第7配信 悩む必要なんか無いじゃない

 太陽の歌配信が開始されて暫くした後、彼女の緊急配信が行われた。


『皆、忙しい中来てくれてありがとうございます!』


:「緊急の要件らしいけど、何があったの?」


『はい! 実は空野太陽、この度チャンネル登録者が千人を超えまして――収益化と相成りました事をご報告させていただきます!!』


:「本当ッ!? マジでっ!!」


『はい! これもワンユウさんを始めとするリスナーさん達のお陰です。ありがとうございます!!』



コメント

:ウオオオオオオオオオオッ!!!

:おめでとう、太陽ちゃん!!

:おめでとう!!

:おめでとう!!

:めでたいなぁ!!

:おめでとさん!!

:グワッグワッ!!

:おめでとーーーーーー!!

:全てのVTuber達に……

:おめでとう!!

:あれ? ワンユウのコメントがないぞ?

:何処いった? おーい

:先生、ワンユウ君がいませーん

:アホ共、察してやりなさいよ

:ワンユウがどれだけこの日を待ちわびたと思ってるんだ



「ぐす……うぐ……うく……よかったぁぁぁぁ……よかったぁぁぁぁぁ!!」


 俺はパソコンの前で体育座りをして泣いていた。

 目標としていた太陽のチャンネル登録千人と収益化――それが達成された事で彼女が一人前のVTuberだと認められた気がした。

 それが嬉しくて仕方が無かった。独りで頑張っていた太陽が今では沢山のリスナーに見守られ、皆も彼女から元気をもらい賑やかな配信が当たり前になっていた。

 既にここは俺にとってなくてはならない場所になっていたんだ。


「あ……やべ、皆が俺を気にしてる……コメント……入れなきゃ……」


 涙が次から次へと出てきて画面もキーボードも良く見えない。それでも何とかコメントを打ち込む。



コメント

ワンユウ:太陽、おめでくぁwせdrftgyふじこlp

    :おい、これ……

    :ワンユウ、お前……

    :泣いてんのか? ワンユウ……

    :あ、ヤバ、俺も目が熱くなってきた……

    :なんだよ、バカー、お前らー、なに湿っぽngrt

    :お前も泣くなぁっwww

    :良かったな、ワンユウ。お前頑張ったもんな

    :本当だよ。お前のお陰で俺たち太陽ちゃんを見つけられたんだ

    :おとこには泣いて良い時がある

    :茶化すコメントも入れられないよー



『ワンユウさん、皆ァ……ひっく……ふぎゅ……ありがどうございまず!! ありがどうごじゃいまじゅ!! ふづづがものでずが、ごでがらもよろじぐおねぎゃいじまじゅ!!』


 こうして皆が泣きじゃくった太陽のチャンネル登録千人突破報告が終わり、泣き止んだ後は彼女の歌配信が行われメチャクチャ盛り上がった。




 それからも太陽の躍進は勢いを増していき、気が付けばチャンネル登録者数が一万人を超えていた。

 そして俺が太陽と出逢って三年が経とうとしたある日、ゲーム配信が終わって雑談をしている時に彼女の様子がおかしい事に気が付いた。

 いや、その日は配信が始まった時からおかしかった。いつもの皆を照らすお日様みたいな元気は鳴りを潜めうつむき加減だった。

 ゲーム配信中も集中力が欠けており、空野太陽というVTuberを知っている者からすればこれが異常事態であった事は一目瞭然だ。


:「太陽、元気が無いけど何かあった?」


 単刀直入に訊いてみるとしばらく逡巡した後に太陽は重い口を開いた。


『実は……その……プライベートで色々とありまして。……もしかしたら私、空野太陽を辞める事になるかも知れないんです』


「えっ……?」


 いきなりの衝撃発言に頭の中が真っ白になった。VTuberとしてこれから躍進していこうと言う時だったので俺も皆も驚いていた。



コメント

:えーーーーーー!!

:何でまた!?

:一体何があったの!?

