第4配信 初めての登録者さんです②

 それからも彼女は頑張った。既に長時間戦闘で疲れ切っているハズなのに、それを思わせない奮闘ぶりを見せる。

 ラストステージに到着した時には配信開始から十二時間が経過しており、この時点で配信がアーカイブに残らない事は決定した。

 それでも彼女のゲームへの真摯な態度や唯一のリスナーである俺への気遣いが疎かになる気配はない。最大限リスナーを楽しませようと言う意志がヒシヒシと伝わってくる。

 

 だからこそ俺もこの配信から目が離せない。空野太陽というVTuberがこのゲームをクリアする瞬間に立ち会いたい。喜びを分かち合いたいと思った。

 ――そして、遂にその瞬間が訪れる。


『これで……止めぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』


:「いけ……いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 彼女が操作するロボットから発射された弾丸がラスボスに直撃し爆発した。何度も爆発炎上し消滅した。

 その様子を呆然と眺める空野太陽。エンディングのスタッフロールが始まると我に返る。


『……ハッ! や……やた……やったーーーーーーー!! クリアしたぁぁぁぁぁぁぁ!! ラスボス倒しましたよ、ワンユウさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!』


:「観てました。ポコボイの謎全クリおめでとう!! ナイスファイト!!」


 こうして空野太陽の長い長い戦いは終わった。ゲームが終了し雑談タイムになるが、現実的にはVTuberさんと俺の一対一のやり取りだ。

 こんな状況に遭遇した事がないのでどう対応すればいいのか分からないぞ。けれど俺が困惑するより先にテンション高めの彼女が話しかけてくる。


『最後まで視聴ありがとうございます! こんなに遅い時間になってしまってごめんなさい……』


 時計を見ると既に日付が変わり真夜中になっていた。配信に夢中になっていて時間を気にしていなかった。こんな感覚は初めてだ。


:「明日……いや、今日は特に用事もないし大丈夫。お疲れ様でした」


 コメントを送るとそれを見た彼女のアバターの頬が赤く染まる。


『ワンユウさんが居なかったら、最後までクリア出来なかったと思います。……それに凄く嬉しかったです。私の配信に最後までリスナーさんが居てくれたのって今回が初めてだったから……』


 その優しく柔らかい声にドキドキしてしまう。おいおい、どうしたんだ俺。相手はVTuberだぞ、何をそんなにドキドキしてるんだ。


:「空野さんの配信とても楽しかったです。次の配信はいつですか? また観に来ます」


 コメントを送るとバタバタと大きな音が聞こえてくる。一体何があったんだ?


『あ、あ、あ、済みません、済みません! 今ビックリして机の物を落としてしまって……次の配信ですよね。実はまだ決めていなくて……でしたら今週の土曜日の夜なんてどうですか!? 雑談とか……色々お話したいなって……』


 何だこのやり取りは……。まるでデートの約束をしているような感覚だ。本物のデートをした事なんて無いからよく分からんけど、こんな感じなのかな?

 何故か緊張してキーボードを叩く指が震える。


:「その時間帯なら大丈夫です。次の配信も楽しみにしてます。チャンネル登録しておきますね」


『ふぇっ!? ちゃ……チャンネル登録……ですかぁ?』


 素っ頓狂な声が聞こえてきて再びガタガタと音が聞こえてくる。また何か落としたらしい。


:「大丈夫?」


『は、はい~。済みません、さっきからうるさくしてしまって。その……チャンネル登録も……未経験なんです……』


 驚いてチャンネル登録者数を確認して見ると、彼女の言う通り0人と書かれている。既に動画は十本以上出しているみたいなのにこれは……。

 とにかく画面のチャンネル登録の欄をクリックして登録を済ませると『1人』へと表示が変わった。

 彼女はそれを確認した途端泣き始めた。


『……ふぐっ……ひっく……う……ふぇ……うわーーーーーーーーーん!!!』


 パソコンから聞こえてくる絶叫を前に椅子から転げ落ちてしまいそうになる。

 それでも落ちるのを耐えて画面を見直すと頬を赤らめニコニコしているアバターから盛大な鳴き声と鼻水をすする音が聞こえてくる。


「……どうやら泣き顔のパターンは実装されていないみたいだな。でも……」


 不謹慎だけれど、その鳴き声も綺麗だと思ってしまう自分がいる。あれ……? もしかして新しい扉を開けられてないか、俺……?


 暫くして彼女は泣き止むと徐々に平静を取り戻していった。


『ひっく……ひっく……ありがとうございまふ。……ひっく……ワンユウさんが……私の初めてのチャンネル登録者さんでふ。……ひっく……凄く……凄く嬉しいでふ……』


:「や……分かったから、とにかくもう少し落ち着いてから話そ。はい、深呼吸」


『……ヒッヒッフゥ~、ヒッヒッフゥ~、ヒッ――』


:「違う! それじゃない、それはラマーズ法。これから出産するん!? 深呼吸だってば」


『ふぁっ! ご、ごめんなさい。スゥー、ハァー、スゥー、ハァー、スゥーーーー、ハァーーーーーーー!!』


 最後の呼気時に覇気を感じたが、彼女のボケに都度突っ込んでいると多分夜明けになる。ここはスルーしよう。


:「落ち着いた?」


『はい!』


 凄く良い返事だ。これが半日以上クソゲーと戦った後の人間の姿だと言うのか? 面構えが違う。


:「それじゃ、次の配信楽しみにしてます。ゆっくり休んで。お休みなさい」


『はい! 長時間の視聴ありがとうございました。……その……私の初めてを沢山……貰ってくれてありがとうございますぅ!!』


:「いや、言い方!! その台詞せりふ誤解を招くからね!?」


 こうして最後までドタバタした感じで配信は終了した。急に疲労感を覚えてベッドに横になり天井を見上げる。


「……空野太陽か……次の配信が楽しみだな。それまでに……何か……会話のネタでも……考えて……」


 ここで凄まじい眠気が襲ってきて瞼が重くなり意識がどんどん沈んでいく感じがした。

 同時にこう思った。「俺はあのVTuberに……空野太陽に完全に沼ったな……」と。

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