第35話「もう一度、私と」

























 季節はすっかり暑さも落ち着いた秋へと変わり。


 高良が隣に居ない日々には慣れもしないまま、学校では周りに悟られないよう空元気で過ごして……秋と言えば、な文化祭が間近に迫ってきた。

 準備期間はみんなで放課後に残って、相変わらずモテモテな高良の周りには男子が常に取り囲むのを、嫉妬心と寂しさを入り混ぜながら遠巻きに眺めた。


「今年の文化祭、のど自慢大会やるらしいね」

「伏見、歌うまいんだから出れば?」

「……出ないよ」

「えぇ〜、ハスキーボイス聞きたいな?」

「出ないってば。人前で歌うとか嫌すぎるから」

「なんでそんな怒ってんの?」


 やたら不機嫌な私を心配した友人たちを無視して、作業に取り掛かる。

 さっさと終わらせてさっさと帰りたい。男に囲まれた高良を見てるのは辛すぎるから。…自分で望んでこの状況を作り出したというのに、私はどこまでも身勝手だ。

 そんな自分にも嫌になる。


「高良さんもさ、参加してよ!」

「…わたし歌うまくないから」

「いやもう、その可愛さだけで優勝できると思うからさ!」

「は?歌のうまさで競うのに顔関係ないじゃん」

「参加しなくてもいいからさ、せめて会場にはいてくんね?頼むよ」


 男子達は何かを企んでいるようで、必死に懇願する様を嫌そうな顔で断り続ける高良が、少し可哀想に見えた。

 助けてあげたい……けど、中途半端な優しさで振り回したくなくて、グッと堪える。

 文化祭当日まではそんな風に、お互いどこか避けるみたいに過ごして、結局私は誘われ続けていたのど自慢大会の出場を断った。

 だけど高良は、なんだかんだで押し負けてしまったみたいだ。


「さぁ、始まりました!第一回…」


 中庭に設置されたステージで盛大に行われたのど自慢大会の様子を、校舎の四階からボーッと眺めていたら、観客席側のスペースに高良の姿を見つけてしまった。

 出場はしないみたいだけど、会場には足を運んだらしい。

 窓の枠に腕を乗せて、スピーカー越しに流れてくる生徒達の歌声を聞きながら、目線はしっかりと彼女だけを捉えては追う。

 自分から別れを切り出したのに、未練がましく未だ好きで好きで仕方ない私は、遠くから見ても可愛い高良に見惚れていた。…こんなの、まるでストーカーじゃん。きもちわる、自分。


