第28話「幸運の女神」































 自分がこんなに性欲が強いだなんて、思ってなかった。

 初体験を終えてまだ一日も経ってないというのに、高良の顔を見るだけで欲情しちゃって、二日目はひたすら誘われては誘いまくって、抱き潰した。

 高良が達したら一度休憩を挟んで、ご飯を食べたりした後でまた抱いて、汗をかきまくったらシャワーを浴びて、そこでもまたイチャつくという……欲にまみれた一日だった。

 夜になる頃にはふたりともさすがに疲れ果てて、狂うようにしていた行為も一旦は落ち着いた。


「あぁ〜……一生分ヤッた気がする」

「え〜?まだまだ、こんなんじゃ足りないよ。一生かけて一生分しよ?」

「…うん、そうだね。でも今はお休みしようね。体しんどくなっちゃったでしょ」

「しんどくはないけど……それよりも、人間って一日でこんなに■ケるんだって驚いてる」

「ハッ……確かに。そう考えると凄いね」


 ガンガンにクーラーを効かせた自室で、汗を冷やした後は毛布に仲良く潜って会話を重ねる。

 さすがにもう何回も致していれば慣れてきたのか、ピロートークに変な照れ方をしなくなってきた高良に腕枕をしながら、体の向きを横に変えた。


「さすがに明日は……どっか行く?せっかくだし」

「んー…外には出たいけど、ちょっとお出かけするくらいがいいな」

「じゃあ駅前でも行って買い物しよっか」

「うん!」


 とか、話してたのに。


「は、ぁ……朝からそんなとこ…舐めちゃ、やだ」

「ごめん、我慢できなくて…」

「んぅう…っ入れちゃ……だめだってば…明楽」

「やっぱり今日…ずっと触ってていい?嫌ならやめる」

「……ここまできて、わたしもやめられないって…ばか」


 寝起きから早々、予定は変更になった。

 朝イチでイチャイチャして、お腹が空いたからご飯を食べて、汗を流すのにお風呂がてら体を洗ったり歯を磨いて、また部屋に戻ればどちらからともなく行為が始まる。

 結局、どこにも出かけることなく三日目の夜を迎えた。

 親が帰ってくるのは明日の昼過ぎで……それまでには、さすがに高良を帰らせないといけない。


「むりだー……離れたくない…」

「んふふ。伏見って意外と寂しがりやなんだね」

「いやもう…この可愛さを知っちゃったら誰も離れらんないって」

「今さら気付いたの?遅いよ、わたしは生まれて数秒で自分のかわいさに気付いたっていうのに…」

「それは早すぎる。人生二回目じゃん」


 くだらない会話も、体も。重ねれば重ねるほどに、止めどなく欲が湧く。

 高良が帰っちゃったら……ひとりで眠る夜をもう想像もできなくて、寂しさからまた相手の体温に縋った。相手も、私の存在を確かめるみたいにキスをねだった。

 抱いては寝て、また起きたら抱いて、食って、寝て。三日目も、二日目と変わらず欲にまみれた一日を送って。


「どうしよ、一生きもちいいんだけど」

「ほんと?よかった……痛くなったりしてない?」

「全然。あと五千回は■ケそう」

「ははっ、それは盛りすぎだって」

「まじまじ。……試しにしてみる?」

「もう夜だよ?」

「じゃあ……朝まで何回■ケるか、やってみよ?」

「お、おぉ…えろい。ちょっとそれはえろすぎませんかね」

「そういうのも好きでしょ?」

「いやもう大好き」


 飛びつくように抱きしめて行為が始まれば、後はあっという間だった。

 触れてる時の高良は未だ恥じらって顔を隠すものの、最初の頃よりはだいぶ見せてくれるようになって、目が合うとそれだけで連動してきつくなる指を包む感触とか、誰もいないからこそ出せる声の感じとか。

