第38配信 ぶいなろっ!!を描いたオンナ

 香澄は犬飼がワンユウである事実をキャニオンにメールで報告していた。それに対する答えは様子見――つまり香澄の考えと同じである。

 面会中のキャニオンの行動を見る限り犬飼については言及しない姿勢を貫いている。キャニオンは社長としてガブリエールの意中の人であるワンユウ(犬飼)をどのように考えているのか香澄は気にしていた。

 香澄だけが複雑な心境を抱いたまま、陽菜とキャニオンの会話は弾む。話題は引っ越しの話からデビュー一周年イベントの件になっていた。


「六期生のデビュー一周年イベント――3Dコラボ歌配信の準備は順調かしラ?」


「はい、歌も振り付けも順調です。私が一週間お休みを貰ってしまったのでストップしてますけど、三人ともこのペースなら大丈夫だって言ってくれました。私がいない間はソロパートの練習をするそうです」


「それはグッジョブネ。スタッフ皆が頑張ってくれてるワ、素晴らしい一周年イベントにしましょうネ」


「はい!」


 陽菜とキャニオンの話が終わると香澄だけが残るように言われ陽菜だけが退出していった。状況からして犬飼の話だと香澄は察する。


「……犬飼さんの件ですよね?」


「オフコ~ス! 昨日あなたから貰ったメールを見た時はビックリしちゃったワ。まさか本当にワンユウちゃんが居たなんテ。しかもガブちゃんの新居のすぐ近くに住んでいるって言うじゃなイ? デスティニーを感じちゃったワァ~」


「それはあたしも感じました。社長は現状維持で良いとお考えですか? ガブさんには真実を伝えなくていいと?」


「そうねェ、取りあえず当面は現状維持カシラ。今は六期生の一周年イベントが近いかラ、ガブちゃんにはそっちに集中して貰いたいのヨ。六期生メンバーもリスナーも楽しみにしてるシ、皆でたっくさん盛り上げたいからネ」


「……それはつまり一周年イベントが終わった後に行動を起こすと言うことですか?」


「まだそこまでは考えていないワ。ただ居場所が分かったのなラ、アタシも是非会っておきたいのヨ、ワンユウちゃんにネ。全てはその時の彼の返答次第かしラ?」


「彼に会うんですか!? 別に社長自らが出向かなくても要件がお有りでしたらあたしが――」


「香澄ちゃんがそんな事したラ、あなたと陽菜ちゃんがぶいなろっ!!の関係者だって分かっちゃうでショ。そうなれば陽菜ちゃんがガブちゃんだって事実にすんなり辿り着いてしまウ。その選択肢はクレバーじゃないわネェ~。二人がお互いの正体に気づくとしても、ここまで来たらデスティニーに身を任せる方がベストだと思うのヨ。いつも言ってるでショ? 人生はフェスティヴァルだって。楽しまなくちゃ損ヨ」


 キャニオンが提示する人生を楽しもうという考え。香澄は彼の考えに賛同しぶいなろっ!!への就職を決めたので、陽菜と犬飼への対応に深く共感する。

 

「ウフフ、香澄ちゃんも最初から流れに身を任せようと考えていたのでショ? 顔を見れば分かるワ。――それじゃ、六期生のデビュー一周年イベントが終わった頃にワンユウちゃんに会いに行ってみるわネ。フフ、今から楽しみだワ」


 キャニオンは窓から外を眺めながらまだ見ぬ好青年の姿を思い浮かべてペロリと舌なめずりする。彼……彼女……? とにかくキャニオンが何を考えワンユウと接触しようとしているのかは、まだ本人しか知り得ない。




 キャニオンとの面会が終了しスタジオ内の休憩室で陽菜が香澄を待っていると見知った人物が二人歩いてきた。

 二人は陽菜に気が付くと笑みを浮かべて足早に近づいてくる。


「ガブ、久しぶり。引っ越しは終わった?」


「わたしは昨日話したわね。確かキャニオン社長と話があったんだっけ。もう終わったの?」


「あやママ、ルーちゃん、こんにちはー。ルーちゃん、昨日は機材の調整に協力してくれてありがとう。社長との話は終わって今は香澄さんを待ってるとこ。二人はお仕事?」


 陽菜にあやママと呼ばれた茶色い髪を一本の三つ編みにしている女性の名は【白雨はくう あや】。可愛くも艶のあるキャラを描くことで人気があるイラストレーターでぶいなろ っ!!の全アバターのキャラデザを担当している事からあやママと呼ばれている。

 そしてもう一人のウェーブがかった黒髪ロングヘアの小柄な女性の名は【月影つきかげ ルナ】。ぶいなろっ!!六期生、ルーシー・ニュイの中の人である。

 

「ルーシーの新衣装のデザインをいくつか描いたからルー本人に見て貰っていたの」


「どれもエロ可愛くて良かったから悩んだわ~」


「新衣装かぁ、良いなぁ。あやママ、ガブには新衣装はないですか?」


「ガブ、あやママはぶいなろっ!!メンバー全員を担当してるんだから、そんなポンポン新衣装なんて――」


「あるよ」


「あるの!?」


 コントみたいなやり取りが行われると綾はカバンからタブレットを出しテーブルの上に置くと画面をスライドさせていく。

 

