第68配信 黄昏時のくそざこ
「あはは、ヤッバ! めっちゃ強そう……」
森の茂みに身を隠し前方の岩場に鎮座している巨大な黒い竜を見つめる。その姿はまさに森の主と言わんばかりだ。
「実際強いよ。パワーがあるから接近戦もそつなくこなすし遠距離になると口からブレスを吐く。これが強力かつ広範囲を攻撃できるから死角が無いんだ」
「……やっぱ帰ろう。あんなのルー達だけじゃ勝てないよ。それどころかテイムする為にはHP管理も必要になるから単純に倒すよりも難しくなるし」
「いや……やろう! 例え負けたとしても折角ここまで来たんだし挑戦しよう。少なくとも俺が知ってるルーシー・ニュイならそう言うよ」
「……え?」
「今の装備じゃ厳しそうだから変更する」
『黒衣のローブ』と重鎧の『修行アーマー』を外すと重い音と共に地面に落下し、袖がビリビリに破けた『黒竜の衣』にチェンジする。左腕の包帯と右目の眼帯も外して全力で戦える態勢が整う。
「これで身体が随分軽くなった。筋力も魔力もスピードも元通りになったからブラックドラゴン相手でも十分に立ち回れる」
修行アーマーは装備していると経験値が二倍になる代償に筋力とスピードが半減し、左腕の包帯は身につけていると魔力を半減する効果がある。眼帯は付けても外してもステータスに変化は無いので悪しからず。
「厨二重装備から厨二軽装備になるって超受けるんですけど~! その鎧どんだけ重いのよ、地面に亀裂入ってるし。厨二を全然卒業できてないじゃん」
「知らないのか? 厨二病を卒業するとまた厨二病が始まるんだよ。人生はその繰り返しなんだよ。卒業したつもりでも根っこに残ってんの。――それじゃ俺が戦うからルーシーはここで待機、ヤツのHPが三割以下になったらテイム開始。運が良ければHPが一割切らなくてもテイム出来るかも知れない」
「本当にルーは戦闘に加わらなくていいの?」
「この戦いの目的はブラックドラゴンのテイム。その前にルーシーがやられたら意味が無い。それに一人の方が敵の動きが読みやすい。それじゃ、作戦開始!」
茂みから飛び出しブラックドラゴンに向けて正面から突っ込んでいく。両手にレーバテインとアブソリュートゼロを装備してエンカウントする。
俺に気が付いたブラックドラゴンが巨大な翼を広げて深紅の目を俺に向けた。すると翼を羽ばたかせて突風が巻き起こる。
「そうはさせないよ!」
風がひしめく中、全力で跳び上がりブラックドラゴンの上を取るとアーツスキルを発動する。
「飛ばれる前に叩き落とす! ――天剣絶刀!!」
両手の剣を並列に並べ刀身からマナによって構成された刃を放ち一本の巨大な刃にまとめ上げる。それをブラックドラゴン目がけて振り下ろし直撃した。
天剣絶刀を食らったブラックドラゴンは岩場に派手に落下して俺を睨みながら起き上がる。これで完全に俺に狙いが定まった。
「さてと、一対一のガチンコ勝負――付き合って貰うぞ、ブラックドラゴン!」
空を飛ばれたら猛スピードで頭上を飛び回るので厄介だが、それをやろうもんなら天剣絶刀で叩き落とす。
地上を移動するブラックドラゴンの歩行スピードは四足獣みたいに速くはないので今の俺のスピードなら十分に引っかき回せる。近づいて斬って距離を取ってまた近づいて斬る。これを何度も繰り返す。
時々放つドラゴンブレスは直撃を避けつつ余波によるダメージは防御系と回復系のマジックスキルを使って凌ぐ。
この戦法は上級職の魔法剣士だからこそ可能なやり方だ。昔頑張ってレベル上げて上級職に転職しておいて良かった。
地道に少しずつ敵の耐久力を削っていき、ようやく残りHPが三割を切った。
「ルーシー! テイム開始!」
「分かった!」