 しばらく家族が不在な時なんて訪れないから、ここぞとばかりに目や耳に焼き付けては、体にも刻み込んでいった。

 そうしているうちに朝を迎えて、最後の最後にシャワーと、軽い朝ご飯を済ませた後で家を出ることにした。


「ほんとに帰るの?高良」

「ん……ほんとに帰っちゃう」

「えー…むりすぎる。もう一緒に住まない?」

「ふはっ、いつもと逆だね」

「……やだ?」

「わたしは一緒に死にたい」

「さらに上をいかれた…」


 冗談まじりの会話をしながら、玄関先で何度か抱きしめ合って、名残惜しくも高良を送るため外に出た。


「うっわ、あつ……夏じゃん」


 出てすぐ、真夏の日差しにやられて目を細めた。

 ずっと涼しい室内で過ごしていたせいか、より暑く感じる。寝不足なのも相まって、今にも立ちくらみを起こしそうなくらいだった。


「…やっぱり、帰るのやめる?」


 この炎天下の中、歩くのも気怠いと思って高良に聞いたら、彼女は首を横に振った。


「さすがに帰らないと……パパが心配しちゃう」

「そっか…だよね。帰るかぁ、我々の家に」

「え。住んじゃう?わたしの家に泊まっちゃう?いいよいいよ、もう住所移しちゃお?」

「お前の家じゃないってツッコミ待ちだったのに、その反応は困ります…」

「なんだぁ、冗談か……残念」

「ははっ…また今度、泊まりに行くね」


 会話もその辺に、いつまでも外にいるのは暑すぎるからと歩き出す。

 だけどふたりとも、心のどこかでやっぱり帰りたくない気持ちが勝ってしまって、寄り道がてら道の途中にある昔ながらの駄菓子屋に寄って棒付きアイスを買って、ボロい青のベンチに腰を落ち着けた。

