第78配信 三人四脚①

 遂にこの日が来てしまった。現在ガブリエールはルーシーとオフコラボ中。『ポヨポヨ』というヒヨコに似たモンスターをくっ付けて消していくパズルゲームの配信だ。

 最初は二人でストーリーモードをクリアーしてその後は対戦をしている訳だが、此度のオフコラボ配信中ガブリエールには時々挙動不審な様子が見られている。


 現在時間は夜の十一時……もう少しだけ配信は続くみたいなので終電は無くなり、ルーシーはガブの家にお泊まりする流れだ。

 今回のオフコラボが始まる前に陽菜からルーシーが家に泊まる事、そしてルーシーはこれまで女性と付き合ってきた事など衝撃的事実を教えてくれた。

 この事実を俺に伝える事はルーシーから頼まれていたらしい。


 そして、これら事実を踏まえてルーシーはガブと俺の二人と色んな意味で仲良くしようとしている。

 思い出すのは以前スラッシュ&マジックでルーシーと一緒にブラックドラゴンをテイムした時のことだ。彼女は俺に気が付くと告白をしてきた。

 その瞬間まで俺は彼女の想いに気が付かなかった。……いや、違うな。本当は薄々だけどルーシーから特別な感情を向けられている気はしていた。配信中、必要以上に俺を弄ってきたし。

 それに気が付いていながら俺は自分の好意をガブリエール――陽菜に向けてその想いは成就した。結果ルーシーに対してはハッキリしないまま時間だけが過ぎ去ってしまった。


 今回こんな状況になったのは俺のお節介が原因だ。あれからルーシーに対してどうするべきか色々と考えてはいたが結局結論は出なかった。

 とにかく本人と実際に会ってちゃんと話をしてみない事には先に進めない。この配信が終わったら頃合いを見計らって陽菜の家に行く。そしてルーシーと直接話をする。全てはそれからだ。


『今日も配信を観てくれてありがとうございました。それではおつがぶでした~!』


『次もまた観てね~! おつ堕ち~』


 とうとう配信が終わった。これから陽菜がAINEで連絡をくれるので、そしたら彼女の家に俺が行く事になっている。


「なんか緊張してきたな。相手はルーシーと言っても中の人とは初対面だから、失礼が無いようにしないと……」


 どう対応しようか考えているとAINEの着信が鳴った。確認してみると陽菜からで『優さん、すぐに来てください!!』という内容だった。

 文面から緊急事態だと判断し、急いで部屋を出て着信があった一分後には俺は陽菜の家に居た。

 そして目の当たりにしたのは、リビングのソファに座り石のように固まっている女性だった。

 ウェーブがかった黒いロングヘアの可愛い女性で小柄でありながらも胸部の主張は激しく服の上からでもかなり豊かであることが分かる。


 そんなちょっと強気な印象の可愛らしい女性が緊張した面持ちでソファに座っている。

 一応俺が来た事には気が付いているみたいだが、チラッと横目で見ただけですぐに視線を真っ直ぐにして固まっている。


「陽菜、これは一体……?」


「配信が終わって優さんがこれから来るよって話したらこうなってしまって。ルーちゃん実は結構人見知りなんです。打ち解けたらグイグイ来るんですけど、初対面の時は凄く緊張しちゃうみたいで……」


「それにしてもこれ程とは……」


 俺がここに到着してから既に五分が経過したが、彼女は依然として動く気配は無い。微妙に肩が上下に動いているから生きてはいる。

 いつまでもこんな状態でいる訳にもいかないし、相手が人見知りだと言うのなら俺の方から歩み寄る必要がある。とにかく距離感に気をつけて……。


「あの……」


「――ぴっ!?」


「何でぇー!? ってかスピード速ッ!!」


 正面から声を掛けたら驚いた様子で陽菜の後ろへと逃げてしまった。そのスピードと言ったらまるで猫みたいにすばしっこい。

 そういやルーシーのアバターは小柄だし気分屋な性格なので子猫っぽい印象があるなぁ。

 猫って確かこっちから近づくと逃げられるし、余りしつこくすると嫌われると聞いた事がある。向こうから近寄って来るのを待っていた方が良いのかも知れない。


「仕方ない。ルーシーが俺に慣れるまで待つしかないね」


「そうですね。ルーちゃん、男性がちょっと苦手って以前言っていたので懐くまで少し時間が掛かるかも」


「陽菜……何気に彼女を小動物扱いしてるんだね」


 陽菜の後ろから俺をチラチラ見ているルーシーの中の人。本名はまだ知らない。こういう場合は急いでも仕方がないので自然体でくつろぐ事にする。

 きっとそのうち自分から寄ってくるだろう。こんなスタンスで俺はルーシーを猫扱いして過ごす事にした。




「ん……あれ?」


 ふと気が付くとリビングは常夜灯だけが点いて薄暗くなっている。

 どうやらソファでリラックスしている間に寝てしまったらしい。身体にはタオルケットが掛かっていた。

 

