第36配信 マネージャー香澄の萌え地獄 始動編②

 犬飼がワンユウと同一人物で間違いないという事実はさることながら、自らがサポートするガブリエールこと陽菜の運の強さにも香澄は驚愕する。


「この街に引っ越してきたのはワンユウさんのコメントやSNSでのつぶやきを情報源にしていただけで確証なんて無かったハズ。それなのに同じ街どころか引っ越し先の近所に標的が居て、いきなり知り合ってラッキースケベをぶちかますとか……そんな神がかりなミラクルある!?」


 こうなってくると犬飼と陽菜が互いにワンユウとガブリエールであると発覚するのは時間の問題。それならそれで陽菜の宿願が果たされるので結果オーライだと香澄は思い直す。

 ただ、そうなると陽菜は無意識下に抑え込んでいる性欲を爆発させて暇さえあれば犬飼とワンワンガブガブにのめり込み配信どころではなくなる可能性もある。実に悩ましい。


 陽菜の幸福を思えば犬飼がワンユウだと今すぐにでも教えてあげたい。

 今手にしているスマホでAINE経由で『犬飼はワンユウ。繰り返す犬飼はワンユウ』と陽菜に送信すれば、今日の夜にはギシアン案件になるだろう。

 

「まさか、こんなにあっさりワンユウさんが見つかるなんて夢にも思わなかった。どうしよう、ガブさんに教えるべきか教えざるべきか……よし、決めた! 面白いから放っておこう!!」


 マネージャー相良香澄は傍観を決め込んだ。一応ぶいなろっ!!の社長に報告はするが、何も自分が教える必要は無い。様子を見よう。

 ここまで奇跡的な出逢いを果たした二人なら勝手にお互いの素性に気が付くはず。 

 それを特等席で見守るのもガブリエールのマネージャーとしての特権ではないのだろうか?

 そう香澄は判断した。こんなに面白い出来事は人生において一度あるかどうか。自分が当事者だったら非常に大変だが、幸いにも自分は傍観者。

 気分は映画館でポップコーンを食べながら爆笑して鑑賞する感じ。控えめに言ってマジ最高なのである。


「……あたしの人生始まったなこれ。まさかガブさんがあたしの人生にここまで衝撃をもたらしてくれるなんて思いもしなかった。こうなったら地獄までお供する所存! 多分すぐに互いの素性に気が付くと思うけど、少しだけ手助けしておこうかな」


 陽菜の宿願達成の手伝いをしようと決意した香澄はトイレから出てきた犬飼を見てほくそ笑む。今や彼女の目には犬飼は楽しい話題を提供してくれるカモネギにしか見えていない。

 総帥ワンユウと推しのガブリエールで遊ぶ姿勢はガブリスの一員として正しい生き様なのかも知れない。


「席を外して済みませんでした。それで何処まで話しましたっけ?」


「ワンユウさんについてどう思いますかと言う話でしたが、それについては終わりにしましょう。それよりも犬飼さんに折り入って頼みたい事があるんです」


 香澄は手を組んでさも真剣そうな雰囲気を出しながら犬飼に話しかける。ただしその胸中は少女漫画の最新話を読み始めた乙女の如くワクワクしていた。


「どうしたんですか、改まって?」


「陽菜の事なんですが、犬飼さんもご存じの通り彼女はかなり天然なところがありまして、特に男性との距離感は未だに掴めていないんです。昨日みたいな事にはならないにしても悪い男が寄ってくる可能性があります」


「なるほど」


「あたしはそんなに頻繁に陽菜の所へ来れないので、あの子の近くに信頼できる人物がいてくれると安心できます」


「そうですね」


「それなので、ガブちゃんの配信が無い時でいいので陽菜の様子を見に行って貰えないでしょうか? 陽菜には私から説明しておきますので」


「はぁぁぁぁ!? いや、それおかしいでしょう! 太田さんには好きな人がいてその人と一緒に暮らすんでしょう? だったら何の問題もないじゃないですか。俺が様子を見に行く必要なんて無いですよ」


「ああ、その好きな人の話は忘れてください。もうどうでもいいので」


「どうでもいい!? いやなんか、結構真剣な雰囲気で話してましたよね? 太田さんに好きな人がいるって話は嘘だったんですか?」


 香澄の訳の分からない言動に驚かされる犬飼、彼は配信中でも配信外でもガブリス関係者に振り回されていた。

 そんな犬飼の戸惑いなんて知った事かと香澄は陽菜のため、そして何よりも自分のために我を通そうとしていた。


「嘘じゃないですよ。でも、本当に陽菜の好きな人に関しては忘れて貰って大丈夫です。確実にあなたの前に姿を現わす事は無いので!」


「何だか怖い展開になってきたなぁ……」


「とにかく陽菜に悪いオオカミが襲いかからないように犬飼さんに見守って欲しいんですよ」


「そんなの嫌ですよ! 万が一昨日みたいなことになったら俺がオオカミになる可能性だってあるんですよ!? と言うか、オオカミにならない自信がありません。俺、一応男ですからね!」


「まあ、犬飼さんが我慢出来ないと言うのなら、そのまま陽菜にパクついて貰っちゃって全然構いません。むしろ思い切りぶちかまして貰った方が陽菜のためにも良いと思うんです。男性を知ることも大事ですから」


「あんた本当に太田さんの友達か!? ぶちかますとか、友人にそんな事をするように言うか普通?」


「はぁ……ワンユウさん、そんなこと言っていたら本当に一生童貞のままですよ。良いんですかそれで?」


「別にそう言う訳じゃ……あれ? 今何て言いました? それにどうして俺が童貞だって知って……。あれ、聞き間違い?」


「そんな些細な事はどうでも良いじゃないですか犬飼さん。ここだけの話、陽菜はIカップですよ。本物のIカップを好き放題するチャンスがコロコロコロリンチョと転がってきたんですよ? Iカップ……転がしたくありません?」


「なっ!? あれが本物のIカップ!? 道理で圧倒的なわけだ。……ハッ! いかんいかん悪魔の囁きにたぶらかされる所だった」


「正直な話、陽菜って可愛くてナイスバディでしょ? 世間知らずな部分もあるから本当に悪いオオカミが寄ってきて騙される可能性があるんですよ。そんなのにヤられるぐらいなら、陽菜が信頼を寄せている犬飼さんにヤられる方が全然良いんですよ。陽菜はハッピー、ワンユウハッピー、皆ハッピーじゃないですか!」


「俺にはあんたの頭の中がハッピーエンドしてるように見えるよ! よくよく考えたら、あなたもガブリスの一員だった。そんなのに相談した俺がバカだった。クソッ! 何で俺の周りにはこんな奇人変人しか居ないんだよぅ……て、あれ? 今、俺のこと何て言いました?」


 結局、犬飼(ワンユウ)は陽菜(ガブリエール)のIカップの魅力と香澄(暴走マネージャー)の勢いに負けて定期的に陽菜の様子を見に行く事になった。

 この件は香澄から陽菜へと説明されたが、当然犬飼がワンユウであることは伏せられたままである。

 香澄はすぐに二人がお互いの素性に気付くと思っていたがその思惑は外れてしまい、二人の甘酸っぱいやり取りに萌え苦しむ事になる。その様子が語られるのはまた別のお話。

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