ルーシーはギリギリまで近づくとブラックドラゴンのテイムを始めた。最初のテイムは失敗に終わってしまった。
すると自分をテイムしようとしたルーシーに攻撃の矛先が向かい近づいていく。そこに割り込んで顔面に一撃をお見舞いして再び注意をこっちに向ける。
「運営さん!」
「こいつは俺が足止めするから、ルーシーはテイムに集中して! 大丈夫、きっと上手くいくから!!」
「うん!!」
ルーシーは距離を取って再びテイムを仕掛ける。失敗を繰り返し、その都度俺が攻撃しブラックドラゴンのHPが少しずつ削られていく。
そのHPが一割に近づいたところでブラックドラゴンの動きが止まった。その眼前にはテイム成功の文字が出ていた。
「やった……やったよ、運営さん!!」
「うん。ブラックドラゴンのテイム成功おめでとう、ルーシー!」
敵意が消えルーシーの管轄に入ったブラックドラゴンは
ルーシーの何倍もの大きさを誇る魔物が完全服従している姿は見ていて中々に圧巻だ。
その様子を安心して見ているとルーシーが笑顔をこっちに向ける。配信では見たことの無い無邪気な笑みだった。
「ありがとう、運営さん。お陰でブラックドラゴンをテイムできた!」
「粘り強くテイムした成果だよ。名前は何て付けるの?」
テイムした魔物には名前を付けるのがルールだ。今までルーシーはファンネームである闇落ち君を名前に入れていたので今回もそうするだろう。
そう思っているとルーシーから思わぬ提案がされる。
「運営さんのお陰でテイム出来たから運営さんが名付けてよ」
「俺が!? えーと、そうだなぁ……ブラックドラゴンだから……黒ゴンなんてどうかな?」
「……運営さん、ネーミングセンス壊滅的ってよく言われるでしょ」
「……言われる。だから俺に名付け親を期待するのは止めときなさい。その子を思うなら自分で付けて」
「それじゃ、運営さんの名前がケンケンで剣を使ってるから、この子は剣竜・闇落ち君にする! よろしくね、剣竜~」
ルーシーの新たな魔物に自分の名前が使われているのは少しばかりこそばゆい感じがするけど、喜んでいるみたいだからいいか。闇落ち君ってファミリーネームだったのね。
苦闘の末ブラックドラゴンをテイムした俺たちはその背中に乗って近くの街を目指して飛んで帰る事になった。
「うわー、凄い高い~。まだ高く飛べるのかな?」
「これ以上は止めておいた方が良いよ。空には見えない壁みたいなものがあるから高く飛びすぎるとそれに当たって下手すりゃ落下する」
「そっかー、残念! でも、これでも十分楽しいからいっか!」
ブラックドラゴンは山よりも高く飛んでいて山々の間に沈んでいく太陽が見える。空は徐々にオレンジ色に染まっていき、しみじみとした雰囲気になる。
「運営さんのお陰で凄く元気が出たよ。この子もテイム出来たしさ。何かお礼したいんだけど希望はある? エッチなのはダメだけど」
「礼なんていいよ。何だかんだで俺も楽しかったし……きっと近々完全復活のルーシーの配信を観れるだろ。それで十分」
「……なんか不思議だね。運営さんとはこの間初めて会ったばかりなのに何だかずっと前からの知り合いみたいに感じる。もしかして結構ルーの配信でコメントくれてる?」
「まあ、そこそこに。六期生はデビューした頃から視聴してるよ」
「へぇ、そうなんだぁ。それじゃもしかして、ガブとの初コラボ配信も観た? アーカイブには残らなかったんだけど……」
「観たよ。あのASMRは凄かった。色んな意味で」
「あはは、そっかそっかぁー! それじゃあ結構恥ずかしいの観られちゃってるね~」
「でも……あれでルーシーがどれだけライバーとして真剣なのか分かったから凄く良かったよ。記録に残らなかったのは残念だけど、こうして俺の記憶にはちゃんと残ってるしさ。この一年でASMRも歌も益々上手になって、周囲への気配りも出来てて……本当に頑張ったね」
