第33配信 ラッキースケベって問題だらけだからね

 俺はね、何度も断ったんだよ。このまま家に帰るって何度も言ったの。

 でもね、太田さんがね、とにかくお礼をしたいと言って聞かなくて結局彼女の家にお邪魔する事になったんだよ。


 頼むからもうラッキースケベとかマジで何も起こらないで欲しい。ラッキースケベって漫画とかで見てる時は楽しいけど、実際起こったら問題だらけだからね!

 だってあれ、セクハラじゃん。セクハラのオンパレードじゃん。一般的にはセクハラなんてしたら社会的に抹殺されるからね。その後の人生に大きな支障を与えるからね。

 ラッキースケベなんてイベントが起こって欲望のまま暴走なんかしたら……訴えられて人生破滅だからね。


 つまり何が言いたいかというと……俺は今、試されている! 

 現在目の前に座っている巨乳眼鏡美人ラッキースケベられ体質天然性格に加えて男への危機管理能力ゼロという、そこに存在するだけでセンシティブな展開が巻き起こる女性と密室で一対一の状況にいる。

 しかもこの密室は彼女の家……彼女のテリトリーだ。何が起きても不思議じゃ無い。

 しかもここにいると、午前中に目の当たりにした彼女の巨乳谷間、ムッチリ太腿、黒いセクシー下着、顔面おっぱい押しつけ事件を思いだしてしまう。心中穏やかでは無い。

 

 一瞬でも油断をすれば命取りになりかねない。もしもここで天国を味わう事になれば、それは即地獄行きになると言うことに他ならない。

 そう、俺は今これまで培ってきた理性を保てるか運命に試されているんだ!


「済みませんでした。コーヒーとか紅茶があるはずなんですけど、どの段ボールに入っているか分からなくて……」


 引っ越し直後のためリビングには段ボールの山が築かれていて、幾つか箱を開けて中身を確認したが結局コーヒーも紅茶も姿を現わしてくれはしなかった。

 それ故にわざわざマンションの近くに設置されている自動販売機まで行って飲み物を購入し太田さん宅に戻るという不可解な行動をしていた。

 今思えばあの時に帰れば良かった……俺のバカ野郎。


「気にしないでください。それにしても荷ほどき大変そうですね」


「はい。でも、夕方には友達が来て手伝ってくれる予定なんです」


 援軍が来る! この密室が時間制限付きだと聞いて安心した。とにかく心を落ち着けてこの場をやり過ごそう。


「今日は本当にありがとうございました。犬飼さんが居なかったら今頃どうなっていたか……。それに犬飼さんみたいに優しい人がご近所さんだなんて凄く嬉しいです」


「そう言って貰えると俺も嬉しいです。――そう言えば、太田さんは仕事でここに引っ越して来たんですか?」


 ちょっと踏み込みすぎたかと思ったが、太田さんの友達が来るまでの時間稼ぎに話題を振ってみる。太田さんはちょっと考える仕草をすると笑みを見せて口を開いた。


「そうですね。半分は仕事の為でもう半分は……秘密です。ごめんなさい、ちょっと説明出来なくて」


「いえ……」


 今、彼女の顔を見て何となく分かった。一瞬とても嬉しそうな、誰かを想っている顔をしていた。それはきっと彼女にとって特別な存在なのだろう。――つまり、彼女は誰かに恋をしているんだ。

 だとすれば、そんなプライベートな事にこれ以上首を突っ込むのは良くない。

 

 話題を変えよう。引っ越して来たばかりだし、この辺の店について説明しよう。

 それなら俺も色々と話すことが出来る。一応この街には何年も住んでいてそれなりに詳しいからな。


 ……説明したらどうもおかしい。彼女は今日この街に引っ越して来たばかりのハズなのに駅周辺の店に結構詳しかった。

 俺が以前SNSのZでつぶやいた飲食店なんかについても全部知っているみたいだ。引っ越し前に周辺の店についてリサーチでもしていたのだろうか? 


 他にも気になるのはこの街の店について話をしている時の太田さんの表情だ。

 さっきプライベートにちょっと踏み込んだ際は純粋に優しい笑みをしていたのに、この街の話をするにつれてどんどん色っぽくなっている。

 と言うか俺の直感が間違っていなければ発情しているような……何か変な妄想を膨らませているような感じがする。

 ラッキースケベを誘発する体質と相まって危険な感じしかしない。この場から離脱するなら今だ。

 

