第13配信 私もう我慢できません

「あれ、ここは何処だ?」


 上半身を起こして辺りを見回すと俺はキングサイズのベッドで横になっていた。直前まで何をしていたのか思い出せない。


「どうしたんですか、ワンユウさん?」


「へっ?」


 すぐ隣から女性の声が聞こえて振り向くと、そこには頬を赤く染めて笑みを浮かべている太陽がいた。心なしか目が潤んでいるように見える。

 俺の左腕に手をからめてきて腕組みすると身体を押しつけてくる。その際、やたら柔らかい二つの山が腕に当たった。

 あれ? 太陽のアバターって割とスレンダーな体型じゃなかったっけ? 中身がIカップという話ではあったが……。


「ちょ、太陽どうしたんだ? 一体何を……」


「なにってぇ……ワンユウさんこそ何言ってるんですか? こんな場所に来てまでとぼける気ですかぁ?」


「こんな場所……?」


 もう一度周囲を確認すると割と広めの部屋だった。

 大きなテレビ、カラオケセット、ソファー、テーブルの上には食事などのメニュー表が置いてある。そしてガラス張りのシャワールームが存在感たっぷりに設置されていた。

 実際に利用した事は無いがこの構図は知っている。ここは間違いない――ラブホテルだ。


 え……え……? 訳わかんない。何で俺は太陽と一緒にラブホテルに来てるんだ?


「あれぇ、忘れちゃったんですか? 二ヶ月ぶりに会ってお外で夕食を一緒に食べて……それからラブホに私を連れ込んだのワンユウさんじゃないですかぁ」


「俺ッ!? 俺にそんな度胸と行動力があったのか……信じられない」


「ふふっ、それじゃ私は先にシャワーを浴びてきますね。それとも一緒に入ります?」


「どうぞお先に……」


 太陽は上機嫌でシャワールームの方へと姿を消した。その間、どうしてこうなったのか思い出そうとするもやっぱり思い出せない。

 すると鼻歌と共にシャワーの音が聞こえてくる。そう言えば、ここのシャワールームはガラス張りだった。

 いけないと思いつつ本能に負けてシャワールームへ視線を向けると湯気が濃くて内側が良く見えなかった。

 太陽らしき人物がいるのは何となく分かるが湯気でマジで見えない。角度を変えて何度も挑戦したが無駄だった。


「くそっ!! 湯気が濃い……謎の光レベルで全ッ然見えない……って俺はホント何してんだろう」


「シャワーお先にいただきましたー」


 慌ててシャワールームの側から離れてベッドに横になり何食わぬ顔をして待っていると、バスローブのみを身に着けたガブリエールがやって来た。


「お帰りーって、ええっ! ガブリエール!? 太陽は何処行ったの?」


「うふふ、変な事を言うワンユウさん。太陽は私なんだから別に驚くことないでしょ?」


「ああ確かに……いやいやいや、変わりすぎだろ。イリュージョンじゃないんだから」


 クスクス笑いながらベッドサイドに座るガブリエール。

 シャワーを浴びた直後のためか肌はピンク色に染まり、肢体の所々に付着した水滴は肌の表面を滑り落ちてバスタオルやシーツを濡らしていく。

 豊かすぎる胸の上半分が完全に露出していて特に重要な部分はギリギリ隠れている状況だ。 

 それに胸の谷間には水滴が集まり小さな水溜まりが出来ている。――何だこの視覚的インパクトは……。


「ワンユウさん……おっぱい見過ぎです」


「ごめん、つい……そ、そう言えばいつも頭上に浮かんでる天使の輪と翼はどこいったの? 見当たらないけど」


 気恥ずかしさのあまり無理矢理話題を変えるとガブリエールは嫌な顔一つせずニコニコしながら答える。


「ああ、あれは脱着式なんです。ですからいつでも身に着けたり外したり出来るんですよ」


「そ、そうなんだ。へぇー便利なんだねぇ。プラモデルのパーツみたいだね」


 はい、話題を変更したものの長く続かず終了。何だよ、プラモのパーツって! 

