第8配信 私をまた見つけてくれますか?
太陽の引退が決まってから一ヶ月が経過した。あの日から彼女は配信に一層力を入れ、ほぼ毎日配信をしている。
それはまるで俺たちとの思い出を少しでも多く作ろうとしてくれているみたいだった。
――そして、とうとうその日がやって来た。
『皆ァァァァァァ! 忙しい中、私の最後の配信に来てくれてありがとうございます! 誠心誠意頑張りますので、よろしくお願いしまぁぁぁぁぁぁぁす!!』
「始まった!!」
コメント
ワンユウ:おおおおおおおおおおおおおおお!!!
:太陽ちゃーーーーーーーん!!
:俺たちも負けていられないぞーーーーー!!
:吠えろ、野郎共ーーーーー!!
:うおおおおおおおおおおっ!!
:てりゃあああああああああ!!
:わあああああああああああ!!
:わっせええええええええい!!
:どらっしゃあああああああ!!
:ふぉおおおおおおおおおお!!
太陽の最後の配信は歌枠だ。事前に皆に希望を訊いて、太陽の歌声を満喫したいと満場一致で決まった。
太陽は本当に歌が上手くなった。
最初は照れや不慣れで途中で止まってしまうなんて事もあったけど、配信で披露する事で本人も楽しかったらしく練習を頑張り歌がどんどん上手になっていった。
この三年で太陽は複数の衣装を実装しており、歌が進むにつれて衣装をチェンジしていく。
その何れにも思い出が残っている。それぞれが彼女から相談され皆で考えぬいた一着だ。
コメント
:あのピンクのフリル衣装は俺の好きなやつだ!
:アタシも大好き! スカートのフリルが揺れるのが可愛いの
:太陽ちゃん、マジで歌上手くなったよなぁ
:オレ、この配信忘れないよ
:俺も忘れない絶対
:良い感じであったまってきたよな
:ワンユウ、そろそろあれやろう!
:「そうだな、ここで一発かまそう!」
コメント
ワンユウ:皆、いっくぞおおおおおおおおお!! せーーーーーのっっっ!!!
:L!!
:O!!
:V!!
:E!!
:太陽!!
:ちゃーーーーーーん!!!
:愛してるよーーーーー!!!
:太陽ちゃーーーーーーーん!!!
『――っ!! グスッ……み、皆ァァァァ、ありがとーーーーー!! 私も皆の事が、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい好きっっっ!!! それじゃあ、次の曲に行きます! ボクとキミのラブラボーーーーーーーーー!!』
ボクとキミのラブラボは太陽の十八番だ。甘酸っぱい初恋を描いた恋の歌。明るくもちょっと切ない恋の歌。――太陽本人もリスナーも一番盛り上がる曲だ。
コメント
:恋ラボだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
:キタキタコレーーーーーーーーー!!
:太陽ちゃんの一番得意なやつだーーーーー!!
:ますます盛り上がってきました!!
:うわぁぁぁぁ! もうらめ、泣いちゃうよ!
:バカまだ早い。エンディングまで泣くんじゃない!
