第27配信 ソレイユ①

 ガブリエールのデビューからの滑り出しは好調だった。

 六期生のユニットコラボ、同期のルーシーとのコラボ(お蔵入り)を経てチャンネル登録者は着実に増えている。

 数ヶ月前までVTuber空野太陽として活動していた頃とは注目度が桁違いだ。

 まだ本格的な単独配信はしていないものの、初配信やぶいなろっ!!の先輩がコメント欄にやって来た二回目配信、それにユニットコラボ配信は既に切り抜き動画も作られており、その再生回数も数十万回に達するなど驚くばかり。


 そう、太陽はガブリエールになって以前よりもずっとずっと輝いている。

 でも、何だろう。ガブリエールが活躍して注目されるのを嬉しく思う反面、自分の中で何か釈然としない感覚があった。

 それについて考えてみても具体的には良く分からない。何ともスッキリしない変な感じがする。


 そんな事を考えながら会社から帰ってくると俺が住んでいるマンションのはす向かいに看板が設置されていた。

 

「へぇ、ここに一軒家が建てられるのか」


 しがないサラリーマンの俺にしてみれば一軒家を建てる事は凄いことだと思う。家を建てると言うことは誰かと一緒に生活することを念頭にしているのだろう。

 ずっと独り身の俺は賃貸物件で事足りるので家を建てるなんて考えた事も無い。――着工はまだ先みたいだけど完成したら暖かな家庭がここで育まれていくのだろう。


「うーん、俺にもいつかそんな家庭を築く日が来るのだろうか。全然現実味がないな」


 俺からしてみれば誰かと付き合ったり結婚したりなんて事は異世界転生する事と同じぐらい現実味が無いのだ。……考えていると悲しくなってくるので大人しく部屋に帰って飯を食おう。

 帰宅して夕飯の準備をしながらヨウツベを確認しているとガブリエールの配信予定が記載されていた。


「明日の夜九時から歌配信……か。最初はゲーム配信からやっていくのかと思っていたから意表を突かれたなぁ」


 歌配信と聞いて太陽の最後の配信を思い出す。あの時もリスナーの希望で歌配信になり、もの凄い盛り上がりを見せた。そして太陽は引退したのだが、それからまだ三ヶ月も経っていない。

 それなのに随分と昔の出来事のように感じてしまう。


「ガブリエールになって初めてあいつの歌を聴けるんだな。どんな歌配信になるのか楽しみだ……」


 その時、自分の中にモヤモヤとした感覚を覚えた。ガブリエールの配信が楽しみなハズなのに、そのことを考えると胸がざわつく。一体どうしたんだ俺は?


「あっ、そう言えば元太陽リスナー組はガブリエールの歌配信のことを知ってるのかな? 一応AINEでチャットしてみるか」



ガブちゃん愛してるグループ

ワンユウ:今晩はー

ブラテン:ワンユウ、今晩は。どうしたんだい?

ライト:新妻ガブリエールとデキ婚した男じゃないか。何かあったのか?

ワンユウ:あれはガブリエールの完全な妄想だろ! 俺だってあのASMRの夫をフライング野郎だと思っていた側だよ

ブラテン:そしたらそれは自分だったと。災難だったねw

ワンユウ:俺だって被害者なんだよ~(泣)

ライト:あのASMRでワンユウは公式にガブリエールの夫として認められたんだから結果オーライだろ。結婚オメデト

ワンユウ:リアルで会った事もないのに公式夫設定ってなんだよ! 第一アーカイブに残らなかったから黒歴史じゃないか。っと、脱線したな。明日の夜九時にガブリエールの歌配信があるみたいだけど確認した?

ブラテン:僕と白河は知ってるよ。ちなみに本人は今、僕の隣で提出書類を作るために残業中。僕はその手伝いをしてるところだよ

ライト:またホワリバの本名言ってるよ。後で怒られるぞ

ワンユウ:今さらの話だけどな。ブラテンの本名もホワリバが間違ってチャットに打って俺たち知ってるからなぁ

ブラテン:もういっそ僕は本名の黒山、ホワリバは白河のままで良いんじゃないかな。……あ、その白河が本気で手伝ってくれって泣いてるからここで失礼するよ

ワンユウ:それじゃ俺たちもこの辺りでチャット終わらすか。この記録を見れば他の連中もガブリエールの歌配信があるって気づくだろうしな

ライト:そうだな。ぶいなろっ!!に入って初めての歌配信だから、どういう感じになるのか楽しみだ

ワンユウ:……そうだな。それじゃお休み。キッズは早く寝ろよ、ライト

ライト:大きなお世話だ。お休み、ワンユウ



 AINEのやり取りを終えると無意識に太陽の卒業歌配信のアーカイブを視聴し始める。太陽が引退してからこういう事を時々やっている。

 特に最近ではガブリエールの生配信を視聴した後に太陽のアーカイブを観るという流れを繰り返していた。そうすることで胸につかえているモヤモヤが和らぐ感じがした。


「変な話だ……太陽の配信を観た後にまた太陽の配信を観るなんて……」




 翌日の夜九時になってガブリエールの配信が始まった。準備中の画面を眺めていると太陽の卒業配信の光景が頭をよぎる。

 実際、この時間になる前にまた太陽の卒業配信を視聴していた。自分でも異常だと思えるほど過去の配信を振り返っている。


「……もしかして俺は懐古厨にでもなったのだろうか? ……あ、オープニング画面が終わ……えええええっ!?」


 驚いて思わず大きな声を出してしまう。それもそのはず、配信本編が始まるとそこはいつもの風景では無かった。

 画面にはバーチャルの巨大ライブ会場が映っていてそのステージの中心に3Dモデルのガブリエールが立っていた。


 通常配信ではVTuberは大抵Live2Dモデルを使用しているが、企業勢など一部のライバーは3Dモデルを所有している。

 3DモデルはLive2Dモデルよりも作成費が高く、動作のクオリティを上げれば上げるほど金額も跳ね上がっていく。

 その点では、ぶいなろっ!!メンバーの3Dモデルは異常なほどのこだわりが追求されている。

 表情がくるくる変わるし髪の毛や身体、衣類、その一つ一つの動きが細やかかつ自然でまるで本当にそこに生命として存在しているのではないかと疑うレベルだ。


 まさにそんな高性能3Dモデルとなったガブリエールが、フリルがふんだんに使用された純白のアイドル衣装に身を包みマイクを持ってそこに居た。

 初配信時のLive2Dモデルを目の当たりにした時もその美しさに息を呑んだが、今回の3Dモデルの衝撃は更にその上を行っている。


「凄い……まさか、もう3Dモデルが完成していたなんて。しかも、それをデビュー間もない歌配信で解禁するなんて……」


 俺はぶいなろっ!!の箱推しでもあるので、この状況の異質さが分かった。

 少なくとも今までのぶいなろっ!!メンバーは3Dモデルの解禁にはデビューしてから数ヶ月の期間を設けている。

 それに3Dモデルは大抵、デビュー半年記念とかそのライバーにとって特別な配信の時にお披露目されていた。

 だからガブリエールのこの3Dモデルのお披露目はぶいなろっ!!内でも前例の無いパターンだった。しかも、歌配信用に新衣装のおまけ付きだ。

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