剣に悩んで不安でいっぱいになって、それでも勇気を振り絞ってここに居るんだ。
俺は結局明確な答えを持たないままここに来てしまった。月のように覚悟を持ってこの邂逅に臨んでいなかった。
「まず俺は君に謝らなければならない。正直、俺は君と同じ様にこの件について悩んでこなかった。実際に君に会ってそれから考えれば良いって、多分……考える事から逃げていた。――ごめん」
「謝らないでよ。これは全部わたしの我が儘から始まった事なんだから。それに、多分あなたの答えは最初から決まっていたんでしょ?」
互いに謝罪の言葉を口にし、俺の本心を察した月との間に気まずい雰囲気が漂う中、口火を切ったのは彼女の方だった。
「それで……その……どう、かな? 実際会ってみてわたしの印象ってどんな感じだったかな? 何か変だったりする?」
「まずは人見知りだって言う事に驚いたよ。配信じゃあんなにメスガキムーブをかましていたから他人の視線なんて全く気にしないというか……もっと我が道を行くみたいな性格だと思ってた」
「あれは……配信の時はルーシーっていうキャラになりきるというか憑依するというか……普段の自分とはちょっと違う自分になるの。配信で気分がハイになってくると素の自分とルーシーとしての自分の境界が曖昧になる時があるんだけどね」
そう言われてルーシーの配信を思い出す。確かに普段はメスガキムーブ全開でリスナーを煽り散らかす彼女ではあるが、その一方でサービス精神旺盛で中々センシティブな内容が多い。
それによってルーリスのテンションが上がり、ルーシーのテンションも益々上がった瞬間に彼女が「やり過ぎた!」みたいな表情をする時があった。あれはきっと冷静になって素の彼女が顔を出した瞬間だったのだろう。
それ以外では歌配信の時などにボルテージが上がって行くにつれて温和な雰囲気のルーシーになる印象もあった。素の自分とルーシーとしての境界線が曖昧になるというのはそれの事かも知れない。
「思い当たる場面が幾つもあったよ。あのやらかし顔もメスガキムーブを忘れて歌に没頭している時も俺は好きだよ」
「……本当にワンユウ君てさ、天然のたらしだよね。すんなりそんな言葉が出るのは、ちゃんとわたしの配信を観てくれてるってことじゃん」
「ん? そんなの当たり前じゃ……?」
「――っ!! この話題はこれで終了! これ以上はわたしの心臓が持たないから!」
月は人をダメにするクッションに顔をうずめて暫くそのままだった。やっと顔を上げたと思ったら上目遣いで俺を見てきたのでドキッとする。
天然性格からの無自覚な色気を出す陽菜とも違う、確信犯的な女性の色気とでも言えば良いのだろうか? 理性が外側から溶かされていくような感じになる。
「まだ……実際は会ったばかりだけど、一応一年以上の付き合いではあるんだよね、わたし達。……だったらさ、何となく分かるでしょ? ワンユウ君から見て一人の女としてわたしってどう? 魅力……無い? 抱きたいとか思わない?」
「抱き……って、いきなりどうした!?」
「いきなりじゃないよ。こんな事を自分から言うのもちょっと恥ずかしいけど、今日はわたし……するつもりで来たんだよ。ガブともだけど……何より君とエッチする覚悟をしてここに来たの。この先、わたし達の関係がどう転ぶにしても一度でもいいから、あなたの事を知りたくて来たの」
「な……初対面だよ!? 人見知り凄いのに覚悟決まりすぎでは!?」
「わたしの外見がワンユウ君の好みに合わなければ断られてもしょうがないけど、一応それなりに自信はあるんだよ? 普段からスキンケアとかスタイル維持とか気をつけてるし……身体はちょっと小さくて子供っぽいかもだけど、胸はGカップあるし……ワンユウ君、胸が大きな子が好きでしょ? ガブほどじゃないけど、これでそれなりに満足させられると思うし……わたしは君の好みの範囲に入るかな?」
常夜灯が室内とそこにいる俺たちをオレンジ色に染め上げ、なんとも言えないエロティックな雰囲気を作る手助けをしていた。
俺を上目遣いで見てくる月の瞳は潤んでいて何だか顔も紅潮している気がする。余程の朴念仁でなければ彼女の気持ちに気が付かない状況にはなり得ない。
分かり易いほどの好意が月から俺に向けられている。それどころか好意以上の感情すら感じられ、その気持ちを表現する行為に及ぼうとしていることは明白だった。
月は柔々なクッションの上を四つん這いで移動し始め俺の方へと少しずつ向かっている。地盤が軟らかすぎてバランスを崩す度にGカップの巨乳が布越しに大きく揺れる。
小柄な身体に不釣り合いなサイズの胸というアンバランスな身体が不思議な背徳感を醸し出している。
「月……さん? 君は何をしようとしているのかな?」
「何って……この雰囲気からして一つしかないでしょ? エッチ……しよ。今日はその為に来たんだし」
「少し前はまともに目線すら合わせなかったのに行動力!! いや、ダメだって! 俺には陽菜という彼女が……!」
「ガブならそこで興味津々な感じでこっちを見てるよ」
月がそう言ったので見てみるとソファで横になっている陽菜が目を
「すぅ、すぅ、すぅーーー、ごほっ、けほっ!!」
「唾液が変なトコに入ったか! 焦って寝たふりをしようとするから……で、
咳き込む陽菜の背中をさすりつつ、その行動の真意を問うことも忘れない。返答によっては俺は恥ずかしい状況に立たされてしまう。
「……優さんの「タオルケットありがとう、陽菜」から起きてました」
はい、予想通りです。俺は恥ずかしいとこをガッツリ彼女に見られていました!
「最初からか! それじゃ、俺と月の会話を全部聴いてたってこと?」
「はい、全部バッチリ聴いてました」
「それなら会話参加して! 三人でしっかり話し合おうよ。――おい、寝たふりすな!」
もうこれ、シリアスとエロとギャグが入り混じって場の雰囲気が崩壊起こしてるよ。ここから俺は場を立て直せるのだろうか?
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