第50配信 幾久しく②
それから太田さんはすぐに寝入り、俺はドラッグストアへと向かった。
俺が持って来たバッグの中には体調を崩した時の備えとして体温計や内服薬、水枕、熱冷ましシート、スポーツドリンク、経口補水液、飲むゼリーなどが入っていたのだが、数が心許ないので補充をする。
それに太田さんは食欲が無いと言っていたのでプリン、ゼリー、アイス、うどん等とにかく食べやすいものを片っ端から買い物かごの中に入れていく。
「これだけあれば何とかなるか? よし、それじゃそろそろ戻ろう」
レジに向かって店内を移動していると途中である物が目に入った。極薄なんちゃらとか書いてあるパッケージを手に取る。
実家を出て一人暮らしを始めた頃、彼女が出来た時の為に一度購入して装着の練習をした事があった。結局、彼女は出来ずに学生時代は終わり社会人になってしまった訳なのだが――。
「……いやいやいや、何バカな事を考えてんだ俺は! ……でも、万が一の時の為に一応買っておこうかな……」
その箱を買い物かごの中に入れて他の製品を上に置いて存在を誤魔化す。
この感じは昔エッチな本を買う際にカモフラージュとして他の本を一緒に買った時と似ている。
二十代半ばになってこんな小細工をするなんて自分が情けなくなってくる。
品物を購入してドラッグストアを出ると足早に太田さんの家へと戻っていった。
帰宅してから食べ物を冷蔵庫と冷凍庫に入れると寝ている太田さんのもとへ行き体温を測る。
「38.7℃……やっぱり上昇したか。これ以上は熱が上がらないと良いんだけど」
「はぁ……はぁ……はぁ……ふぅ……あ、ワンユウさん」
「起こしちゃったね。飲み物あるけど飲めそう?」
「はい、ちょっと喉渇いちゃいました」
かなり熱も出ているので経口補水液を彼女に勧める。上体を起こすのも辛そうだったので彼女の背中を支えて飲ませる。
かなり汗もかいているみたいだし水分を適宜摂取しないと脱水症状を起こすから注意しないと……。
「……ぷはぁ。これ、凄く美味しいですね。身体に染み渡る感じです」
「これを美味しく感じると言うことは体内の水分が足りてない証拠だよ。配信中、
「ゲームに集中してるとつい忘れちゃうんですよね」
太田さんは舌先をペロッと出してばつが悪そうに笑っている。全くこいつは――。
「今日の配信は凄かったけど、ガブの体調不良を皆心配してたよ。前に何度も言ったろ、リスナーをドキドキさせるのは良いけどガクブルさせちゃダメだって」
「それ、とても懐かしいです。ワンユウさんと知り合ったばかりの頃によく言われましたっけ。リスナーを増やす為に二人で沢山作戦を考えましたよねぇ」
「よく覚えてるよ。ガブは昔から無茶なペースで配信しがちだった。ぶいなろっ!!所属になっても、そこら辺があまり変わってなかったから注意しとけば良かったよ」
「今までワンユウさんにはいっぱい注意されましたよね。いつも私の身体を心配してくれて、それが嬉しくて……気が付いたら自分でもどうしようもないほどワンユウさんが好きになっていたんです」
「どさくさで好意を伝えてくるとかずるいだろ」
「本当なら今日の配信が終わった後に伝えるハズだったんです。それなのにこんな事になってしまって。私ったらいつも肝心な時にポカするんですよねぇ」
「お前が素で天然ドジっ子だという事は初めて会った時に体験したよ。常時ポカ発動してるよね」
「ふふふ……酷いなぁ」
「でも、そう言う部分も含めて俺は君を好きになったんだよ。いつも一生懸命で頑張って、太陽みたいに周囲を明るく照らしてくれる君に……君の側にずっと居たいって、そう思ったんだ。だから……」
「凄く嬉しいです。ワンユウさん……んぅ……」
夢ではなく現実で俺と陽菜は初めて口づけを交わした。最初のキスは本当に熱かった。何が熱いってそりゃもう身体が熱かった。彼女の体温38.7℃なのだから。
再び彼女の体温を測定すると熱が上がりきったみたいなのでここからは身体を冷ましていく。
陽菜は今日は禄に食事を取っていなかったので少しでも栄養をつける為にプリンを食べさせ薬を飲ませた。