ラブラボが始まるとコメント欄は更にヒートアップして自分が入力したコメントが一瞬で欄外に飛ばされてしまう。
太陽とリスナーが一体になったこの歌配信は、俺の目の前にある小さな画面をまるで巨大なライブ会場のように錯覚させる。
俺たちの声は文字の羅列でしかないけれど、それでも太陽の心にしっかりと届いているんだ。
「ああ……そうだ。俺はこれが見たかったんだ。沢山のリスナーに囲まれて、その中心で太陽の様に輝くキミを……皆を明るく照らしその暖かさで笑顔にするキミを見たかったんだ」
胸が熱い、身体が熱い、目が熱い、嬉しくてしょうが無くて、それでもこれが最後だと思うと切なくて感情がグチャグチャになってしまう。
目から溢れる涙をどうしても抑えられない。
「ありがとう、太陽。こんなに素敵な光景を見せてくれて……ありがとう!!」
太陽は一生懸命に歌っていた。今までもそうだったけれど、特に今の彼女の歌声は俺たちリスナーの心を鷲掴みにし揺さぶり魅了していた。
こうして過去最高の歌配信は皆に大絶賛されながら終了し、その後は雑談の時間になった。
話題は太陽が個人勢VTuberとしてデビューしてから今日までの配信で特に思いでに残っている事に関してだ。
『そうなんですよねぇ。あの時ワンユウさんが居てくれなかったら、私はレトロゲームを独りで配信してるだけで歌配信なんてしていなかったと思います。それどころかとっくの昔にVTuberを引退していたんじゃないかな?』
コメント
:はい! 太陽ちゃんとワンユウのノロケ話がまた来ましたよー
:二人の馴れ初めの話なら一万回は聞いたぞよ
:このノロケを聞くために来てるまである
:逆に太陽ちゃんの口からワンユウの名前が出てこない方が心配になる
:ワンユウって普段大人しいけど意外と情熱的なのよね。……ポッ……
:ベッドの上の彼は別人みたい。それはもう野獣みたいに変わっちゃうの
:ギシッギシッギシッギシッギシッ!! ドッカーン!!!
:ベッド爆発するほど激しすぎてワロタ
:「俺の事なんてどうでもいいから、もっと太陽と話をしなさいよ!」
どいつもこいつもずっと俺を弄ってくる。それがいつもの雑談の流れだったけど、こんな時までやるとは筋金入りだなこいつら。
『そ、そうなんですか!? ワンユウさん、その……エッチの時にそんなに激しくなっちゃうんですか!? ……ゴクリ』
:「お前が一番興味持ってどうすんだよ!! 第一そんなの俺だって分からないよ! ……ハッ!!」
コメント
:フハハハハハハハハ!! 引っかかったな、ヴァ~カめ~!
:編集長、そうなんです。ワンユウは童貞です。……え、ソースですか?
:本人の自白です
:ワンユウの
:春はいったい
:いつくるの?
:ちゃんと季語あるな。合格!
:俳句になってて草
:太陽ちゃん、ワンユウはまだ清い身体みたいよ
:汚すなら今よ
『そ、そうなんですね。へぇ~、ワンユウさんってまだ女性を知らないんですね。へぇ~ふぅ~ん』
:「だからお前が一番情報に翻弄されてどうするんだよ! そう言う太陽だって人のこと言えないだろう!?」
『そ、それは三年も前の話じゃないですか! いいですか、ワンユウさん。三年もあれば女性は色々と変わるんですよ』
:「……へっ? そうなの……? まさか……」
コメント
:変わるわよっ!
:童貞と処女の罵り合いが始まったぞ
:いいぞー、もっとやれー!
:浅い恋の駆け引きですな
:この二人、恋愛レベルが中高生以下なんだよなぁ
:ワンユウ、あっさり騙されてるwww
:太陽ちゃんの話は本当。HカップからIカップになった言うてたで
:オー、愛カップ。ワンダホ~!
:ワンユウ、お前もこの三年で変わった所を見せてやれ!
:そうだそうだ、三センチ位大きくなったって言っとけ
:何ですか? ナニが三センチ伸びたって言うんですか!?
:答え分かってて言わせようとしてるの草
:「くっ……悔しいけど、そんな劇的変化は……無いっ!!」
『やったぁ! 私の勝ちですね』
かくして俺と太陽の口げんかは太陽の勝利で終わった。と言うかいつから戦いになっていたのだろう?
こんな調子で笑い話が続きこの時間が永遠に続けばと誰もが思っていた。――でも、全てには必ず終わりが来る。
コメント
:さてと、それじゃそろそろ行くか!
:……だな。それじゃ皆、ワンユウ、太陽ちゃん……またな!
:皆とはまた何処かで会う気がする。だからさよならは言わないよ。またねー
:太陽ちゃんの配信すっげー楽しかったよ。バイバーイ
:それじゃお先にー! また会おうね
:太陽ちゃんとワンユウのやり取り好きだったよ。いつかまた見たいな
:太陽ちゃん配信お疲れ様でした。ワンユウもお疲れ様ー
:それではオジャマ虫は先に退散しますかね。ワンユウ、ちゃんとエスコートすんのよ
:バイバイ太陽ちゃん、バイバイワンユウ!
