第30話「ちょっとした危機」

























 夏休みが終わり、新学期が始まって。


 ひとつ、大きな問題が起きた。


「伏見……お前、高良と仲いいってまじ?」

「……あ、いや…えっと……黙秘権の行使を…」


 これに似た質問をされるのは、今日だけでもう十回目である。

 とりあえず冗談半分にはぐらかして乗り切ること数日。

 どうしてこんな事になっているのか、というと…


「高良と一緒に遊んでるとこ、三組の田中が見たって…」


 そう、プールデートのあの日……たまたま遭遇した別クラスの生徒がふたりでいるところを目撃してしまったらしい。

 今は昼休み……まだ半日も経ってないのに凄まじい噂の広がり具合で、私の元には別クラスからも主に男子生徒が押し寄せていた。

 ちなみに、全員が全員どうして噂の中心である高良じゃなく、私の元に来るのかというと、


「高良さん、あの話って……本当なの?」

「……は?あんたに関係ある?」


 この通り、当の本人が鬼塩対応だからである。

 そりゃ誰も聞きにいけなくなっちゃうよね、ってくらい怖い雰囲気をまとった高良の周りに人が集まることはなく、その代わり私の所へと逃げるようにみんなやってきた。


「あの高良と……どうやって仲良くなったんだよ」

「いや別に…」

「俺も友達になりたいからさ、高良の連絡先とか…教えてくんない?頼む!」

「いや、それはちょっと…」

「“連絡先知らない”…って、言わないってことは知ってるんだ?」

「やめてよ、真中まで…」


 連日取り囲まれて、すっかり疲弊しきった私は、周りに人がいるのも構わず机に突っ伏して鉄壁の防御を固めた。


「てか、高良って…仲良くなるとどんな感じなん」

「まじで仲良くなったきっかけだけでも教えてくんない?」

「好きなタイプとか、知ってる感じ?知ってたら教えてほしいんだけど…」


 それでも、質問攻めの嵐は止まらなかった。


 正直うんざりするくらいだけど……気持ちは分かる。

 クラス…いや、学校内でもかなり目立つ高良が、クラス内でも目立たない私と仲が良いとなれば、誰だって気になって詳細を聞きたくなる。

 中には、仲良くなる理由を知ってあわよくばを狙ってる男子も多いものの……それも仕方ないと思う。

 高良くらいの美少女とお近付きになりたいと願うのは、もはや男の性みたいなもんなんだろうから。


 …恋人としては、ちょっと嫉妬してしまうところではある。


 でもさすがに、付き合ってるとまでは言えないから、イエスともノーとも言わずに質問攻めの毎日を乗り切っていた、ある日。


「……学校で関わる時は、普段より冷たくしようかなって思ってるん…だけど。どう?伏見…」


 作戦会議のため私の家に来た高良が、深く沈んだ顔でそんな提案をしてきた。


「…どうして?」


 努めて優しく聞けば、よほど思い悩んでいたらしく、じわじわと高良の目には涙が浮かんだ。

 ギョッとして、とりあえず宥めるために抱き締める。

 しばらく背中を撫でていたら、彼女の震えた手が制服の一部を掴んで、涙で濡れた顔と目が合った。


「っ…伏見に、これ以上迷惑かけたくないの」


 こんな時でも私を気遣ってくれる可愛い彼女に対して、なんて言えばいいのか……言葉に詰まった。

 本当なら、「そんなの気にしないで学校でも関わっていい」と、そう言ってあげたい。

 だけど、ここ最近のクラスメイトや男子達の反応を見てると、怖気づいてしまう自分がいた。……批判や嫉妬の対象になって、いじめられそうで。

 高良みたいに、開き直れるほどの自信がない。


「……無理に冷たくする必要はないよ」


 関わろうと言えない代わりに、それだけは伝えておいた。


「これまで通り…過ごそう?」

「でも……このままじゃ、伏見ずっと言葉攻めにあうんだよ?」

「それを言うなら質問攻めです…」

「…ごめん。今のはふざけたんじゃなく、普通にバカな間違いした」

「ふっ……はは。高良のそういうとこ、好きだよ」


 急な天然発言に思わず吹き出して笑って、それを見た高良もさすがにおかしくなったのか涙を引っ込めて笑っていた。

 ……正直、学校で秘密にしたいのはこういう高良の一面をみんなにも知ってほしいって気持ちと、私だけが知っていたいっていう、複雑な気持ちもある。

 きっと彼女の素の性格が広まってしまえば、今よりもっと人気者になって、周りには常に人が集まるだろう。

 男女問わず親しげに囲まれて、その中心で楽しそうに微笑む高良を見た時、私は平常心でいられるか分からない。


 他のやつと深く関わるようになったら、私なんて見向きもされなくなる気がして。


 それが怖くて、このまま誰にも知られずに閉じ込めたい……なんて、バカな独占欲でまともな思考回路を失った。

 私の卑屈で、暗くて、淀んだ心の内側に、今は気付きもしない高良は、明るく真っ直ぐに笑う。


「学校で仲良くできない代わりに……その分、ふたりきりの時はイチャイチャしようね」

「あ、はは…そうだね」


 罪悪感で心がえぐられるものの、今の私には何が最善かって答えは出せなかった。


「…伏見、すき」

「私も。好きだよ」


 ふたりしかいない部屋の中でキスをして、誰にも聞かれないように、声を押し殺して求め合う。

 こんな風に、密かに実った恋は誰にも気付かれないままふたりの中で育て上げて……その先で、いったい何が残るんだろう。


 高良には言えないけど、たまに思うんだ。


 女同士で付き合った先に、未来はあるのかなって。

 結婚もできない、子供も作れない。

 ただ幸せなだけの日々ならいいけど、それがいつまで続くのかも分からない。

 消しゴム一つで惚れちゃうくらいちょろい彼女だから、いつの日か他の誰かに目が行って、男の良さに気付いたりして離れていっちゃうんじゃないか…って。


 この自信の無さが、全ての原因だった。


 私の後ろ向きな性格が災いして、ふたりは一度…別れることになる。


 だけどそれさえ、高良の絶大な愛で救われて、愚かな自分故に乗り越えられるのは……まだ少し先の話だ。














 ちなみに結局、学校での対応はどうなったかというと。


「おはよう、伏見。今日こそ噂の真相を…」

「ごめん。あれ実はたまたま会って話してただけなんだ。だから高良さんとは何もないよ」

「えぇ〜、ほんとにぃ?」

「逆にこんな地味な奴が、あんな子に相手にされると思う?」

「それは……確かに。人に興味なさそうだもんね、あの子」

「でしょ?だから、はい。もう噂の話はおしまい」


 友達には心苦しかったけど、嘘の設定を作ってなんとか誤魔化すことに成功した。

 私から情報を得られないことや、高良とお近付きになれるチャンスを失った男子達は寄り付かなくなって、一件落着。


 こうしてまた、私の高校生活は僅かばかりの寂しさを残して、平穏な日常へと戻ったのだった。



 だけどこの後、二学期が始まってわりとすぐ行われた体育祭にて、借り物競争で高良が「学園一優しい人」で私を選び、また騒動になったのは……割愛しよう。














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