第67配信 泣いて笑って前に進んで

 後日、休みの日に個人的にスラッシュ&マジックにダイブしてルーシーがテイムに訪れるという森に来た。

 この森はテイム可能な魔物が多く生息する場所で魔物のレベルはちぐはぐで低レベルがうようよしていると思ったらいきなり高レベルが出現しパーティが全滅するケースが後を絶たなかった。

 だからここにはビーストテイマーぐらいしか来ないのだが、そもそもビーストテイマーがそんなに人気職ではないので基本的に森は閑散としている。


「相変わらず寂しい所だな。今日はルーシーの配信は無いからここに来るかもだけど、こればっかりは運だなぁ」


 運を天に任せつつ、魔物をなぎ倒しながら森の中を進んでいく。この先に見晴らしの良いポイントがあったハズ。取りあえずそこを目指そう。

 そして目的地に到着すると息を呑む。――いた。


「あ……」


「……え?」


 木漏れ日の中、地雷系衣装に身を包んだルーシーがいた。一人で何をするわけでもなく寂しそうに森を眺めているみたいだった。

 俺に気が付いたルーシーがこっちにやって来る。


「あなたはもしかしてこの間の運営さん? わぁ、凄い偶然、なんでこんな所にいるの? ここってビーストテイマーぐらいしか用がない森のハズだけど」


「ひ……セシリーから君の話を聞いてやって来たんだ。その、最近元気が無さそうだったから。ちなみに今はプライベートでログインしてます」


 話をはぐらかしたところですぐにバレるだろうから少しだけウソを混ぜつつ事実を伝える。するとさっきまでの寂しそうな表情からいつもの小悪魔系の悪戯な笑みに変化する。


「へぇ~、ルーを慰めてくれるの? しかもセシリー先輩に色々訊いてまで~。そういうの職権乱用って言うんじゃないの? いっけないんだぁ~、アハハハハ!」


「いちリスナーの俺に何が出来るかは分からないけど、少しでも気晴らしになればいいかなと思ってさ。皆、心配してたし」


「そう……だね。確かに皆に気を遣わせちゃってる。ルーもこのままじゃダメだって分かってるんだけどね。でも、中々割り切れないんだよね~。――そうだ! 運営さん、少しルーに付き合ってよ」


「何処に行くんだ?」


「この森の奥地にテイム可能な強力な魔物がいるの。だからその子をテイムしたいと思ってね」


「それってもしかして……ブラックドラゴン?」


「当たり~! テイムした魔物がいないルーじゃ手も足も出ない相手だけど、今はもの凄く強い味方がいるからねー。頼りにしてるからね、運営さん!」


「これって事実上、俺一人でブラックドラゴンと戦う展開なのでは?」


 ブラックドラゴンはテイム可能な魔物の中でも現状最強種と言われている。ステータスは優秀な上に空も飛べるので移動にも使える優れものだ。

 ビーストテイマーが魔物をテイムするには幾つか条件がある。自分よりレベルが低い魔物であればHPを半分ぐらい削れば大体テイム出来る。

 けれど魔物の方が高レベルかつ今回のように強力な個体の場合はHPを一割位まで低下させないとテイムは難しい。こういう条件の厳しさもあってビーストテイマーは不遇扱いされて人気が無い。


 ブラックドラゴンを目指して魔物をボコボコにしながら森の奥へと進む俺とルーシー。

 一時的にパーティ登録したので俺が敵を倒して得た経験値が共有されてルーシーのレベルがガンガン上がっていく。


「なにこれー、マジで凄いんですけどー! 何もしなくてもレベルが上がっていくってチートじゃ~ん!」


「チートでも何でもないよ。俺の労働の成果だからね、それ! 少しは手伝ってくれますかね、ルーシーさん」


「え~! 今のルーは魔物がいなくてか弱い女の子なのにそれでも戦えと!? 運営さん鬼畜すぎるー!」


 こんな感じで俺は手を動かしルーシーは口を動かし森の中を突き進んでいく。暫くそうしていると少しずつルーシーの様子に変化が見られていった。


「……運営さん、ありがとね」


「突然お礼なんて言ってどうしたのさ?」


「わたしさ、最近失恋しちゃったんだよね~。しかも相手はリスナーさん。配信でコメントを通してでしか知らない人。バカみたいでしょ、その人の本名も姿も声も知らないのに本気で好きになっちゃってたんだよね~」