「それでは、最後に特別イベント…」


 数人程度しか歌わなかったのど自慢大会も終盤に差し掛かり、司会者がマイクに向かって興奮した様子で声を荒らげる。


「好きなあの子に告白しちゃおう!ワクワクドキドキの告白タイムです!」

「はぁ?」


 なんか急に歌と全然関係ないの始まった……と、そこで。


「まさか…」


 男子達の思惑に、気が付いてしまった。


「それでは一人目!お相手は…」


 最後まで名前を聞く前に、走り出す。


 あいつら、全校生徒の前で高良に告白する気なんだ。


 きっと高良なら、私以外の誰に告白されても断ってくれる。

 そう分かっていても、足は急いで中庭へと進んでいった。

 目の前で告白されるのを、見過ごせるわけもない独占欲だけが、怠けた体を突き動かしていた。

 考える隙を与えられなかったのは、臆病な私にとってある意味でよかったかもしれない。

 なんとしても、止めないと……その一心で。


かつ先生…!」


 途中、中庭に続く渡り廊下でばったり出くわした体育教師に、この期に及んで自分が止めに入る勇気はなくて一度すがりついた。


「あんな悪ふざけなイベント…アリですか!見てたんなら止めてくださいよ!」

「うーん……ま、これも青春ってことで。いいじゃないの」


 長身で、快活な上に爽やかな勝先生は、さっぱりとした態度で言い放って軽快に笑った。


「ここは何も見なかったことにしましょう。…先生は保健室でも行って休んでるから」

「そ、そんな……ちゃんと仕事してよ勝先生!」

「悪いが、これから保健体育の授業なんだ」

「文化祭の日に授業ないでしょ!」

「いいからいいから。止めたければ…伏見。自分でやるんだよ。がんばれ若者!」


 焦る私を見て何かを察した先生の手が肩を叩いて、暗めの茶髪で低めのポニーテールを揺らしながら去っていく後ろ姿を呆然と見送る。


「ま、まじか…」


 他人には塩対応な高良にも好かれてるくらい優しい人で、担任でもある勝先生なら止めてくれると思ってたのに……最後の最後で頼みの綱を無くしてしまった。

 ど…どうしよう。

 私がウジウジしてる間にも告白タイムは進んでいて、気が付けばステージの上に呼び出され、困惑する高良の前には男子生徒が十数人くらい立っていた。

 全員が全員、告白を終えた後なんだろう。頭を下げて高良へ向かって手を伸ばしてるのを見て、「クソ」と小さく悪態をつく。


「さぁ、誰を選びますか?高良海姫さん!」


 煽るように司会者が聞いて、高良は混乱した様子で…それでも口を開いた。


 大丈夫。


 彼女は断る。


 私以外の人となんか、付き合わない。


 絶対的な愛を与えてくれてたから、別れた今でもそう思えるのに。


「っ…た、高良!」


 私がポジティブで傲慢なやつだったなら、きっと今ごろ高みの見物で余裕綽々と男子生徒達を嘲笑っていただろう。

 だけど現実は余裕もなければ、ネガティブで小心者で自信の欠片もない惨めな愚か者だから。


 それが逆に、良かったのかもしれない。


 彼女を他のやつに取られるのが怖いだけの臆病者で、良かったんだ。



「あ、愛してる!」



 ステージ上に飛び乗って、脇目も振らず、誰よりも必死に重たい愛を叫んだバカな私を、高良は驚いて見開いた瞳で見つめ返した。

 しんと静まり返った会場全体が羞恥心を煽って逃げたくなったけど、そんなの今は気にしていられない。


「一回フッたのに、都合いいかもしれないけど、でも…」


 今、言わないと。


 一生、後悔するのは分かってたから。


「も…もう一度、私と付き合ってください!」


 マイクなんてなくても響き渡った声に反応して、止まっていた彼女の足が迷いなく動いた。


「うん!…わたしも、愛してる!」


 飛び込んできた体を受け止めたら、数秒の沈黙の後でザワザワと周りの人達が騒ぎ出す。

 久しぶりの体温を腕の中に閉じ込めた私にはもう、それ以外に失って怖いものは無くて、たとえ全校生徒に引かれていたとしても関係なかった。


 こうして、私達は無事に仲直りをして。


 その後はもう……大変だった。


 何があったのかは、完全な黒歴史だから思い出したくもないくらいなのに。


「…この時の伏見、まじかっこよかったなぁ〜」

「……やめてよ。忘れて」

「記憶に焼き付いちゃって忘れらんない。もう大好き」


 数年経って、お互い大学も卒業して本格的に同棲を始めた今も、高良は定期的に話題に持ち出す。

 今日はふたりとも休みだったから、ソファでのんびり卒業アルバムを眺めていたら、思い出しちゃったみたいで嬉々として何度も「かっこいい」と呟いていた。

 その度に復活する記憶に悶えて、叫び出したくなるほどの恥と戦う。


「思い出したら抱かれたくなっちゃった…えっちしない?」

「だめだよ……今から高良のご両親に会うんだから」

「えぇ〜、おねがい。先っちょ、先っちょだけ」

「先っちょだけで終わった試しないでしょ…」


 行為中、高良パパにまた遭遇するのだけは絶対に嫌で、トラウマになってるから全力で断った。

 ちなみに仲直りしてヨリを戻した後、高良パパは土下座で謝り倒してくれて「今後はふたりの事を本当の意味で応援する」と固く誓っていたのもあって、今ではかなり良好な関係を築けている。