:太陽ちゃんがいなくなっちゃうなんてイヤだよ

:落ち着けヒヨッコ共! 最後までちゃんと話を聴け

:ワンユウ、お前も落ち着きなさい

:深呼吸しろ



:「わ、分かった。そうだな、深呼吸……深呼吸……」


 深呼吸しようとしても深く息が吸えなくて浅い頻呼吸になってしまう。就職活動の面接の時より動揺している。

 依然として俺の頭の中は真っ白のままだ。心臓の音がうるさく感じる。リスナーの中に冷静な仲間がいてくれて助かった。

 コメント欄が静まりかえる中、太陽が続きを話し始める。


『ごめんなさい、詳しくは話せないんです。……でも……でも、これは私の意志次第でどうにかなるんです。だから、私が望めば空野太陽は居続けられるんです』


 できる限り自分を落ち着かせて太陽の話を聴いてみると不思議な話だった。彼女が希望すれば空野太陽は存続できる。けれど、本人は悩んでいる。

 それはつまり――。


『だ、だから皆が私を必要としてくれるなら……これからもVTuber空野太陽が居ても良いって言ってくれるなら私は――』


:「太陽、一つ訊いていいか?」


『ワンユウさん。……はい……』



コメント

:そうだ、ワンユウが居るじゃないか!!

:ワンユウが太陽を必要だって言えば良いじゃない!

:そうよ。それで万事解決じゃない!

:パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない!

:よくこの空気でボケをかませられるな……

:それが俺たち太陽親衛隊の強みじゃない!

:もうヒ〇メルはいないじゃない!

:いつか言うと思ったじゃない!



 この空気の重さに耐えられなくなった仲間たちが場違いだと自覚しながらも暴走を始めた。コメントにいつものキレは無くネタの粗さが目立つ。皆の精神はそう長くは持たないだろう。


:「太陽のプライベートの件ってさ。それは君にとって、とても良い話なんだよね?」


『それは……でも……!』


:「この際、俺たちリスナーの事は置いといてさ。あくまで太陽個人にとってはどうなんだ? そこをちゃんと知っておきたいんだ」


 俺の意見を伝えて太陽の答えを待つ。さすがにこの時ばかりは皆も茶化すコメントを入れる余裕は無かった。


『私の頑張りによりますけど、上手くいけば私にとって良い話なのは間違いないと思います』


 その声は真剣だった。アバターの目は画面越しに真っ直ぐ俺たちリスナーを見つめていた。


:「そっか……だったら何も悩む必要なんか無いじゃない!」


『えっ……? ワンユウ……さん?』



コメント

:ワンユウーーー(泣)

:お前、ここで俺たちの安価コメント拾うのかよ(泣)

:お前ならそう言うと思った

:そうだよな、それが太陽ちゃんにとって良い話なら……

:俺たちリスナーが応援しなくて誰が応援するんだって話よ

:よく言ったぞ、ワンユウ

:それでこそ俺たち太陽親衛隊のボスだ

:ワンユウ、お前がナンバーワンだ



 コメントを見た太陽の目から涙がポロポロこぼれていく。そう言えば、出逢ったばかりの頃この機能は無かったな。

 笑顔のまま泣いてる事なんてしょっちゅうだった。途中から泣けるようにして貰ったんだよな。

 少しずつアバターで表現出来る事が増えていってそれを喜んで報告してくれたっけ。懐かしいよ。


:「ほら、皆も言ってるだろ。俺たちは皆、空野太陽を応援してるんだ。君の幸福が俺たちにとっての幸福なんだよ」


『でも……でもぉ! 今の私があるのは……空野太陽があるのはワンユウさんや皆のお陰なんです! それなのに……皆が支えてくれたのに……これじゃあ……』


:「俺たちが太陽の配信を観に来てるのは、俺たちがそうしたいから――つまり俺たちの我が儘なんだよ。その俺たちが頑張れって言ってるんだ。素直に受け取ってくれよ」


『ふぇ……ふぎゅ……うう……うあああああああん!! ワンユウ……さん、皆ァァァ、ありがとう……ありがとう……ありがと……ございます……!』


 こうして空野太陽の引退が決まり、一ヶ月後に彼女の卒業配信をする事が決定した。

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