ルーシーは一瞬目を見開くと顔を隠すように反対側を向いてしまう。すると恐る恐るといった感じで質問してくる。
「あの……さ。運営さんってぶいなろっ!!の箱推しだって言ってたけど、最推しなのはガブリエールじゃない?」
「えっ……や、それは……その……」
急にストライクな質問だったので返答に困っているとルーシーは続けて言う。
「さっき話したよね。黙ったりはぐらかしたりするのは肯定の意味だって。それにそのいざという時にしどろもどろになる感じ……ルーが知ってるガブリスに良く似てるんですけど」
ルーシーがこっちを振り向く。その表情は配信で面白いものを発見した時に見せるメスガキの嘲笑そのものだった。三日月目でニヤリと笑みを浮かべて俺を見ている。
「そう言えばそういうお節介でお人好しの部分もあいつソックリじゃん! 何で気が付かなかったんだろ。――運営さん、ルーに嘘吐いたでしょ? 本当はセシリー先輩じゃなくてガブにお願いされてあの森に来たんじゃないの?」
「え……やーそれは……分からないなぁ。第一なんでガブリエールの名前がここで出てくるのかな?」
「ぷふっ! それではぐらかせると思ったの? 超ウケる~。演技下手だねぇ。ネーミングセンスは壊滅的、嘘が下手、そんなお人好しだから皆にネタにされちゃうんだよ? ――でも、そんなあなただから……優しくて温かくて真っ正面からわたしを見てくれているあなただから好きになっちゃったんだよね」
「ルーシー……まさか本当に俺が誰なのか分かって……」
「分かるよ。この一年間ずっと見てきたんだよ? 今日は配信観に来てくれてるかなって、いつも探してた。ガブとの初コラボでまんまと落とされて……もうガブのことを他人事に思えなくなっちゃった。だって、ガブと同じように会ったことのないリスナーさんを……それもガブが好きな人を好きになっちゃったんだよ? お陰でわたしの計画はメチャクチャだよ。配信者として人気になるって意気込んでいた矢先にこの人に観に来て欲しいって気持ちの方がずっと強くなっちゃったんだよ? 責任取って欲しいんですけど」
「責任……!?」
「そうだよ。……デビューしてからこの一年間振り回された挙げ句にガブと恋人になったって聞いて諦めようと思っていたのに、そうしたら本人がアバターで目の前に現れて助けてくれて優しくしてくれて……こうして声も聞けて……本当にどういうつもりなの? 一度諦めさせてまたすぐに……前よりもっと好きにさせるとか……鬼畜の所業じゃん。本当にあなたって……くそざこだね」
頭の認識が追いつかないでいるといつの間にかルーシーの顔がすぐ近くにあった。唇が触れあう寸前でルーシーは距離を取る。訳が分からず呆気にとられているとルーシーは悪戯な笑みを見せる。
「ここでキスしちゃったらガブに悪いからね。今はここまでにしとく。この先はガブに言うべきこと言ってそれからだね~。それに好きな人に初めてキスするなら本人に直接の方が良いし……ね」
「ちょ、ま……俺には付き合い始めたばかりの彼女がいるんですが……!」
「だったらわたしの事は放っておけば良かったんだよ。それなのにちょっかい出してわたしを超本気にさせて後戻り出来なくさせたのはガブとあんたでしょ? だからあんた達二人にはちゃんと責任を取って貰うから。これから大変だね……ワンユウ君」
ルーシーの目は本気だった。メスガキともヤンデレとも違う、マジモンの目。俺はとんでもない人を覚醒させてしまったのかも知れない。
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