第31話「最大の危機」
ある日の放課後。
我が家にて。
「そういえばね、ママがまたキツネちゃんに会いたいって言ってたよ」
「……仕方ない、レンタルペットとして出張するかな」
さすがにふたりとも夏休みの課題の件ですっかり肝を冷やしたから、至って真面目に勉強会を開いていたら、高良ママが私に会いたがっているという嬉しいお誘いを頂いた。
「いつ来れる?」
「基本いつでも……バイトない日なら」
「明日とかは?どう?」
「全然行けるよ」
「おっけー、ママに伝えておくね」
そんなこんなでさっそく予定は決まって、スマホを取り出した高良を見て私も休憩がてらスマホを手に持った。
「あ……ママが、泊まっていく?だって。明後日休みだから」
「そっか、明後日休みか……じゃあ、せっかくだから泊まろうかな」
「わかった。…その日はパパもいるから、初対面できるよ」
「おー、ついにご対面できるなんて。楽しみです」
高良パパ……顔がイケメンなのは確定してるけど、中身はどんな人なんだろ。
娘の高良がこんなに自信家で明るい子だから、本当に子供を愛してるのは伝わるし、きっと本人も自信に満ち溢れてる人なのかな…という予想は、
「今日は来てくれてありがとう、本当に嬉しいよ」
控えめで謙虚な笑顔を浮かべる姿を見て、見事に外れたことを悟った。
「
「いえいえ、そんな……私のことは気軽にキツネ女とでもお呼びください…」
「娘の大切な友人を、そんな風には呼べないよ」
いざ目の前に現れた高良パパは、見せてもらった若かりし頃の写真よりも棘が抜けて全体的な雰囲気が渋いイケオジになっていて、性格も驚くほどに優しそうだった。
それと、発言の端々からひしひし感じる溺愛具合から、この父親に育てられたらそりゃ……高良がああなるのも納得である。
「ね、パパ。伏見は美人で良い子でしょ?気に入ってくれた?」
「ああ。話で聞いていた通り、謙虚で素敵な方だね。ユーモアもあって…誰でも気に入る人柄だと思うよ」
「ふふん、もっと褒めて。わたしの伏見のこと」
どうしてか褒められてる本人も誇らしげに笑って、私の肩を抱いた高良を見て心配になる。…親の前で、そんな全開でいいの?って。
高良パパはあんまり気にしてないみたいで、ニコニコ笑顔で私達の方を見ていた。
「私も、伏見ちゃんが来てくれて嬉しい。ずっとまた会いたいと思ってたの」
イケオジの隣で柔らかく微笑んだぽっちゃりな伏見ママもまた顔が良くて…顔面偏差値が高い三人に囲まれている現実に、ただただ苦笑いを浮かべた。
き、気まずい…なんでこの家族、みんな美男美女揃いなんだ。
まさにこの両親あって、美少女の高良なんだなってことを改めて再認識して、ますます凡人である自分の容姿に自信を失くしていく。
「さぁ、せっかくママの作ってくれた料理が冷めちゃうともったいないから、食べ始めようか」
「そうだね!」
「ふふ…伏見ちゃんのお口に合えばいいんだけど」
「いやもう……食べる前からおいしいです。ありがとうございます」
ただ、こんな所で落ち込むわけにもいかない…と通常通り持ち前のおちゃらけた性格で乗り切る。
相変わらず高良ママの作る料理はお店で出てくるような凝ったものばかりで、どれも舌鼓を打つほどおいしかった。…うちの母親の作る庶民的な料理の方が心は落ち着くけど。
「そうだ……夏休みは、たくさん泊まらせちゃってごめんなさいね?うちの
「全然そんな。迷惑しかかけられてないです」
「……伏見」
「ふはっ……冗談です。迷惑はちょっとしかかけられてないから安心してください」
「伏見ぃ…」
隣から肘で小突かれたからわざわざ訂正してあげたのに、怒られると焦った高良は涙目で何かを訴えかけてきた。
「…
「ちがうの、ママ。これは愛情の裏返しというか…ツンデレ?」
「ママ怒るよ」
「はは。まあまあ。楽しくていいじゃないか」
「もう……パパは甘いからやんなっちゃう。伏見ちゃんからも言ってくれる?あんまり甘やかさないでって」
「あはは……なんだかんだ、高良は学校でもうちに来た時も気を遣ってくれるから、大丈夫ですよ。ちゃんと外では良い子にしてます。さっきのはほんと冗談なんで、すみません。気にしないでください」
「そう?それならいいんだけど…」
「んふふ、まじ伏見だいすき」
「こら。だからって調子に乗らないの」
「はぁーい…」
ふんわりした雰囲気だけど、言うことはしっかり言う母親と、静かな雰囲気で優しく微笑んで家族を見守る父親と、生意気だけど可愛い娘の組み合わせは、なんともバランスが取れた家族に見えた。
……幸せそうだな。
父親がいるのに笑顔や会話が絶えない穏やかな食卓なんて、うちじゃ見る機会もないから不思議な感覚でその輪の中にうまい具合に入り込む。
