第34話「彼女を好きになった理由」
入試の時、テンパりまくっていたわたしに声をかけてくれた伏見は、
「どうしたの。大丈夫…?」
ツンとしていてクールな見た目に似合わず、どこまでも優しい声色の女の子だった。
可愛いわたしが困ってるのを、チラチラ遠巻きに見てくるだけだった男子達の中で、真っ先に気が付いて迷わず駆け寄ってくれたのは彼女だけで。
それだけでも嬉しかったのに、
「あぁ……消しゴム?よかったら、私の使って」
しどろもどろになりながら事情を説明したら、なんでもない顔で彼女はそっと消しゴムを差し出してくれた。
「え、でも……あなたのは…」
「大丈夫。ほら見て、このえんぴつ消しゴム付きだから」
そう言って、冗談めかして今どき小学生でもテンション上がらなそうな消しゴム付きえんぴつを見せてきた伏見は、楽しそうに笑って自分の席に戻った。
優しい上に面白い人だな……とぼんやり思いながらわたしも椅子に座って、緊張しつつ入試を受ける途中で。
冗談とかじゃなく、まじでえんぴつの後ろについてる消しゴムで間違えたとこを一生懸命ゴシゴシ消してる伏見の姿が横目に映って、胸を打たれた。
自分の不便さを取ってまで、見知らぬ他人にひとつしか持ってなかったんだろう消しゴムを貸すなんて、本当に心の底から優しい人なんだ…って。
もうほとんど、一目惚れに近かった。
試験中に見つけた「絶対、受かる!」の文字にも感銘を受けて、いよいよこの人と仲良くなりたい。いや仲良くならなきゃ後悔するってとこまで気持ちは動いた。
「あの…」
だから帰り際、返すついでに連絡先でも聞こうと思ってたのに、彼女は終わって早々に鞄を持って出て行ってしまった。
ひとまず消しゴムは大事に大事に持ち帰って、同じとこ受験してたなら、もしかしたらまた会えるかも…と前向きな気持ちでその日はわたしも帰路についた。
『へぇ……まりんがそんな気になる人なんて珍しい』
「そうなの〜。あの人、すっごいクールな感じで顔も良かったし…絶対モテると思う」
『じゃあ、逃さないように次会ったらグイグイいかないとね』
「うん!まじがんばる」
『応援してる』
入学までの間は、また出会えることを信じて幼馴染に電話で相談したりもした。
会ったら何話そうかな…?まずは名前聞いて、わたしの事も知ってもらって……とか、色々と考えては会える日が来ることを祈って舞い上がって。
そして、入学式の日。
「伏見明楽です。趣味はフェアトレード商品を買うことです」
クラスのほとんどが「なんだそれ」って首を傾げる中、たまたまパパから聞いていて知っていたわたしは意味が分かってちょっとクスリと笑ってしまった。
冗談だとしても、本当だとしても、けっこう本格的に環境問題とか考えるくらいの人なのかな?とかって。
そう思ったら、ますます優しい人に思えて。
「おい〜、今日の自己紹介なんだよ伏見〜」
「あれどういうネタなの?」
「ネタとかじゃないよ。半分はほんと。…でも見事にスベったから、笑っていいよ」
親しい友人達に囲まれて苦笑する彼女が、わたしには輝いて見えた。
中身もユーモアに溢れてて誰にでも平等に優しくて、なにより……
「伏見さん、話があるの」
「……え。な、なんですか…」
一度見たら忘れられないくらいの美少女であるわたしを覚えてなかったのが、逆に嬉しかった。
だって記憶にもないってことは、それだけ彼女にとってあの優しさは日常的に行われてるもので、当たり前の日々の一部なんだと、知ることができたから。
わたしの外見なんて関係ない、ただただ純粋な気持ちから受けた親切は、自覚して間もなかった好意をさらに押し進めていった。
もう、だいすき…!