「……」


 ルーシーの一人称が「わたし」に変わっているのに気づいて、これが彼女の本心なのだろうと思い耳を傾ける。


「わたしの友達にもそういう子がいるの。ずっと支え続けてくれたリスナーさんにガチ恋して何年もその人の事だけ想い続けて、そしてその想いを成就させちゃった。本当に凄いよ……」


 それがガブリエールの事だと……陽菜の事を言っているのだとすぐに分かった。


「最初はその子のこと何なんだろうって思ってた。そのリスナーさんに再び会いたいから、見つけて貰いたいから頑張るんだって言って、それが理解できなかった。でもその子は本当に凄く努力してて、それに負けたくなくて、わたしも頑張って食らいついて気が付いたら色々話せる仲になってた。まさか自分もあの子と同じようにリスナーさんにガチ恋するなんて夢にも思っていなかったけどね」


「そんな事があったんだ……」


 陽菜がガブリエールとしてデビューする前、レッスンを凄く頑張っていたという話はキャニオン社長から聞いていた。そんな陽菜にルーシーが影響されていたというのは初耳だ。


「でもわたしは一方的に片思いして終わっちゃった。あの子みたいに行動に移せなかった自分のせいだものしょうが無い。……しょうが無いんだけど……あーーーーーーーーーあっっっ!! めっちゃ好きだったなーーーーーーーーー!!!」


「うおっ!?」


 話を聞きながら魔物を倒していたら急に大きな声を出すものだから俺も魔物もビックリしてしまった。我に戻って魔物を倒してルーシーの方を振り向くと、すぐに顔を背ける。

 ルーシーの目から涙が止めどなく流れるのが見え、それを見ないようにした。


「ひっく……ひっく……うあ……わああああああああああん!!」


 後ろからルーシーの泣き声が聞こえてくる。配信では常にマウントを取ってリスナーを煽りケタケタ笑っているメスガキ堕天使が無垢な少女みたいに声を出して泣いている。

 でも、俺は振り向けなかった。慰める言葉も見つからずその場で石のように佇んでいることしか出来なかった。

 この場で彼女を慰める事は俺がすべきでは無いと思った。中途半端な優しさはナイフよりも鋭く人を傷つけると言う。だから、彼女の心に付け入るような行動はすべきではないと思ったんだ。


 ルーシーの泣き声はそれからしばらく続いた。数分後泣き声が聞こえなくなりどうしようか悩んでいると「こっちを向いて大丈夫だよ」と落ち着いた声でルーシーが言った。

 振り向くと彼女は憑きものが落ちたかのようにスッキリした様子で笑っていた。


「その……大丈夫?」


「うん、もう大丈夫。何か思いっきり泣いたらスッキリしたわ。涙と一緒に自分の中にあったモヤモヤが流れ出ていったみたい。ごめんね、変な姿見せちゃって」


「そんな事は無いよ。――それって好きだった人への想いが断ち切れたってこと?」


「ううん、まだ好きだよ。大好き。でも、今はそれでも前を向いて歩ける気分になったって感じかな? 運営さん、ありがとね。きっとあそこで優しくされたりしたら、わたしコロッとあなたの事を好きになっちゃったかも知れない。でも今はそういう気分にはなりたくないからさ。だから、私が泣き止むまで待っててくれてありがとう」


「俺はただどうすれば良いか分かんなくて突っ立ってただけだよ。お礼を言われる事なんてしてない」


「ふーん、運営さんって天然のたらしだね。これまで何人の女の子を泣かせてきたの? 興味あるんだけど~」


「そんなプレイボーイとは程遠い存在だよ。最近人生初の彼女ができたぐらいです」


「へぇ~、そうなんだぁ、おめでとう! 人生初の彼女が出来て楽しい? もうエッチした? 教えてよ~」


「毎日楽しいよ。それ以外はプライバシーなので秘密」


「知ってる? こういう場合、黙ったりはぐらかしたりするのは肯定を意味するんだよ。もうエッチしたんだぁ。手が早いね~、このスケベ~」


 少しずついつもの彼女の調子が戻ってきたみたいだ。これならきっとすぐに立ち直るだろう。それなら俺が今やるべき事は――。


「――いた。ブラックドラゴンだ」

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