:皆ァァァァァ、また会おうなーーーーーーーー!!
コメントが少なくなっていくとやがて更新が止まり静かになった。祭りの後のノスタルジーな雰囲気だ。
『皆、いなくなっちゃいましたね』
:「そうだね、残ったのは俺たちだけか……」
『ワンユウさん、この感じ懐かしいですね』
:「俺も同じ事を思ってた。太陽の配信を手伝い始めた頃は中々他のリスナーが来なくてしばらくは俺一人の
『閑古鳥ってひどーい……ふふ……ふふふ……確かに静かでしたよね。あの頃がずっと昔のような、それでいてついこの間のような……不思議な感じです』
俺も同じだった。太陽と初めて会った、ポコボイの謎のゲーム配信。あれが昨日の出来事のように感じる。
『……今だから言っちゃいますけど、私……あのままでも良かったかなって思ってるんです。ワンユウさんと二人だけで……そういう道も……きっと楽しかっただろうって……』
:「それは確かに楽しいかも知れないけど、それじゃ配信にならないだろ。二人だけだったら、そんなの家でやるのと同じじゃないか?」
『……もう! ワンユウさんって本当に朴念仁ですよね。どうせ彼女なんて出来た事ないんでしょ?』
:「なっ……! お前が俺の何を知ってるって言うんだよ!! 俺にだって彼女の一人や二人ぐらい――」
『本当の事を話すなら今のうちですよ』
:「ごめんなさい。嘘つきました。彼女なんて出来た試しがありません」
太陽がニコニコしている。くそ、俺がぼっちなのがそんなに楽しいのかよ。
『へへ……最後に良いこと聞いちゃいました。……そう、最後……なんですよね。これが最後……』
:「そう……だな……これが最後なんだよな」
『最後』という言葉を二人で何度も繰り返し口にする。改めて太陽と会うのはもうこれが最後なのだと自覚する。
そうだ、俺から切り出さないといけない。彼女を……空野太陽を卒業させると言い出したのは他の誰でもない俺なのだから。
そうしなければ彼女は先に進めないのだから――。
:「太陽、この三年間とても楽しかった。こんなに楽しくて充実した時間は初めてだったよ。ありがとう! ――これからも頑張れよ」
『ワンユウさん……私も……私もワンユウさんと過ごしたこの三年間……とても幸せでした。私を見つけてくれて……一緒にいてくれて……あり……ありがとうございましたぁぁぁ!!』
言葉を詰まらせ泣きながら太陽は俺に感謝の言葉をかけてくれた。こうして俺と彼女の別れの儀式は終了した。後は……後はこの場から去って終わりだ。でも――。
『ぐすっ……えぐっ……うあぁ……ああ……!!』
いいのか、これで……? こんな風に泣いて太陽と別れるのか? ――嫌だ!
こんな……こんな終わり方をしたかったんじゃない! もっと……本当はもっと一緒に……!!
:「……太陽……君にずっと訊こうか迷っていた事があるんだ」
『……ぐすっ……な、何ですか……?』
「君はあの時、空野太陽を辞めるかも知れないって言ったよね? 配信者を辞めるとは言ってない。――そう考えていいんだよね?」
その時、泣きじゃくっていた太陽の顔に徐々に明るさが戻っていくのが分かった。
『はい!! 少しの間居なくなるけど……でも、必ずここに戻ってきます! だから……だから、その時にまた――』
:「うん、その時はまた――」
『また――私を見つけてくれますか?』
:「見つけるよ、君を――必ず!」
『待ってます。この場所でまたワンユウさんと会える時を……約束ですよ?』
:「約束する。そんなに待たせないよ、速攻で見つけるから」
これで最後じゃない。その希望を胸に俺と太陽は再会を約束して心の中で指切りを交わした。
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