 自分が情けなくて手で顔を覆うと部屋の中が静まりかえり雰囲気が変わるのを肌で感じた。

 ベッドのスプリングがギシッギシッと軋む音がして顔から手をどけるとバスタオル一枚姿のガブリエールが四つん這いになって俺の目の前に迫っていた。

 彼女の顔が赤くなっているのは風呂上がりのせいか、それとも別の要因か……彼女の目は潤んでいながらも獲物を見つけたハンターのような意志の強さが感じられる。


「ワンユウさん……私……もう……我慢できません」


 静かにそう言うとガブリエールは俺をベッドに押し倒して下半身に覆い被さるように態勢を低くする。――俗に言う女豹のポーズというやつだ。

 その態勢になると上目遣いで俺の顔を見ながらペロリと舌なめずりする。扇情的な仕草を前に俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「ワンユウさんがいけないんですよ。二ヶ月間も私を放置して……そのせいでずっと切なかったんですから。――だからぁ、今日こそワンユウさんの生を貰っちゃいます」


「な、なまっ!? それってあれだよね、生コメントのことだよね? ね? ね?」


「……」


 ガブリエールは悪戯な笑みを浮かべたまま無言で俺の下半身に触れると勢いよくズボンを脱がした。


「ちょっ、何か言ってよーーーーーーーーー!!」


 脱がされたズボンは宙を舞うと遠く離れたソファに落下し回収不可能となった。俺の下半身は一枚の布によって守られているのみ。

 その布きれの端を両手で掴むとガブリエールはクスクス笑いながらさっきの質問に答えた。


「ふふふ……生コメントなら、お夕飯の時からたーっぷり頂いているのでお腹いっぱいです。だからぁ、今私が欲しいのはワンユウさんの別の生でーす。それじゃあ、さっそくいたらきまふ。あーんむ――パクッ」


「……あっ」




 その時、俺の視線の先にあったのはとても見覚えのある天井だった。

 

「……あれ? ここは……あれ? この天井は俺んちの天井……だよね? あれ? あれれ? ……あれ? ガブリエールは? あれ?」


 いやさ、もうね分かってるよ、さっきまでのエッロいシチュエーションが夢だったなんて事は。

 でもさ、認めたくないじゃん。あそこまでいってだよ? あそこまでいったらもうさ、最後までイかせて貰っても良くないですか!?

 聞こえたんだよ「パクッ」て……もうパクつかれてたんだよ、俺の俺が。

 確かに夢オチをこんなに否定したがっている自分が情けないとは思うよ。

 よくよく考えたらVTuberのアバターと触れあったり出来るわけないし、その時点で夢だと気が付くよ。

 でもさ、夢を見てる時ってそう言う細々とした現実設定忘れて何となく受け入れちゃってるでしょ。ちょっとした矛盾も全肯定して行動してるでしょ。

 だからさ……だから俺が何が言いたいかと言うとさ――。


「クッッッソォォォォォォォォォ!!! 一緒にシャワー浴びときゃ良かったぁぁぁぁぁぁ!!」


 自分の選択ミスを呪って何度も何度も枕に頭を打ち付ける。

 古今東西、夢の中でVTuberのアバターをラブホに連れ込んでこれからって瞬間にお預けエンドを迎えた野郎なんて俺ぐらいだろう。

 しかも、その相手はこれまで応援してきた推しだぞ。おまけにその推しの転生後まで参上する始末……リアルと偶像の区別もつかずラブホに連れ込む夢って何なの?

 俺バカなの? 死ぬの? 夢オチを本気で悔しがってる俺はマジで何なの!?


「うぅ……情けない。VTuberのアバター相手のエロい夢なんて血気盛んな中学生でもそうそう見ねえよ。俺は今二十四だぞ。大人で社会人のハズなのに、この歳でエロい夢なんて……でも、あそこまで行ったら最後までいってもバチは当たらないじゃないか。チクショウ!!」


 もうね、感情グチャグチャ。夢に未練タラタラな自分が情けなさ過ぎてグッチャグチャ。いっそこの世から消えてしまいたいと思うぐらい恥ずかしい自分がここにいますよ。

 誰にも迷惑をかけずこの世から去る方法を検索しようとスマホの電源を入れるとチャットアプリ『AINE』のチャット数が数十件になっていて驚いた。

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