第66配信 ルーシーの失恋
道具屋でリキュールボトルを購入すると街の人気の無い裏路地に行く。
できる限り他人には聞かれたくないし、このセシリー人形が堂々と話をしている所は見られたくない。
『ごっごっごっごっ……ぷっハァーーーーーー!! この一杯の為に私は生きてイル!! 昼間から飲む酒は格別デスネ!!』
手の平サイズの人形が酒を勢いよく飲んでいる姿は見ていて非常に珍妙だ。明らかに自分の身体より巨大な飲み物をかっくらっている。
「その身体のどこにそんなに大量の酒が入るんだよ」
『ごくごくごく……ゴクン! あーあ、無くなっちゃいましたネ。――ここに存在する物は全てデータの集合体ですカラネ。体内に入ると同時にデータ分解されるんデスヨ。ご存じでショウ?』
「アルコール分解みたいに言うなぁ。……知識としては知ってるけどさ、気分の問題というか」
『そういうものデスカ? AIである私には良く分かりまセン。私にとってデータが全てデス。気分などは不確定要素でしかありまセン。ああ、酒が足りないナァ。何か……イライラスルッ!!』
「お前の方がよっぽど感情に振り回されてるよ! ――セシリーってさ、ぶいなろっ!!の時と技術部署で働いている時では随分雰囲気が違うよね。配信じゃこんな酒カスな部分見せなかっただろ」
『今のワンユウ様の発言デスガ、それは人間も同じデハ? 人はその場面や立場において様々な面を見せマス。だから私も状況によって様々な自分を見せるのデス。あなた方と何も変わりまセンヨ』
「なるほど。確かにその通りだ」
ヘンテコな酒カスAIだと最近では思っていたけれど、彼女の行動は人間という存在を深く知ったからこそという事か。
『ワンユウ様が質問したい件については見当が付いていマス。ルーシー様のことですヨネ?』
「ああ、その通りだ。最近のルーシーは以前よりも元気が無い。何かあったのかなって思ってさ」
『それを知ってどうするのデスカ?』
「……え?」
セシリーの声の調子が真剣なものに変わり逆に質問され戸惑ってしまう。緊張が漂う中、セシリーの話は続く。
『ワンユウ様の質問について私はイエスと答える用意がありマス。ですが、ライバーについての情報を第三者に提供するのは御法度……それにその情報を提供されたところでどうするおつもりデスカ? その問題解決の為に奔走するトデモ? それだけの事をする覚悟がワンユウ様にはあるのデスカ?』
「……ごめん、今の質問は忘れてくれ。セシリーの言う通りだ。俺にはそんな覚悟はない。中途半端な気持ちで訊くことじゃなかった」
『あっさり引き下がりましたネ。もしもこれがガブリエール様の件でしたら何が何でも訊いてきたのデハ?』
「そうだね。もしもこれがガブだったなら理由を訊いて、俺に手助けできる事があればそうしていただろうね。でも、今ルーシーの為にそこまでやれるのかと言われたら自信が無かった。こんな中途半端な覚悟で関わるべき事じゃないだろ。だから止めておく。ルーシーに余りにも失礼だからね」
『失恋デス』
「……はい?」
『ですカラ、失恋なのデスヨ。ルーシー様の元気が無い理由ハ』
「いや、俺は訊かないでおくって言ったよね!? なんで言った?」
『興味本位のみで質問していたのナラ答えはしませんデシタ。ですが、それなりに覚悟があるご様子でしたのでお答えしまシタ』
「いや、だから俺は覚悟無いって言ったよね!? ――でもまあそうか、ルーシー彼氏がいたのか」
『片思いの末の失恋デス。これ以上お知りになりたいのでしタラ、ガブリエール様にお訊きすると良いと思いマス。彼女の方が私よりも詳しいハズですカラ』
片思い……あのルーシ-が片思いだって? あのメスガキ全開の女が……ルーリスをザコと呼び、俺に関してはクソザコ呼ばわりする傍若無人の堕天使が……片思い!?
そんなセンチメンタルな部分があのルーシーにあったのか。最近聞いたニュースで一番驚いた。
本日の仕事を終えて帰宅すると陽菜が夕飯を作って待ってくれていた。
彼女の話によると俺の好物である肉じゃがとハンバーグは猛特訓の末に上手に作ることが出来るのだが、それ以外は壊滅的だった。
最近では料理コラボ配信をしたのを機に五期生のフェン・アイシクルから料理を教わり格段に腕を上げている。
最近はパスタ料理にハマっているらしく、今日の夕飯はボンゴレとルッコラサラダだ。
「どうですか?」
「凄く美味しいよ。あさりの出汁が利いててパスタ美味しい。サラダもシャキシャキで美味しいよ」
「えへへ、良かったぁ」
陽菜が嬉しそうに笑い一緒に食事をする。ご飯は美味しいし彼女は可愛いし、明日俺は死ぬのでは? 毎日そんな事を思ってしまう。
食事が終わり時間を確認するとルーシーの配信時間が迫っていた。今日はガブリエールの配信はお休みなので一緒にルーシーの配信を観る約束をしていた。
『あはは! 闇落ち君ってホントにザコだよね~! ざぁこ、ざぁこ、ざぁこ、ざぁこ、ざぁこ、ざ~こ……』
ルーシー
スラッシュ&マジックで会った時よりは多少回復しているみたいだけど、これは……。
「やっぱり、優さんには分かるんですね。最近ルーちゃんが元気ないって……」
「そりゃまあ、ガブの配信の次に多く観てるのがルーシーの配信だからね」
しばらく会話が途切れて部屋にはパソコンから聞こえてくるルーシーのザコ連打のみが木霊する。いやいや、いい加減ザコ言い過ぎだろ。歌を歌っているレベルでザコ言ってるよ。
「セシリー先輩からAINEで連絡が来ました。お仕事中に三期生の先輩たちとルーちゃんに会ったこと、そしてルーちゃんの悩みについて優さんに説明したことを聞きました」
「セシリー……随分と手際が良いな。その件に関して俺はこれ以上何も訊かないでおくよ。配信者の問題にいちリスナーが関わるべきじゃないしさ。きっと時間が解決してくれるよ」
「……ルーちゃんの好きな人はリスナーさんなんです」
「どうして今日は誰も俺の話を聞いてくれないの!?」
俺の訴えは虚しく霧散し陽菜は神妙な面持ちでルーシーについて話をしていく。
何でもルーシーはデビュー間もない頃、あるリスナーに好意を抱いたらしい。そして最近そのリスナーに彼女が出来たというのだ。
もしかしたら配信中、コメント欄でそういう報告があったのかも知れないな。
「あのルーシーがリスナーに片思いしていたとはね。頻繁に配信を観ていたつもりだったけど全然気が付かなかったなぁ」
「……」
「だとしたら本当に俺には手伝えることは無さそうだ。やっぱり時間が解決してくれるのを待つしかないよ。大丈夫、ルーシーの事だからすぐに復活するよ」
「でも……そうだ! ルーちゃん、スラッシュ&マジックのある場所で頻繁に魔物のテイムをしてるんです。そこなら会えると思うんですけど……」
「もしかして、そこで彼女を慰めろって言ってる? ……分かった。陽菜がそこまで言うのならやってみるよ。俺にどこまでやれるかは分からないけど、それで少しでも早くルーシーが元気になってくれたら良いもんな」
「はい! よろしくお願いします」
その時、陽菜は今まであまり見せたことのない複雑な表情をしていた。俺が了承したことに喜ぶ反面どこか不安そうな……色々な感情が入り交じった顔をしていた。
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