「うわぁ、メイドさんの衣装が沢山描かれてますね。リボンやフリル可愛い」


「実はぶいなろっ!!全メンバーメイド化イベント計画が進んでいてね、全員分のメイド衣装を描いてるところなんだよね。やっと半分描き終わったとこ。六期生のメイド服はこれから着手するから、二人共もうちょっと待っててね。っと、あったあった」


 タブレットには白い薄手のロングカーディガンを羽織ったガブリエールのイラストが描かれており、そのセンシティブさに陽菜と月は驚く。


「あやママ……これってカーディガンが透けて……下着が見えてるんですけど」


「や……これ、普通にヤバくない?」


「大丈夫大丈夫、これ下は水着だから。ほら、カーディガンを脱いだ差分もあるよ」


「何か差分とか言われるとエロゲーのCG差分を連想しますね」


「普通にバージョン違いとか言えば良いんじゃ。差分て……」


「そう思うのはあんたらがエロゲやり過ぎて脳が焼かれてるからよ。ぶいなろっ!!のライバーは皆エロゲーやり過ぎだよ」


「R18じゃないのもちゃんとプレイしてますよ。私は今度の配信でバニーメイデンやりますし。ふぁっ! この水着、布面積少なくないですか!? 可愛いけど……エロ過ぎませんか?」


 カーディガンを脱いだガブリエールは白いセパレートタイプの水着を身に着けているのだが、その布面積は心許なく特に上側は乳肉がはみ出まくっていた。

 これを自分の分身であるガブリエールが実際に着てリスナーの前で「こんがぶ~!」とニッコリ笑っている姿を連想して陽菜は顔を真っ赤にする。


「いや! これやっぱりセンシティブ過ぎますよー」


「うーん、これでも抑えたんだよ? 最初、下はTバックだったからね」


「アハハ! いくら何でもそれはやり過ぎっしょ!! あやママ、ウケるーーー!!」


 綾のTバックという単語に陽菜は反応した。

 つい最近、実際に自分が身に着けている姿を犬飼にガッツリ見られてしまっている。犬飼から見て自分はどのように目に映っているのだろう?


「あの……Tバックを穿いている女性って男性にはどんな風に見られるんですかね?」


「「……え? それどう言うこと?」」


「実は……」


 陽菜は引っ越しの当日、自分が犬飼にやってしまった粗相の数々を話し二人に相談した。その結果、月は涙を流して爆笑し綾は溜息を吐いていた。


「アッハハハハハハハハ!! さすがは、ガブ! 配信でも現実でも奇跡を起こす女!! あんたそれ完全に痴女と思われてるよ。普通、Tバック姿なんか初対面の男にモロに見せないって」


「いや~、こればっかりは大事に至らなくて良かったというか……その犬飼さんって男性に感謝だね。ガブ、本当に行動には気をつけなー!」


 いたたまれなくなってお茶をちょびちょび飲む陽菜。一方の月はひとしきり笑うと呼吸を整えながら話題を変える。その様子はどこかソワソワしている感じだ。


「そ、そう言えばさあ、ガブがその街に引っ越したのはワンユウに会うためだったよね? まだ本人には遭遇してないの? もしくはそれっぽい人とかさあ……いや、別に気にしてる訳じゃないよ? あのクソザコが実際どんな男なのか一回見てみたいなって……」


「ルー、あんた……そう言うのを気にしてるって言うんだよ。ワンユウ君に対して興味津々すぎでしょ。まあ、私としてもウチのライバー二人を撃墜したリスナー君には興味あるけどね。あ、勘違いしないで欲しいけど私は三次元の男に興味ないから」


 ルーシーこと月影月は、ガブリエールとの単独初コラボでの一件以来ワンユウにご執心になっていた。

 現在ではガブリエールとコラボする際にはガブ並にワンユウ弄りをするようになっている。


「まだ引っ越ししたばかりだし、知り合いも犬飼さんしかいないから……。それに、ここからは急がずにゆっくりワンユウさんを探してみようと思うの」


「へぇ、それはどうして?」


 ワンユウ狂いの陽菜なら街中の草の根を分けてでも捜索すると思っていたのに、意外な答えが返ってきたため綾は疑問に思い問う。

 陽菜はお茶の入ったコップを両手で持って、そこに視線を落とす。


「ここまで勢いで来ちゃったのに今さらって思われるかも知れないんですけど、何だか怖くなっちゃって。配信ではテンションが上がっていつか会いに行きますとか言っていてもワンユウさんから了承は得られていないし、それなのに実際に目の前に私が現れたらどう思われるんだろうって思っちゃったんです。迷惑だって思われたらどうしよう、怖がられたらどうしよう、拒絶されたらどうしようって。だから今は……今だけは、あの人の近くに居られる今のままでいたいって思うんです」


 陽菜の切実な告白を受けて綾と月は黙ってしまう。沈黙がしばらく続くと綾が口を開いた。


「いいんじゃない、それで? そういう時の直感って大事だと私は思うよ。ガブの心の整理がついた時、ワンユウ君に会いたいって心の底から思った時に行動に移せば良いと思うよ」


「あやママ……はい、ありがとうございます」


 こうして陽菜のワンユウ探しは一旦中断となった訳なのだが、まさか新しい街で知り合った唯一の男がワンユウ本人だと考える者はこの場には居なかった。

 その事実を知っているのは社長のキャニオンとマネージャーの香澄のみ。この状況からどんな展開に持って行くのか、それはまだマジで誰も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る