第51配信 幾久しく③
ふと気が付くと外が明るくなっていた。カーテンの隙間から日差しが入ってくる。
「あっ、やべ、朝!? いつの間にか寝てたのか?」
「おはようございます、ワンユウさん」
すぐ近くから陽菜の声が聞こえてきて驚く。そう言えばベッドサイドで彼女と手を繋いでそのまま寝てしまったんだっけ。手を見ると彼女とは手を繋いだままだ。
そこから彼女の温もりが伝わってくる。心なしか昨晩より熱くない気がする。
「おはよう、気分はどう?」
「かなり楽になりました。ワンユウさんが良くしてくれたお陰です。それに一晩中手を繋いでいてくれたんですね」
陽菜が手を愛おしそうに見つめるのでちょっと恥ずかしい。笑ってはぐらかすと彼女の額から役目を終えた熱冷ましシートをゆっくり剥がした。
手を額に当ててみると昨夜のような熱さは感じられない。体温計で測定すると37.2℃まで低下していた。
「良かった。まだ微熱があるけど、この調子なら水分と食事をちゃんと取れば良くなるだろう。結構汗をかいたから何か飲み物を持ってくるよ」
「はい、ありがとうございます」
希望を訊いたらアイスを食べたいと言うので一緒にアイスを食べスポーツ飲料を飲む。俺も昨夜から水分を取っていなかったので冷たい食べ物が身体に染みる。
「アイス冷たくて甘くて美味しいです。味覚も戻ってきたみたいです」
「そいつは良かった。食欲が戻ってきたのなら昼はうどんにしようか。少しずつお腹にたまるものを食べるようにしよう」
「ワンユウさん、何だかお母さんみたいですね」
「お母さんて……まあ、一人暮らしをするようになってそこそこ長いからね。以前体調を崩した時に色々学んだから怪我の功名ってやつだよ」
二人で穏やかな朝食を取って笑い合う。そう言えばこうして誰かと一緒に家で食事をするのはいつ以来だろう? 先日陽菜と一緒に昼食を食べた時にも感じたけど、一人よりも二人の方がご飯がずっと美味しく感じる。
「ご馳走様でした。それじゃ片付けちゃいますね」
「俺がやるからガブはまだ寝てな。熱が下がっても疲労は残ってるんだから今日は一日ゆっくり休んでいた方がいい。食事の時に起こしにくるよ」
「ワンユウさん、凄く優しい。優しすぎてちょっと怖い位です」
「大げさだなぁ。俺は自分がやりたいと思った事をやってるだけだから。そう言えば、他に何か必要なものはある?」
「必要なものですか? えと、多分無い……あ、それなら汗をかなりかいたのでシャワーを浴びたいです。ちょっと気持ち悪い感じがして」
「ああ、確かに結構汗が出たからね。今なら調子が良いしシャワーぐらい大丈夫でしょ。さっぱりして良いと思うよ」
シャワーで思い出したが、俺も昨夜は風呂に入らなかったから臭いかも知れない。それとなく自分の匂いを嗅いでいると陽菜がクスクス笑う。
「ふふふ、別に変な匂いはしないですよ。でもそうですね……良かったら一緒にシャワー浴びませんか?」
「……へ?」
その言葉の意味を理解するのに数秒を要した。理解して何て返答すれば良いのか分からず口をパクパクさせていると陽菜は微笑んでいる。
「な、なんだぁ冗談か。あー、ビックリし――」
「私は本気ですよ?」
陽菜は微笑みながらも、その声には芯が通っている。言葉通りに意志の強さを感じる。
「や……でも、まだ身体の調子が……」
「ワンユウさんのお陰で熱は下がりましたし、水分も食事も取って元気も出てきました。昨晩約束したじゃないですか、元気になったらシようって」
「今はシャワーを浴びる話だったよね!?」
「シャワーを浴びるだけじゃ終わらないですよ。私、今性欲凄いですし、それにワンユウさんも準備してたでしょ?」
そう言いながら陽菜が見せてきたのは昨夜俺がドラッグストアで購入したコ〇ドームの箱だった。それを両手で持って陽菜は鼻息を荒くしている。
「ぶふっ!? どうしてそれがそこに?」
「ワンユウさんが買い物をした袋の中に入っていたので回収しておきました。ワンユウさんが私とエッチするつもりの証拠として!」
言い訳を考えたが今さら見苦しいので観念した。買っちゃったのは事実なのだから仕方が無い。
「そりゃ俺にも性欲はあるから一応……ね。でも、そういうのはもっとお互いを知ってからの方が良いと思う。配信の場では知り合って四年だけど、こうして実際に逢ってから一ヶ月も経ってないんだし」
「でしたら私について今から話します。それならワンユウさんも安心すると思います」
そこから陽菜は自身の出生から本日に至るまでの経緯を簡潔明瞭に説明してくれた。約十分で俺は陽菜百科事典を網羅してしまった。
彼女の説明が終わると今度は俺の番だ。ただし、その前に陽菜が収集した俺に関する情報を説明しそこに俺が補足するという形だった。
その結果、俺が話したのは彼女と知り合う前の二分にも満たない情報だけだった。俺の人生は既にほぼ網羅されていた。
「よくもまあ配信での俺のコメントとSNSに投稿した情報だけでここまで来れたな。凄いとしか言えないよ……」
「……やっぱり、こんな事されて……引きましたよね?」
陽菜の表情が曇りその手は震えていた。震えを隠すようにもう片方の手を添えている。
配信の場とはいえ四年の付き合いだから彼女の事はそれなりに理解しているつもりだ。だから今彼女が考えている事が何となく分かる。
俺の身辺を色々と調べた事を批難されるのではと恐れているんだろう。陽菜は行動力こそあるものの他人の気持ちをないがしろにする様な人間じゃない。
俺に嫌われる可能性を考えて、それでもこの街に引っ越して来た。きっと色々悩んで覚悟を決めてここに家を建てたハズだ。――それなら俺も覚悟を決めるべきだ。
「引いたりなんてしないよ。――それで身体の調子は本当に大丈夫なんだよな?」
「……え? はい、大丈夫ですけど……」
「途中で体調が悪くなったらちゃんと言ってくれ。理性を保てるかどうか自信がないからさ。――それじゃ行こう」
俺の言葉の意味に気が付いた陽菜の顔が昨夜よりも赤くなり俯く。そして恥ずかしそうに上目遣いで俺を見て小さな声で言った。
「はい……よろしくお願いします」
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