意外と私は世渡り上手なことを、バイトしてから知った。
だから食事中の会話に困ることはなくて、
「伏見ちゃんは、ほんとにいいこ。パパもそう思わない?私とっても気に入っちゃった」
「そうだね、僕もそう思うよ」
「わたしの伏見だもん。当たり前でしょ?」
むしろ、高良家全員で私を歓迎してくれた。
素直に嬉しいことだから、少し照れながら三人からの褒め言葉を受け取る。
人は見た目じゃなくて中身だっていうのも、分かる気がした。ここにいるみんな、確かに顔も良いけどそれ以上に性格が良い人ばかりだから。
嫌味も威圧もない環境に、自然と心を開いていった。
「おいしかったです、ごちそうさまでした」
「いーえ。…伏見ちゃんにそう言ってもらえて、ママとっても嬉しいわ?」
「あ……いや、そんなそんな…」
テーブルの食器を片付けながら笑いかけてくれた高良ママはけっこう無防備で……前屈みになって垂れ下がったエプロンとTシャツの隙間から見えた谷間から、気まずい思いで目を逸らした。
……なんか、ぽっちゃりしてるのが逆にえろいまである。
顔の系統は違うけど、どことなくやっぱり鼻や口元の雰囲気は似てるから、高良の将来の姿と思ったらちょっとソワソワした気持ちになってしまった。
仮に太っても、高良はかわいいんだろうな…
「…ねえね、部屋行こ?伏見」
「あ、うん…」
遠い未来のことを思い馳せてひとり幸せに浸っているところに声を掛けられて、立ち上がる。
「デザートもあるから、また降りてきてね」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「僕達もゆっくり過ごそうか、ママ」
「うん…そうね。そうしましょ。洗い物してくる」
「いつもありがとう。…僕も手伝おうかな」
夫婦ふたりは仲良くキッチンへと移動して、私達もそれを見届けてから高良の自室へと向かった。
「高良のお母さんとお父さん、仲良しだね」
「うん。…パパが特に、ママのこと大好きなの」
「へぇ……お母さん、人が良さそうだもんね。好きになるの分かる。若い頃はもっと美人さんだったろうし…」
「…年老いても太っても、関係なく愛してるって。前にパパ本人がそう言ってた」
その気持ちは、分かる気がする。
私も、もし高良が年老いて、高良ママみたく太っても今のまま変わらなくてもきっと可愛いと思うし、愛しいと思う気持ちは消えないだろうから。
そんなにも深い愛で、誰かを好きになるなんて昔の私は思いもしてなかったけど。これも、高良のおかげだ。
彼女が真っ直ぐに愛してくれるから、私も真っ直ぐに愛を返せる。
そんな会話を交わしながら久しぶりに入った部屋は相変わらず女の子感が強くて、可愛らしい雰囲気はまさに高良そのものを表しているようだった。
「…こっち来て、伏見」
「うん」
ベッド脇に座って腕を広げて待つ彼女の元へと急いで、ねだられるままに抱き締める。
「かわいい、高良…」
「……むっつり」
「ん?なんか、怒ってます…?」
「伏見、ママのことえっちな目で見てたでしょ」
いつもみたいに愛でようとしたら、とんでもないことを責めた口調で言われて、戸惑いから目を泳がせた。
それが相手に確信を持たせちゃったみたいで、高良の顔がどんどん拗ねたものに変わって、可愛くなっていく。
膨らんだ頬に手を当てて苦笑すれば、今度は唇が尖ってきた。
癖のように、つい。その唇に向かってキスを落とせば……
「ん、ふ……はぁ、伏見…もっと」
「したいけど…高良のパパママいるよ?」
「うち防音だから……ちょっとくらいなら、平気だよ。先っちょ、先っちょだけ…」
結局、先っちょなんかで済むわけもなく。
「あっ……す、ごい…当たって……んんぅ…っ」
「やば。いつもより、すごいね…高良」
奥の奥まで入り込んだ挙句、防音だからって声を気にせず盛り上がっていたら……事件は起きた。
「っあ、ぁあ……あき、ら…もうっ…」
「……ふたりとも」
最高潮に気分が達して、周りの音も何も聞こえないふたりだけの世界に入っていた私達の元へ、低く唸るような声が届く。
ふたりして、ピタリと体の動きを止めた。
「これは、どういうことだい…?」
いつの間に、扉が開いていたのか。
扉のそばで眉間にシワを寄せて難しい顔をする高良パパの姿を見て、今にも心臓が止まる思いで息を止める。
本当にまずい時、人は一周回って何も感じなくなるんだと知った。
こうして、私達には最大の危機が訪れた。
乗り越えられるかは…この時の私には、想像すらつかないまま。
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