「すぅー、すぅー」


 陽菜は別のソファで寝息を立てて寝ていた。彼女の髪にそっと触れて表情を眺めているとムニャムニャと幸せそうな声を出す。


「良い夢を見てるのかな? タオルケットありがとう、陽菜」


 陽菜の優しさに感謝し寝直そうとさっきまで寝ていたソファに戻ると何処からか視線を感じる。

 その方向に恐る恐る顔を向けると大型のネコ科の動物――ではなくれっきとしたヒューマンが人をダメにするクッションに横たわって俺を見ていた。

 あのクッションは恐ろしい程の居心地で文字通りそこに座った者を虜にして動けなくする。今まさにルーシーはそのクッションに全身をうずめていた。小柄だからこそ可能なクッションの楽しみ方だ。


「起きてたのか。……眠れないのか、ルーシー?」


「……月影ルナ、それがわたしの本名よ。月と書いてルナ」


「月……か、良い名前だね。俺は犬飼優だ。よろしく」


「うん……よろしく。もしかしてワンユウって犬の鳴き声と優を合わせた感じ?」


 月がクスッと笑っているのを見て少しは気を許してくれたみたいだと安心する。そう言えば彼女の素の声をちゃんと聞いたのはこれが初めてだ。

 配信の時はもっと高めの声だから落ち着いた雰囲気を感じる。


「安易なネーミングセンスって言いたいんだろ? 笑ってくれて良いよ。既に色んな人に笑われたから慣れてます」


「別に笑わないわよ。分かり易くてわたしは良いと思う。それにわたしだって名前は上から読んでも下から読んでも月影月だしね」


「……ふっ」


 思わず昔CMで流れていた「上から読んでも〇本山、下から読んでも山本〇」というフレーズを思い出してしまった。

 完全に油断していたので軽くツボにハマって笑ってしまう。こんなボケが来る空気じゃなかったろ。完全に奇襲成功だよ。


「ちょっと、人の名前で笑うなんて失礼じゃない?」


「上から読んでも下から読んでもとか言うからだろ。絶対笑わせようとしたよね?」


「そんなこと思ってないわよ。ガブリスに弄られすぎて笑いの閾値がおかしくなってるんじゃないの?」


 一旦否定しようとしたが、よく考えたら案外的を射ているような気がしたので何も言えない。相手の何気ない発言に対して勝手にボケとツッコミをしている自分がいる。

 何てこった。俺は配信のコメントでガブリスにツッコミをしているうちに芸人気質が身に付いてしまったらしい。


「俺はナニカサレタようだ」


「その変な言い回し……やっぱりあなたはワンユウ君だわ」


「それはどうも。とにかく人見知りはある程度解消されたみたいで良かったよ。ようやくちゃんと話が出来る」


「それは悪かったわよ。昔からこればっかりはどうしようもなくて。それに今回はあなたと実際に会うから……どうしたって緊張しちゃうもの」


 月は人をダメにするクッションの上で膝を抱えて座り直す。彼女はミニスカートを穿いており太腿の辺りが丸見えになってしまうため俺は目を逸らす。


「……見えるからそのポージングは如何なものかと」


「へぇ、あなたって相当エッチだから普通に見てくるかと思ったけど一応紳士的な面もあるのね」


「目の前で女性の下着が見えそうになって凝視してたら変態でしょ」


「違うの?」


「違うよ!? 何か勘違いしているみたいだけど変態じゃないよ! それなりに節度をわきまえているつもりだよ」


 月と冗談を言い合いながら徐々に打ち解けていくのが分かった。

 配信でルーシーに弄られてはツッコむ時と似た感覚になっていく。月も俺と同じことを思ったのか段々と生意気なメスガキ成分が顔を出し始める。

 それを目の当たりにしてやはりこの女性はルーシーなのだと改めて認識した。

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