 そこからは家族ぐるみでも付き合うようになったけど、我が父が参加することはなく。


「はぁ〜、えっちしてそのまま子供欲しいなぁ」

「…子供はそのうち。もっと生活が落ち着いてからね」

「伏見パパに精子貰えたら一番なんだけど……今はそれも難しいもんね」

「うん。…ごめん」

「伏見が謝ることじゃないよ」


 今では私達が付き合ってることを知らないのは、身内だと私の父親だけだ。…今後、高良と子供を作る予定なのも、もちろん彼は知らない。

 なぜなら静歌が高校生になったタイミングで、ついに両親が離婚したから。今は完全なる絶縁状態である。だからもう身内ですらない。

 そんなこんなで紆余曲折あったわけなんだけど。 


「あぁー、もう…早く伏見と結婚したい。伏見海姫を名乗りたい所存」

「高良明楽も良くない?」

「そっちも捨てがたい。結婚するために法律の勉強もしたのに……はぁ。なかなかうまくいかないね」

「…そうだね。でも私は、海姫とこうして過ごせるだけで幸せだよ」


 今ではお互い、大学卒業を経て私は司法書士、高良は無事に行政書士の国家資格を得た。

 当初はお互い弁護士を目指してたんだけど、私達の能力ではそのふたつが限界で……まぁでも、それなりに仕事はちゃんとこなして楽しくやれている。


「もうさ、海外行かない?」

「いいね。英語の勉強しないと」

「あいらぶゆー。フシミ、メッチャスキー」

「それ途中からカタコトなだけの日本語じゃんか」

「ふは、バレた」

「まったく……相変わらず面白いね、高良は」

「伏見もね」


 アルバムを広げていた左手に、自分の左手を重ねれば、お互いの薬指に嵌めていた指輪が窓から差し込む日の光に反射してキラリと光った。

 文化祭騒動後、お詫びも兼ねて渡した安物の指輪をもう何年も高良はつけ続けてくれている。

 そろそろ新しいの欲しいねーなんて話すわりに文句ひとつ言わない謙虚な彼女には、私から特大のお礼をしないと。

 さり気なく、バレないようにポケットの中に手を入れる。


「…高良」

「ん?なに?えっちする?」

「それは夜ね。…渡したいものがあるんだけど」

「え〜、なになに。婚約指輪とか?うれしい、照れちゃう」

「……当てないでよ」

「へ?」


 こんな時でも雰囲気ぶち壊しな高良に呆れた吐息を返しつつ、バレたなら仕方ない…と取り出した赤い箱をそっと彼女の前に差し出した。

 私の隣でアルバムを読んでいた彼女は驚いて目を見開いて、体の動きと呼吸を止める。


「まだ結婚はできないけどさ、これ」


 箱を開いて、普段の自分には似合わないキザで王道なダイヤモンドのついた指輪を見せたら、高良は小さく戸惑いの声を漏らして口元に手を当てた。


「婚約指輪。…ちなみに、ちゃんと給料三ヶ月分です」

「うわ、古風……いくら?」

「無粋な質問しないでよ……70万くらい」

「答えちゃうんだ…」


 金額を聞いてさらに驚いた高良だったけど、すぐには受け取らず……なにやら気まずそうに視線を逸らした。

 なんだろう…?もしかして受け取ってくれないのかな、なんてネガティブな思考がよぎった私に、肩越しに振り向いた彼女はゴソゴソとポケットを漁る。


「実は、そのぉ…」


 そして取り出して見せてくれたのは、私と同じ赤い箱だった。


「おっ…と。もしかして、それは」

「もしかしなくても……婚約指輪です」

「ふ、ははっ…!嘘でしょ」


 まさかの被りに、困惑するよりも先に思わず吹き出して笑ってしまった。

 高良もつられて笑って、しばらくふたりして爆笑した後で、色気もムードもなくお互いの左薬指に指輪を嵌め合う。


「っはぁー……おもしろ。まさかこんなことになるなんて…さすが高良」

「ちなみに私のは100万」

「上を行かれた…」


 こうして、肝心な時も締まらない私達は、これから先もずっとふざけ合って、笑いあって生きていく。


 だけどそれは……死ぬまで続くし長くなるから、割愛させてもらおう。
















【クラスのマドンナに消しゴム貸したら交際申込まれた話】


 完










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