冷凍庫に入れておいた水枕を頭の下に置いて額には熱冷ましシートを貼る。後はしっかり休ませて体力を回復させる。ここからは本人の回復力に期待するしかない。
「ねえ、ワンユウさん」
「ん、どうかした?」
「私……ワンユウさんとエッチしたいです」
「熱が38℃以上もあるのに凄いこと言うね!」
「ダメ……ですか?」
「ダメに決まってるでしょうよ」
「どうして? ワンユウさんはシたくないですか?」
「したくないと言えば嘘になるけど、時と場合ってものがあるでしょ。ガブは体調が悪いんだから治療に専念しないと」
「それじゃあ、体調が元に戻ったら……シてくれるんですね」
陽菜のパジャマの上のボタンが幾つか外れていて胸の谷間がもろに見える。可愛い猫イラストのパジャマがやたらエロく見えるから不思議だ。
「体調悪いのに性欲凄いな」
「へへ、自分でもそう思います。――でも、今ワンユウさん、私の胸を見てましたよね。興味を持ってくれてはいるみたいなので安心しました」
「……そう思うのならしっかり寝なさい」
「はーい。ありがとうございます、ワンユウさん。大好きです」
「俺も大好きだよ」
すぐに陽菜は寝息を立て始めた。何だかんだ言っても不調の状態で六時間以上も集中して難易度の高いク〇ゲーをやったんだ。相当疲れているだろう。
それにガブリエールとしてデビューしてからこの一年、ほとんど休まずに配信を続けてきた。この間の引っ越しで一週間休んだ以外スケジュールは過密だったと思う。
「全く、頑張りすぎだよ。今後はもう少し身体を大事にさせないと……ん?」
ゴミを片付ける為に一階に下りると奥の方にあるドアが目に入った。
勝手に部屋に入ってはいけないと思いつつも妙に惹かれるものがあり吸い込まれるように向かってしまう。
ドアは結構しっかりしていて重かったが大人の男たるもの負けはしない。スイッチを押して照明が点くと部屋の中には机にパソコン、マイクなどが設置されていた。
「……ん、うわぁ!! ……あれ?」
視線を感じたので顔を向けると顔があったので驚く。しかし、よく見るとそれは人の頭の形をしたマイク――KU百式だった。インターネットで見たことはあるけど実物は初めて見た。
「そう言えば二年目に入ったらASMRを本格的に始めるのにKU百式が欲しいって言ってたな。それに――」
専門家ではない俺にも分かる。この部屋は配信部屋だ。引っ越ししてきてから陽菜はここで配信をしていたんだ。
そこで俺はある事に気が付いて笑ってしまった。
「この家って多分、俺が住んでるマンションから百メートルも離れていないよな? まさか、こんなに近い場所でガブリエールの配信が行われているなんて夢にも思わなかった」
パソコンが置かれている机に近づいてみるとそこに二つのぬいぐるみが並んで置かれている事に気が付く。太陽とガブリエールのぬいぐるみだ。
「……太陽は個人勢だったのもあってあまりグッズは出さなかったんだよな。唯一出したのがこのぬいぐるみだった。ガブリエールと仲が良さそうに並んでる」
前世と今世の二人がこうして一緒にいる姿を見られるのはファンとしてとても嬉しい。
俺はガブリエールのぬいぐるみは観賞用、保管用、予備用と三つ購入しているが、太陽ぬいぐるみは一人一つ限定だったから汚すのが怖くて包装袋から出していない。
だからこの二人を並べて飾るという夢のシチュエーションは実現できていなかった。
本人の了承無しにこれ以上大切な仕事場を見学するのも良くないので、配信部屋から退散し陽菜の部屋に戻る。ベッドサイドに椅子を置いてそこに座る。
少し楽になってきたのか表情も寝息も安らかな感じだ。彼女の寝顔が可愛くて前髪にそっと触れる。
「んん……ワンユウ……しゃん……すぅー……すぅー……」
「……びっくりした、寝言か。……ずっと頑張って走り続けて来たんだよな。本当に凄いよ、ガブ……あ……」
手に温かいものが触れていると思ったら陽菜が俺の手を握っていた。彼女の手を握り返すと安心した表情をしている。
この調子なら大丈夫そうだ。俺も少し眠くなってきた。ちょっと休憩して……それから……ぐぅ……。
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