 軒先の下から空を見上げれば、空は雲一つない快晴で太陽は白く輝いている。風が吹けば夏独特の空気感が、熱と共に全身を包み込んだ。

 しばらく無言でアイスを頬張っていた私達ふたりは、ぽつりぽつりと会話を始める。


「夏休み……もうすぐ終わるね」

「そうだね、あと2週間ないくらいか…」

「あっという間だったね」

「うん。…まさか高良と付き合うことになるなんて、思ってなかったな」

「……わたしと付き合えて、幸せでしょ?」


 自信に満ち溢れたことを、冗談でも何でもなく堂々と聞いてきた相手を横目で見て、吹き出すように笑う。


「幸せすぎて困っちゃうな」

「ふふん。感謝してよね」

「いやはや……ありがたいことです」


 頭をペコリと下げて素直にお礼を言ったら、満足げな顔で鼻を鳴らしていた。以前はうざいと思っていた高飛車な態度も……いや普通に今もちょっとうざい。

 うざいけど、その中に愛らしさが芽生えたのは大きな違いだ。


「高良って……うざかわいいよね」

「わかる。憎めないかわいさなんだよね、わたしって」

「分かっちゃうのかよ…あと自分で言うな」

「自分のこと一番分かってるのは自分だもん。いいとこはちゃんと褒めなきゃ損じゃない」

「確かになぁ…」


 こうやって話せば話すほど、彼女と自分の性格の違いを痛感する。

 どうしてそこまで自分を好きでいられるのか、自分に自信のない私には不思議で仕方ない。少し、羨ましくも思った。

 隣に座ってアイスの先を咥える彼女に目を向ければ、さっきまでベッドの上で乱れてたとは思えないほど純粋無垢そうな可愛らしい顔がこちらに微笑みかけてきた。

 ……改めて見ても、整ってる。

 今は熱気のせいで汗を少しかいていて、その汗の味を自分は知ってると、変態的なところで優越感を抱いた。

 それもすぐ、劣等感によってかき消される。


「…高良は、自分のどこが好きなの?」

「顔」


 根暗な自分をごまかすため質問したら、食い気味に簡潔な答えが返ってきて自然と眉尻が下がった。


「まぁ、その顔なら自分でも好きになるか」

「うん。あと性格と……全部かな。嫌いなとこ、あんまないかも」

「えぇ〜…?すごいね、そんな人いるんだ…」

「だってパパとママ……じじやばばにも愛されてきたもん。そんな自分を否定するなんて、愛してくれた人達に失礼じゃない。みんなの愛を無駄にしたくない」


 足をプラプラさせながら、さもそれが当然かのように彼女は呟く。

 羨望の眼差しは夏の暑さに揺らめいて、目の前が白飛びするくらい高良の姿が眩しく見えた。


「……私は、嫌いなところだらけだよ」


 別に親から愛されなかったわけじゃない。…むしろ母親に関しては、妹と比べ出来の悪い私に対してもよく褒めてくれたりする。妹も、慕ってくれてる。

 それなのにどうしてか、自分のことを好きになれない。

 常にどこかで、周りと比較しては自分の立ち位置を確認して勝手に落ち込む。比べてしまったら、容姿も頭の良さも、抜きん出るものが何もないと自覚してしまうから。


「伏見の良いところ、わたしはいっぱい知ってるよ」


 卑屈な私とは対象的な明るい笑顔を浮かべて、高良は広げた手の親指をひとつ折った。


「まずクールなキツネ顔でしょ、次は…謙虚で優しい性格でしょ、あとノリが良くて面白いところ!他にもまだまだあるよ。何時間あっても言い足りないくらい」

「はは、そんなに?」

「うん!…えっちも上手」

「お、おぉ……まじか。それは、よかったです…」


 まさかそこを褒められると思われてなかったから、動揺して照れる。高良も自分で言って恥ずかしかったのか、俯いて照れ笑いを隠した。

 

「すごい丁寧に触ってくれるからね、本当にこの人は優しいんだな…って。惚れ直しちゃった」


 照れながらも、話を続けてくれた。

 私の良いところを具体的に上げてくれる彼女は、この3日間を思い馳せてるんだろう。遠くを眺めて、優しく微笑んだ。


「伏見は自分には何もないって言うけど……自分だってえっちして疲れてるのに、わたし優先で着替えさせてくれたり、ご飯作ってくれたり、お風呂用意してくれたり…そういうの当たり前にできるの、凄いことだと思う」


 その言葉を受けた時、私はずっと高良を勘違いしていたんだと気が付いてハッとされられた。

 てっきり付き合ったら「かわいいわたしのために尽くすのは当然でしょ?」とか言うもんだと思ってたのに、実際は全然違う。…彼女はどこまでも素直で、謙虚だ。

 私にとっては当たり前の行動ひとつ、彼女にとっては感謝や幸福の対象になるんだってことも、そこで初めて知った。

 つられて黄昏れながら残り少ないアイスの、最後のひとくちを含んで飲み込む。

 もうほとんど溶けかけていて、口に入ってすぐ液状になったアイスは、生ぬるい甘ったるさと棒だけを口内に残した。


「……あ。あたりだ…」


 そこで不意に、何気なく視線を落とした先に、“当たり”と書かれた棒があって、今日はなんだか嬉しいことが続くな……と、ネガティブな思いはどこかへ消え去っていく。


「運も味方にしちゃうなんて、伏見はやっぱり凄いね」


 隣では、こんな自分にも自信を与え続けてくれる底抜けにポジティブな恋人が無邪気に笑う。

 どれだけの得を積めば、こんなにも幸福な人生が手に入るんだろう。自分のことなのに、他人事みたいに考えた。


「……前世の私に、感謝しなきゃね」

「ちなみに…」


 いつの間にか食べ終わっていたアイスの棒を見せて、高良はさらに笑みを深めた。


「わたしもあたりでした」


 その言葉につられて見れば、棒には“当たり”と書かれていて、無意識のうちに感嘆の声が上がる。


「おぉ……すご。ふたりして運いいね」

「相性もいいのかも。きゃ」

「体の相性もいいよ、へっへっへ…」

「……伏見ってたまに、めちゃくちゃキモいよね」

「おい。すごい勢いで落とすじゃん……ジェットコースターだったら心臓止まってたよ」

「ふふ、でもそういうとこも好き。変態でキモいの興奮する」

「あぁ……なんだ。ただの似た者同士か…」


 似た者同士の私達は、ふたりでもう一本アイスを交換しに店内へ戻って、受け取った二本は高良のパパママに幸せついでにお裾分けすることにした。…その日は高良パパは仕事で会えなかったけど。

 外にいる間は手も繋げなくて、もちろんキスもできない距離の遠さにもどかしさを覚えつつも、帰路につく。

 夏休みを間近に控えて、お互い相手への想いを膨らませるばかりで……恋に現を抜かしすぎたあまりひとつ、とんでもないことを忘れていた。

 そのことで頭を悩ませるのは、このほんとすぐ後の話である。





















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