第37配信 ぶいなろっ!!をつくったオト……コ?

 ぶいなろっ!!は株式会社ファイナルプロジェクト(以下ファイプロ)が運営する女性VTuber事務所である。

 ファイプロは元々小説投稿サイトの運営で大きくなった会社であり、近年活躍が著しいVTuberに着目し、そこに投稿小説でも人気の高い異世界転生のコンセプトを取り入れて誕生したのがぶいなろっ!!である。


 ぶいなろっ!!のプロジェクトを発案実行したのはファイプロの社長【峡谷きょうこく 雅也まさや】であり、ぶいなろっ!!の所属ライバー全員は彼がスカウトないしオーディションで審査して選び抜いた人材である。

 ぶいなろっ!!は活動開始直後から順風満帆であった訳では無く、デビュー一年後あたりから徐々に人気に火がついた。

 現在では六期生までがデビューを果たし、VTuber事務所としてトップクラスにのぼり詰めている。


 それに伴い、より良質な配信を提供するために都内某所に総工費数十億円を投入してスタジオが設立され、スタジオ内には防音性が高いレコーディングスタジオの他、3Dモデルによる歌配信や大規模配信を可能とする最新鋭の設備が複数備えられている。

 国内でもVTuberの配信環境として最高レベルを誇る施設である。


 陽菜はファイプロ社長の峡谷との面会のためにぶいなろっ!!スタジオへとやって来た。ホテルばりのエントランスを通り施設内を進んでいくとマネージャーの香澄が待っていた。

 

「おはようございます、香澄さん。昨日はありがとうございました」


「いえいえ。あれから作業は進みましたか?」


「はい、ルーちゃんに協力して貰ってディスコードなどのチェックが出来ました。いつでも配信オッケーです」


「それは何よりです。そう言えば犬飼さんは昨日お見えになりました?」


「はい、香澄さんからAINEでお知らせがあったように時々様子を見に来ると言っていました。家に上がってくださいと言ったんですけど玄関先で大丈夫と言われてしまって。やっぱり私が色々粗相をしちゃったから距離を取っているんでしょうか?」


「まだ知り合ったばかりですから仕方が無いですよ。これから時間を掛けてお互いを知っていけばいいと思いますよ」


「確かにそうですね。ご近所さんとしてこれから親睦しんぼくを深めていけば良いんですよね!」


 上機嫌の陽菜の後ろ姿を眺めながら香澄はクスッと笑みをこぼす。


(まあ、最初はこんなものよね。あのワンちゃんがいつオオカミに進化するのか、これからが見物ね。ガブさん、深められるのは親睦じゃなくて別のナニかかも知れませんよ)


 純粋な笑みと不純な笑みをそれぞれ浮かべた二人はスタジオ内にある応接室に到着した。

 インターホンを鳴らすと『中へどうゾ』と男性の声が再生され二人は入室する。

 そこに居たのはサングラスを掛けた小麦肌の身長約二メートルの男性だった。身につけているスーツは本人の筋肉を隠しきれずパッツパツになっている。


 男性は応接室に入ってきた二人と向き合うとサングラス越しに熱い眼差しを向ける。そして――。


「いや~ン、ガブちゃん久しぶりじゃないノ。相変わらずベリーキュートで何よりだワ! 香澄ちゃんもお疲れサマー!」


 筋肉ムキムキの二メートルの巨躯をクネクネさせながら陽菜及び香澄と握手を交わすマッチョマン。この男性こそファイプロの社長、峡谷雅也その人である。

 そして彼は自他共に認める――オネエだ!!

 

「峡谷社長、お久しぶり――」


「ノンノン! アタシの名前をコールする時は何て言うんだったかしラ? レッツワンモアプリ~ズ」


「はい! お久しぶりです、キャニオン社長」


「オーケー!! ベリーグッドよ、ガブちゃン。二人共、立ち話もなんだシ、ソファに座ってお話しまショ。美味しいクッキーと紅茶があるから用意するわネ」


「キャニオン社長、そう言う事でしたらあたしがやりますから」


「香澄ちゃんもお仕事頑張ってくれてるんだかラ、少し座って休憩してテ! アタシに任せなさ~イ」


 キャニオンは鼻歌を歌いながらお皿にクッキーを品良く盛り、紅茶の入ったティーカップと一緒にテーブルに並べていく。こうして可愛らしい女子会セットが完成した。


「ウフフ、昨日手に入った茶葉で淹れたのヨ~! 二人共、ご賞味あレ」


「こく、こく……わぁ、爽やかで優しい味がします。凄く美味しいです、キャニオン社長~」


「本当! あたし、そんなに紅茶は詳しくはないですけど、とても飲みやすくて美味しいです!」


 陽菜と香澄が美味しそうに紅茶を飲む様子を見てキャニオンは目を細めてフフフと嬉しそうに笑う。


「クッキーも食べてみテ。甘さ控えめデ、紅茶と相性バッチグ~だかラ」


 こうして楽しいティータイムは過ぎていき、その合間にキャニオンから引っ越しの進行具合が訊ねられる。

 陽菜は引っ越し作業はほとんど終わりいつでも配信が可能な状態であることを報告、和やかな雰囲気が続いていた。


「そう言えバ、ガブちゃんは大好きなワンユウちゃんが居るからあの街に新居を建てて住み始めたのよネ? そこに彼が住んでいると言う確証はあったのかしラ? そもそもワンユウちゃんが本当に男性と言うことも年齢も詳しくは分からないのでショウ?」


「そうですね。確かに詳細は分かりません。でも、二十代半ばぐらいの男性で現在は会社勤めをしていて、あの街に住んでいるのはほぼ間違いないと思っています!」


「……その根拠ハ?」


 キャニオンが訝しみながら訊くと陽菜はニコッと笑って説明を開始した。


「私がワンユウさんと知り合ってから今日まで、配信開始時間を色々試してワンユウさんの出席状況やコメントから生活スケジュールを割り出したんです。それによると二年前までは学生さんで基本的には月曜、水曜、木曜、金曜の十七時から二十二時までアルバイト、それ以降は就職して月曜から金曜の八時半から十七時半のお仕事をこなしています。あ、普段は残業はあまりないみたいですけど月末は残業時間が増えていますね。居住地についてはSNSのつぶやきや投稿した画像にチラッと映っている周辺の建物の様子からマップアプリを使って調べた結果、あの街である事が分かりました。何度か足を運んで自分の目で確認したので間違いないです」


 陽菜のまくし立てるような早口説明が終わると多少の事では動じないキャニオンが若干引いていた。


「な、なるほド。その……凄い執念ネ……」


「キャニオン社長、なるほどでは済まされないですよ。これ、普通に犯罪レベルですからね。死神ノートで犯罪を繰り返す犯人のプロファイリングのために様々なパターンの情報提供して犯行やらせて、そこから犯人の生活スケジュール割り出した探偵と同じ様なことやってますからね!」


 香澄もこの話を初めて聞かされた時には陽菜のサイコっぷりに恐怖を覚えた。純粋な愛情も度を過ぎればホラーになることを身をもって知ったのである。

 しかし何が恐ろしいって、そんな陽菜のプロファイリングが的中していた事実だ。

 さらに陽菜本人も自覚の無いままワンユウ本人と接触しているという強運も持ち合わせている。

 ワンユウはガブリエールからは逃れられない。運命がそう言っている気がした。

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