第28配信 ソレイユ②

 コメント欄はガブリエールの新衣装と3Dモデルお披露目の驚きによって称賛のコメントで爆速状態だ。

 ガブリエールは少しはにかんだ様子で口を開いた。


『こんがぶ~! ぶいなろっ!!六期生、ゴッド&デビルの天使ガブリエール・ソレイユでーす!! えーと、驚いた方もいると思うんですけど、観て頂いた通り今回の歌配信で私の3Dモデルのお披露目となりました~!』



コメント

:888888888~!

:3Dモデルの投入早くね!?

:今までのぶいなろっ!!メンバーでも早くてデビュー後三ヶ月とかだったよね?

:デビューする頃にはもう3Dモデルが完成してたって事かぁ

:やっぱぶいなろっ!!の3Dモデルのクオリティはヤベーな。レベルがダンチだわ

:この展開は読めなかったわ~

:ぶいなろっ!!運営の本気度が窺える

:この3Dモデルでおっぱいビンタをして貰いたいと思った自分は汚れていますか?

:心配するな。この場に居るリスナーの十割は汚れている

:それって全員って事じゃないですかぁ! もうヤダー! と言いつつ同じ願望を抱いてる自分が通りますよ

:ガブちゃん前世の歌配信をアーカイブで観たけどメッチャ上手かったよ。昨日の予告から楽しみで仕方が無かった

:ガブちゃん十八番おはこのボクとキミのラブラボが来たら超嬉しいんだけど

:恋ラボ良いよね。以前だと中盤とか終盤で歌われていたイメージ



 コメントを見ると皆結構ガブリエールの前世配信を観ていて彼女の歌唱力を高く評価しているみたいだ。

 ラブラボを歌うのなら終盤に差し掛かって盛り上がりが最高潮に達する頃かな。以前はそのパターンが多かった。――そろそろ始まりそうだ。


『3Dモデルでの歌配信は初めてなので、今すっごい緊張してます。でも一生懸命歌いますので、応援よろしくお願いしまぁす!!』


 ステージの照明が消えて一旦暗くなるとスポットライトがガブリエール一人を明るく照らし出す。

 バーチャルライブ会場の観客席には疑似的な観客が大勢居て色とりどりのペンライトが発光している。そして――。


『それでは一曲目! ボクとキミのラブラボ~!!』


「……えっ?」


 ガブリエールが一曲目のタイトル名を叫んだ瞬間、俺は鈍器で頭を殴られた様な衝撃を覚えた。

 一曲目からラブラボ……? そんなパターンを俺は知らない。

 だって、あの曲は太陽の大好きな曲で彼女の十八番で、いつもここぞと言う場面で歌ってきた……空野太陽を象徴する曲だったんだ。

 それを一曲目で使うなんて……だとしたら、この先は一体どんな曲を歌うんだ? ラブラボ以上にこの場を沸かせられる曲があるのか?

 そんな疑問が次々に頭の中に浮かび戸惑っているとステージの照明が一斉にきらびやかに光り出しラブラボのイントロが始まる。そしてついにガブリエールが歌い始めた。


 ――その瞬間、コメント欄がざわめいた。

 歌の出だしからソレがはっきりと分かった。ガブリエールが歌うラブラボはかつての彼女――空野太陽が歌っていた時よりもずっと力強さと切なさと美しさが高いレベルのものに昇華されていた。

 昔、太陽の雑談配信の時に歌の相談をされた事があったが、素人がそれに適確なアドバイスを出来るハズもなく、卒業配信までにそこが克服できず悔しかったと最後の雑談で彼女は言っていた。


 今ラブラボを歌っているガブリエールはそんな苦手だった部分を克服していて、歌唱力が明らかに数段階上がっている。

 太陽が引退してから僅か三ヶ月足らずで、それまでに二年がかりで磨き上げたレベルを超える成長を遂げていた。

 歌配信を始めた当初は自信なさげに歌っていた彼女が、初めての3Dモデル歌配信であるにも関わらず堂々と楽しそうに歌っている。

 慣れていない状況でその様に振る舞えるのは練習に練習を重ねてきた自信があるからに違いない。そして、彼女が持っているリスナーを喜ばせたいと言う強い意志がそうさせるんだ。


 その瞬間、俺は自分の中にあった釈然としない感覚の正体が分かった。いや……これは分からせられたと言う表現の方が合っているかも知れない。

 この歌配信の曲順など構成を考えたのが誰なのかは知らないが、それを考えた人の意図が何となく分かる。

 この歌配信はガブリエール・ソレイユに対して空野太陽の幻想を抱き続ける者への鎮魂歌レクイエムだ。

 

 実際、俺がそうだ。俺はガブリエールが太陽の転生だと知って、彼女の配信を視聴する中で無意識にガブリエールを太陽と比較していた。

 雑談中のトーク、コラボでの立ち振る舞い、ASMR、チャンネル登録者数、同時接続者数――それらを比較して太陽の方が優れている部分を……彼女の存在を肯定できる何かを探していた。


 あの時……太陽から引退すべきか相談された時、俺は推しの幸福がリスナーの幸福だと言って彼女の背中を押した。――でも、そんなのは嘘っぱちだ!!

 本当は……本当はもっと一緒にいたかった!! ライバーとして成長していく太陽を側で見守っていたあの場所が俺にはとても居心地が良くて幸せでかけがえのない場所だった。

 だから本当はあのまま空野太陽としてVTuberを続けて欲しいと思っていた。


 でも、そんなのは俺のままだ!

 太陽に対して何の責任も持てないクセに、彼女の生き方に干渉する権利も度胸もないのにそんな我が儘を通すのか? 

 そんな本音と建前を天秤にかけて俺は建前を取った。それからはちゃんと自分の心に決着を付けて彼女を送り出したつもりだった。

 それなのに、今になって未練がましく太陽の幻を追っている自分がいる。

 目の前にガブリエールになった太陽がいるのに……彼女がそこにいるのに……過去の思い出に囚われて真っ直ぐにガブリエールを見ようとしていなかった。


 俺の心は太陽が卒業したあの日から一歩も前に進んでいない。

 だから、ことあるごとに彼女の卒業配信を観て自分の心を鎮めていたんだ。本当に――酷い話だ。

 そんな自分のバカさ加減を今の太陽――ガブリエールの頑張りを見ていて良く分かった。


 彼女は配信の世界から離れていた二ヶ月間、VTuberとしてのレベルを向上させるために必死に頑張っていた。

 だってそうでなけりゃ、雑談のトークも、コラボ中の相手への気配りも、歌も……こんなに上達する訳がない。

 それなのに俺はあいつの努力を否定する様な目で見ていたんだ。頑張っている今の推しを否定して過去の推しを肯定しようなんて、自分が情けなくてしょうが無い。


 だからこそ、俺は今この歌配信の一番最初にラブラボをぶち込んでくれた人に感謝している。

 そのお陰で自分で勝手に囚われていた太陽の幻想に気がつくことが出来た。

 そして自分のバカさ加減に気が付いた今なら、今度こそ曇りの無い目でガブリエールの配信を視聴出来る気がする。


 こんな自分の長く湿っぽいモノローグにケリがつくとコメント欄が暴走機関車みたいになっている事に気がついた。

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