「あー、そろそろ夕方になるし帰りますねー」


「本当ですね、もうこんな時間。犬飼さん、ありがとうございました」


 太田さんは立ち上がると会釈して俺に手を差し伸べる。俺も握手に応えようと立つと足に違和感を覚えた。

 やべっ、ずっと正座してたから痺れて感覚が無くなっている。

 立ちそこねて前のめりに倒れ、目の前に居た太田さんを床に押し倒してしまった。


 とっさに片手で床に手を突き、もう片方の手を太田さんの背中に回して床への直撃は避けられた。危なかったぁ。


「済みません、大丈夫で――!?」


 一瞬心臓が止まったかと思った。俺と太田さんの顔は数センチほどの距離にあって、至近距離で彼女と目が合う。


「あ……」


 太田さんの口から小さく声が漏れた。驚いた拍子で漏れ出た声、それは小さな声だったけれど、とても甘い感じで俺の理性を揺さぶる。

 必死に保ってきた理性の糸がプツッと切れる感じがした。

 あれこれ考えるのが馬鹿らしく思えてくる。このまま本能に身を委ねてしまった方が楽になれると身体のどの部分も言っている。


 無意識に自分の唇を彼女の唇に近づける。あとちょっとで触れると思った時、ガブリエールの悲しんでいる姿が脳裏をよぎった。

 冷水をぶっかけられたみたいに一気に冷静になり慌てて太田さんから離れる。

 

「……済みません、俺……」


 危なかった。もしあそこでガブリエールが出てきてくれなければ俺は今日知り合ったばかりのご近所さんにとんでもない事をしていた。

 ありがとう、ガブリエール。今度の配信でお礼のコメントを入れるから。

 太田さんはゆっくりと上体を起こすと頬を赤く染めて座り込んでいる。ちらっと俺を見て目を逸らした。

 完全に嫌われたと思っていたら彼女が口にしたのは意外な言葉だった。


「私の方こそごめんなさい。その……私、ずっと女子学校に通ってて……男性とこうして話した事もほとんど無くて、距離感とか分かってませんでした。それに男の人がそうなっちゃうのは知識として知っていたハズなのに……意識が足りてませんでした。ごめんなさい……」


 どうやら今ので男がオオカミになっていた事実を理解出来たらしい。

 怒っている様子もないので問題ないって事で良いのだろうか? でも、何だ……そうなっちゃうって?

 太田さんの視線が俺の下半身に向けられていたので俺もそこを見てみると、俺の俺がフルパワー状態になっていた。

 ちょ、お前ナニしてんの!? なに俺の許可なしにマックスレベルで元気になってるの?

 太田さんは手で顔を覆ってはいるが興味津々とばかりに指と指の間から俺の元気君を見つめていた。

 あ……お願い……見ないでぇ……こんな恥ずかしい俺を見ないでぇぇぇぇ!


「ふぁあ、男の人って本当にそんな風に大きくなっちゃうんですね。凄いです」


「そんな感想は思っても口に出しちゃダメだからね!!」


 何だろうこの感じ。ガブリエールに思いっきり振り回される感じに似ている。俺は現実でも配信視聴時でもこうなる運命なのだろうか?

 俺は今まで誰にも見られたことが無かった元気君状態を見られ、彼女は俺に押し倒し&キスされそうになり、お互い男女というものを思い切り意識してしまっていた。


 どうしたものかと困っているとインターホンが鳴った。

 太田さんが対応し、そのまま彼女が玄関に向かっていくと別の女性の声が聞こえ、二人一緒にリビングに入ってくる。

 太田さんと一緒にいたのは黒髪ショートカットの女性だった。パンツスタイルで活発な印象を受ける。


「こんにちは、陽菜がお世話になったみたいで。本当に……沢山迷惑をかけたみたいで済みませんでした」


 その女性は初対面の俺に心底申し訳なさそうに謝った。きっとそれとなく事情を説明されたのだろう。

 この瞬間俺は「助かった」と言う思いと「この人絶対良い人だ」と言う思いで、何だか泣きそうになっていた。


「はは……迷惑だなんてそんな……助かりました」


「ちょ、ガ……陽菜! この人すんごい憔悴してるんですけど本当に何があったんですか!?」


 太田さんの友人であろう女性は俺の様子を見て驚いていた。

 そんなに疲れ切ってるのかな? 確かに心はボロ雑巾みたいに擦れきってるよ。安心したのかどっと疲れが押し寄せてくる。


 今しがた合流した女性は太田さんの友人で【相良さがら 香澄かすみ】さんと名乗りお互い挨拶を交わした。

 何はともあれこれで解放される。俺は二人が見守る中、太田さんの自宅から外に出ることが出来た。空がややオレンジ色になっており今が夕方だと知らせてくれる。

 色々とギリギリだったけど、とにかく間違いを起こさずに終わって良かった。


「それじゃあ、失礼しました」


「はい、今日はありがとうございました。犬飼さん、これからよろしくお願いします」


 俺は軽く会釈してマンションの自分の部屋へと戻っていった。とにかく疲れた。一回横になってゆっくり休もう、そうしよう。

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