よく恋は盲目っていうけど、実際にその通りで、そこからはがむしゃらに、ひたむきに伏見を口説き落とすことだけを考えて行動した。
結果的に、優しい彼女は振り向いてくれた。
付き合う前も幸せだったけど、付き合ってからはもう天にも登る気持ちで、伏見を知れば知るほど好きになるし、伏見と一緒に過ごす時間は笑顔が絶えないのも最高だった。
多分、この人と居たらわたしは一生こうして笑っていられる。
自信がないとこも、本人が嫌だっていう部分も、そういうとこ全部含めて愛してる。
たとえおばあちゃんになっても嫌いになる未来が見えなくて、きっと死ぬまで隣にいるし、絶対死ぬまでそばにいるって。
そう思ってたのに。
「…ごめん。別れたい」
想像の何倍も早く、それも突然に別れはやってきた。
涙は出てないけど、泣いてるみたいな悲痛な表情の伏見はわたしから視線を外して、何かに耐える動きで握り拳を作っていた。
絶望のさなか、どうしてか心の奥底では伏見を信じ続ける自分が居て。
伏見は、くだらないことでわたしを嫌いにならない。優しい彼女は、そう簡単に人を裏切らない。
過ごした日々の積み重ねが、ふたりの関係を繋ぎ止めてくれた。
だけど、困らせたくはなくて。
だから一度、離れる選択肢を取った。
心優しい彼女が押し潰されないように、自分だけを責め続けないように。
わたしにできることは、なんだってする。
別れることは、そのためにも必要な準備と割り切った。
少し離れたくらいで、縁が切れるわけがないっていう根拠のない自信もあった。
それでも二度も拒絶されて辛かったから、しばらくは枕を濡らす夜を過ごしたけど……この辛さも、二人の未来のためと思えば乗り越えられた。
わたし達が別れる原因となった疑惑のパパとも改めて話して、
「そうか。…別れちゃったんだね」
別れたことを伝えたら、パパは悲しい素振りを見せながらどこかホッとした顔をしていた。
「……伏見に、何か言った?」
「何も。別れてほしいとか、そういうことは言ってないよ」
「じゃあ、あの時……なに話したの?」
核心に迫ったわたしの質問に言い淀んだパパは、よほど言いづらいことなのかしばらく押し黙った。
……やっぱり、伏見はパパになんか言われたから急に別れようとしたんだ。
その反応を見て察してしまって、複雑な気持ちになる。
パパのことは大好きで、この先も仲良くしていたいし、仲良くしていくと当たり前に思ってたけど…伏見のことを考えると、家族を捨てることも視野に入れなきゃいけない。
パパやママには申し訳ないけど、わたしにとって伏見はそのくらい大きな存在で、彼女とこのまま疎遠になるなんて考えられなかった。
「…
ようやく、話すことを決意したパパの口が重く開く。
「パパは、ふたりの恋を応援したい。その気持ちは、本当なんだ」
「じゃあ…」
「だけど、海姫の子供も見たい。…かわいい娘が産んだかわいい孫に、会いたいんだ」
それを聞いた瞬間、
「もしかして、それ……伏見に、言ったの?」
「ああ。……これは、パパの本心だよ。だから嘘をつかずに、彼女にも伝えた」
そして、パパの返答を聞いた瞬間も。
絶望したような気分になった。
それを言われて、伏見はどんな思いをしたんだろうって考えたら……つらすぎて、頭が白くなった。
きっと伏見は優しいから、自分と付き合ってたら子供を作れない、そんな風に思ったはずだと瞬時に理解した頭で、パパに対する怒りも湧いてきた。
「っ…子供なんて、いらない!」
怒鳴りながら立ち上がったら、パパは驚いて目を見開く。
「わたしには、伏見がいればいい!…っなのになんで、そんなこと言っちゃったの!」
「お……親としては、当然の…」
「応援したいとか言っといて、結局ただパパの気持ち押し付けただけじゃん!」
パパの気持ちが、分からないわけじゃなかった。
むしろ分かるからこそ、伏見もわたしを諦めるって結論を出したんだろうことを嫌でも思い知って、歯痒いくらいの苛立ちは増していく。
「伏見を傷付けたパパなんてきらい」
その日、人生で初めてわたしは家出というものをした。これが人生最大の反抗期でもあった。
さすがに伏見の家へ逃げ込むわけにはいかなかったから、幼馴染の家へと逃げて。
パパからは心配のメッセージや電話が来たけど、連絡は全部ママに送って、ママから伝えてもらうようにした。
「まりんがお父さんと喧嘩なんて珍しいじゃん」
「だってさすがに……許せなくて」
「まぁ、でもそうだよね。まりんパパ、けっこう残酷なこと言ってると思うわ、私も」
元からおおらかな性格の幼馴染は同性愛にも寛容で、家出してる間はずっと理解を示してくれた。
それもあって愚痴を聞いてもらってるうちに、自分の中でもだんだん気持ちの整理ができてきて、同時に“伏見と別れたんだ”ってことも自覚していった。
手の内から離れたら、余計に彼女のことを愛おしく思う気持ちは増していくばかりで。
パパとも仲直りできない、伏見とも一緒にいられない。
絶望的な状況を打開できる力もない。
人生で初めて、無力な自分を嫌いになった。
だけど落ち込んでるだけじゃ何も進まないから。
とりあえず伏見と結婚しつつ、パパの望みでもある子供を儲けるためには何ができるんだろう?って自分なりに調べてみることにした。
「うぅん、法律って難しい…」
女同士で結婚できないのは分かってたけど、何か抜け穴はないかな…って。結婚に近い制度とか、諸々。
子供に関しても、伏見と近い遺伝子を持つ男性とか、見た目が似てるとか……そういうのも選べたりできないのかな、なんて。
伏見もパパも悲しませないよう情報を仕入れているうちに、月日は少しだけ過ぎ去って。
伏見と別れてから数週間後。
ふたりの関係性を大きく変えた、とある
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます